【異世界転生】天転テンテン

ナガヤマレンジ

【第一章】

1.大天使の被害者

 その日、僕は達観していた。

 世の中の色んなもの。

 家族や友人の色んなもの。

 あらゆる物質、現象。

 それらに対して何もかもを理解した気になっていた。

 そんな風に達観気取りな思考をしているうちに最後にたどり着いた結論は、平凡に生き、平凡に死にたいというものだった。

 そう……“最後に”だ。

 世界は突如として止まった。雲、車、人、鳥。あらゆる何もかもが静止。

 しかし静かではない。

 何やらとてつもなく大きな何かが破壊されていく音が聞こえる。爆発?いいや、それとも違う、何かもっと大きな、災害的な音だ。遠くで何かが起きているのだろうか。

 人の声は全くしない。

 しかしそれらの音はすぐに聞こえなくなった。

 けれど実際そんなことに気を回していられなかった。

 僕は動けたのだ。

 いや、正確には動いていた。

 僕は家の中に居た。しかし静止した瞬間に、僕は部屋の壁に叩きつけられ、体が再起不能なほどにぐちゃぐちゃになっていく感じがして、呼吸すらままならずに、そして何も見えなくなった。

 そもそも見えていなかったのかもしれない。

 一瞬の出来事だったから。

 今考えれば、全てが静止するというのはそういうことだ。

 地球の自転、光子、原子運動。あらゆる何もかもが止まるのだ。

 そんな中僕だけが動いた。しかし動いただけ。それはそれはおぞましい最後を迎えたのだろう。

 ただ、達観していたからなのかは分からないが、死への恐怖心は不思議と無かった。

 痛みもまた一瞬。

 目覚めるまでも、一瞬。


 ────1────


 気が付くと、僕は一人の美しい女性にお姫様抱っこされていた。

「──目が覚めましたか!?」

「…………」

 随分と綺麗な人だ。

 しかし、何故泣いているのだろう。僕が死んだことがそんなに悲しいのだろうか。僕の死をここまで悲しんでくれるなんて。そんな人……おそらく居ない。

 しかし本当に綺麗だ。

 女神と言ってはありきたり。

 しかし数秒呼吸を忘れるほどに美しく……なんというか、言語化が難しい。

 目の色はオレンジ色だ。み、みかんの、ような?

 ……翡翠色の髪が後光で透けている。彼女の髪が風でなびき、目に入りそうになり、そこではっと我に返る。

「よかった……本当に……」

 彼女は顔にシワを寄せる。

 ほんの少し不細工になった。もったいない。

「……あの、僕は死んだんですか?」

 僕は彼女に問う。

 すると、彼女は顔のシワをさらに増やして、

「ごめんなさい!本当に!ごめんなさいぃぃ!」

 突如謝り、泣き崩れた。同時に僕は地面に転がされた。

「私の失態です!間違って天地創造の光を使ってしまい、その、あなただけを固めた時空から弾き出してしまいました!」

 しかしまあ突拍子もないことをこうもスラスラと。

 この肌に感じる空気感、この綺麗な人の肌の質感も夢にしてはリアルだし、というか、彼女の服装、羽みたいなやつとか……てかよく見たら、天使なのか?頭に輪は無いけど。

「あの、とりあえず落ち着いてください。僕はどうなったんですか?」

「えっと……その」

「あーその、死んだんですか?」

「あ……ごめんなさいごめんなさい!」

 この謝り方……相当なミスをしたらしい。

「大丈夫ですよ。僕も別に生きてても楽しくなかったので、むしろありがたいというか」

 死んでみて気付いたのだが、僕に前世の未練など無かった。

 達観どうこうの話以前に、そもそも僕は生きる意味を持っていない人間だった。朝起きて顔を洗い、洗濯を忘れたままスーツを着て会社に行く。なんのために働いているのかすら自分には分からないような生活が何年も続いたんだ。そりゃあ、死んでも悔いなんか無い。

