後編:『憑依された女と妖艶な祓い屋』

「あれ、付き添いの方は一緒じゃないみたいですね」


 夜伽をするのではないようだ。憑依された女を空き室に連行すると、肩を貸していた仲間は元の部屋に戻った。娼婦たちがたむろするのは、俺や係長が住む客室と同じ階にある大部屋だ。他の客室より広いとは言え、日当たりの悪い辛気臭い部屋で、十人前後の女たちが雑魚寝して暮らす。 


 その大部屋を初めて覗いた時、俺は強いショックを受けた。酷いタコ部屋だと思ったのだ。しかし、この国の田舎では小さなクッションひとつで床に寝るのが一般的なのだという。年中、暑い国である。毛布が必要になるのは、最も寒い時期の数日だけで、普段は腰布を掛け布団の代わりに使う程度らしい。

  

「真夜中にまた騒ぎ出すんじゃないでしょうか」


 係長はそう心配した。俺も宿泊者の安眠を妨げる叫び声が響くのではないか、と期待半分に考えていたが、その晩は何事もなく過ぎた。


 事態が大きく動いたのは、翌日の昼前だった。面妖な人物が我らの安宿に現れたのだ。現地人とは思えないほど背が高く、黒いスカートを履いていて、長い髪の毛に、ごつい顔…オカマさんだった。


「取り憑いた悪霊を追い出すのだそうです」


 係長や俺に加え、宿泊する日本人ほぼ全員が現場に殺到した。見た目が普通でなければ、職業も普通ではない。オカマの祓い屋である。女っぽい男とか、男っぽい麗人とかではなく、昭和の匂いが漂うレトロな雰囲気のオカマさん。娼婦たちに負けず劣らずのド派手な、ばか殿メイクが板に付いている。


「妖怪vs悪霊」 


 俺以外の見物客もたぶんそう思ったに違いないが、口に出して、もし彼に理解されたら、問答無用でぶん殴られそうだ。背が高いだけではなく、ガタイもいい。この国の男なら軍隊経験もあるだろう。


 手にするバッグからカラフルな羽根が覗いていた。奇怪な祓い屋は様々な専用グッズを持っているようで、見物人の目を惹き付けたが、部屋の扉は閉ざされてしまった。


 ホラー映画だと、ここでエクソシストと悪霊の激しいバトルが始まって、ポルターガイストの嵐が吹き荒れ、壁に色んなものが当たって、窓が粉々に割れる。首がくるりと反転するのは、もう常識の範囲内だ。


 そんな一大決戦を期待して外で待ったが、静かだった。中で祓い屋は呪文かお経のようなものを小さな声で唱えている。


 古株の日本人によると、儀式の言葉は現地語ではなく、サンスクリット語かパーリ語ではないかという。この国にはバラモン教の影響が残り、素朴な精霊崇拝と部分的に重なっているらしい。興味深い話ではあるが、忽然と現れた祓い屋の見た目のほうが圧倒的に興味深い。


 また隣国の聖なる山で開かれる大きな祭には、オネエさま軍団が登場するという。精霊を自らに憑依させて踊るシャーマンが揃いも揃って女装した男。それを補佐する取り巻き連中も性の超越者で、儀式は異様な雰囲気らしい。


 オカマとシャーマンの関係は根深いものがあって、もっと広い地域に渡っている可能性が高い。学術的に考察するのも面白そうだが、ひと言付け加えおく。その隣国のシャーマンは妖艶な女装男子ではなく十中八九、ばか殿っぽい。


「終わったようですね」


 係長ら扉の前にいた連中が、さっと引いた。中から出来た祓い屋は堂々としていて、何だか少しカッコ良く見えた。果たして、憑き物を追い払うことが出来たのか…部屋はしんとしている。


 後で聞いたことだが、憑依された女は儀式が始まるや否や昏睡したという。祓い屋が来る前は起きていたが、お経を聞いて意識が遠退いたのだそうだ。効果があったようにも思える。普段の濃い化粧に戻った彼女に会ったのは、それから二日後のことだった。


 あの祓い屋を誰が呼び、儀式にいくら支払ったのか…気になってサモハンに聞いてみたが、教えてくれなかった。ただ、最初の晩に祓い屋を呼ぼうとしたが、彼が仕事中で連絡が付かなかったのだという。本業はエクソシスト系ではなく、レストランのだ。日頃は薄い化粧で真面目に働いているらしい。


 以来、街中の飯屋でオカマさんの従業員を見掛けると、もしや裏稼業は祓い屋なのでは、と勘繰るようになった。


 そして、この街の住民が直ぐに連絡が付く霊媒師を知り合いに持っていることに今更ながら驚く。日本ではまず有り得ない。憑依事件が頻発するなんて荒唐無稽に思えたが、身近な専門家の存在は、それが事実であることを何よりも雄弁に物語っていた。

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