 親も早くに亡くして、友人は何人かいたけど、数年に一度会うくらいの人達だし、別にどうなっても気にしない。僕の死に悲しんでくれていたらラッキーだなぁぐらいだ。

 恋愛なんかも皆無。消極的な性格だったんだ。

「あのー、まだ質問してもいいですか?」

「はい!それはもう!なんなりと!」

「そ、そんなかしこまらずに……その、先程仰っていた“天地創造”ってなんです?」

 壮大な響きだ。

「……天地創造とは、人間界で言う、生命の進化を目的に行う、上位大天使にのみ使用が認められた光術なのです」

 よくわからないけど、倫理的にはヤバそうだ。

「要は実験みたいなものですか?」

「人間界の歴史においても、恐竜とやらの大量絶滅があるはずです。ご存知ですか?」

「まあ、ざっくりとは。確か、巨大な隕石によって地球上の気候が変化して凍ったんでしたっけ?合ってるか分かんないですけど」

「おおよそは合っています。あれは私達の先祖の大天使による計画的な天地創造でした」

 なんだかホントにスケールが大きい。実に信じ難いが、それを言い出したらキリはない。自分が死んだことさえ定かではないのに。

「生命は絶体絶命という環境を経て大きく進化を遂げる場合と、絶滅する場合に分けられます。まあざっくりとですけど。その、恐竜とやらはご存知の通り後者となりました。あの隕石はやりすぎだったと、私は思います」

「なるほど。では、僕が死ぬ直前世界が止まったのはどういった天地創造なのですか?」

「人間以外のものの時空をランダム選び、止めるんです。原子レベルで完全ランダムに。人間は満遍なく全員止めます。そしてすぐに時空を元に戻して、大規模な災害、事故を引き起こそうとしたのです。近頃人間界では人間同士で争う姿が増えすぎているという報告を現地の下級天使から受けていまして」

 人間界に天使族居たのか!気付かなかった……。

「こう言ってはアレですが、大きめの罰を与えて結束力を固めてもらおうというシンプルなものです」

「なるほど。でも天使的にはその災害とかに関係無い人間も巻き込んでいいもんなんですか?僕としてはそういう人が不憫で仕方ないんですけど」

 それとも人間だからそう思うだけなのかな。

「我々天使族には長らく人間を創造した全能神様のお言葉を中心に動いています」

 全能神!すっごい!

「「人間は協力して生きていくよう設計した。正しバグも意図的に仕組んでいる」と、全能神様は仰いました。多少の諍いは見逃せるものの、一部の人間が一定数の無関係な人間を巻き込み虐殺を起こした場合、天地創造の判断をすることになっています」

「そうなんですね」

 ここはおそらく人間界で言う“天国”で、人間界はそこの天使族によってその全てを管理されている──ということか。災害によって結束力が強まればそれで少しは変わり進化もするかもしれない。しかしそこでさらに争うようであれば進化は見込めず滅びる失敗作になる、と。

 世界の真相って案外無慈悲なもんだ。全能神の実験だったって話に関しては。まるでプログラムだ。

「で、なんで僕だけが死んだんですか?」

「そ、それが、天地創造を行う際に私の抜けた羽があなたの座標に偶然落ちてしまいまして……あ、その、私の羽は天地創造も含めたあらゆる術の効果を無効化するものでして!……人間を止めていなければ、このようなミスがあっても、あなたのようなは出なかったはずなのに……面目ないです。これは罰を欲張った私の責任です!私の命を持って償いを──」

 罰を欲張るとかいう言い方、なかなか聞けるもんじゃない。人間の絶滅チキンレースでもしているのだろうか。

「いやいや!待ってくだいよ!」

 羽を生え際からもごうとする彼女の手を握った。女性の腕掴んだのなんて初めてだ。……天使だけど。

 てか天使って羽もいで死ぬもんなの?すごい世界観。……いや、現実なのか。

「僕は別にあなたのこと恨んでませんし、てか、感謝してるんですから!」

「ゆ、許してくださるのですか!?」

「当然です!てか今あなたに死んでもらうと困ります!これは人間のルールというか価値観というか、あれですけど、間違いをした人にはやり直す権利があります。まあ、度を超えた者にはありませんけど、少なくとも僕個人は別にあなたにそこまでの罪は無いと感じています。なので、僕のためにやり直してください!それがあなたへの罰……ということにします!」

 なんというか、本音というのは口に出すと小っ恥ずかしいものだ。

 日本人として社会で生きていると、嘘ばかりを口にする生活だったが、本音でものを言うというのはこんなにもスッキリとしたものなのか。

「ああ、私のような堕天使なんかにご慈悲を与えてくださるなんて!わたくしエルザー、貴方様のためにこの罪を償います!いえ、償わせてくださ──」

「いやちょっと待ってください?」

「は、はい!」

「堕天使?」

「あ、はい!わたくし、先刻神罰を受けまして、一ヶ月後に堕天使となります」

 一ヶ月後?引き継ぎでもしろってか?なんか会社っぽくてやだな。色々思い出しちゃう。

「そ、そうなんですね。まあその辺は追々聞くとして、これから僕らはどうなるんですか?」

「わたくしのような堕天使に敬称は不要です。お気軽に接してください」

「そ、そう?じゃあ、エルザー。これから僕らはどうなるの?」

「そう……ですね。貴方様は前世のお名前を引き継いで、コウハタという名を持ち異世界に転生するか、天使族の介護を受けながら天界で暮らすかの二択を迫られると思います」

「なるほど」

 異世界への転生か。妄想くらいなら誰だってするあの異世界転生か。

 第二の人生……楽しそうだ。前世で憧れていたスローライフも夢じゃない!

「ちなみに転生したら、今の記憶は消えるの?」

「それはもうコウハタ様はわたくしどもの不幸による転生ですから、お好きな肉体、力、魔法、種族、性別で転生できます!わたくしに不幸な事故の償いをできる限りさせてください!」

「じゃあ天使族の介護ってのは?」

「この天界、人間が言う天国での生活となります。しかしわたくし個人の意見としては、こちらはあまりおすすめできません。天界に住み始めると段々と体質が天使になっていきますので、いずれ天使職のしつこい勧誘を受けるような生活になったりします。これをコウハタ様にさせるのはあまりにも申し訳ないというか、償いもできませんし」

「それは確かにキツイ……」

 勧誘……こちらも人間界で良い思い出は無し!

「じゃあ転生にしようかな。のびのびと自由に生活したいし」

「かしこまりました。では早速身体設定の方から参りましょう。まず性別から──」

「あ、異世界で天使族としては生きられる?」

「へ?あ、はい!可能でございますが……天使族はどの異世界でも高確率に力を持つ恐れられる、または神と同等の種族として崇められるみたいに扱われます。簡単に自由でのびのびとした生活は送れないと思いますが、よろしいのですか?」

「うーん、でもエルザーが堕天使なら、僕は天使がいいんだ。それに、天使って強いんなら、性犯罪とかの被害に遭いにくいだろうし」

 堕天使と天使のコンビって白黒でかっこいいイメージあるからなぁ、僕も天使になりたいというコンセプト的願望だ。

 そして恐れるべきは性犯罪。僕はそれでかなり酷い思いをした。

「確かに性別はありませんし性犯罪対策であれば私にお任せいただければ性犯罪という概念そのものを無くすことは容易いです。それに、コウハタ様自身が力を持てば解決できそうですが、分かりました。私に進言の余地などございませんでした。仰せのままに」

 概念消せるって……某ダークヒーロー漫画の主人公を彷彿とさせる。この堕天使最強だ。生活の安全面に関しては心配無さそうだ。

 スローライフ、楽しみだなぁ。

「見た目と声は、昔の僕みたいに中性的に頼む。髪はオレンジっぽく、性別は……両性具有ってできる?」

「はい!ピッタリだと思います!」

 中性的な雰囲気で中学の時はかなりモテた。大人になるにつれて骨格が男っぽくなってそういうモテ方しなくなったんだけど。見た目は美しくした方がメンタル的にも良いかもしれないし。

 それに第二の人生なんだ!美形の気持ちを味わってみたい!

「前世の記憶は保持。エルザーは異世界生活のガイドとして僕と一緒に。そして舞台は人間界にあった娯楽小説のようなヨーロッパ風な異世界を選んで欲しい」

「かしこまりました。ちなみに異世界というのは人間界から見てという認識です。天界からすると人間界も異世界です。ご要望の異世界には種類がございます。例えば──」

 エルザーが言うには、

 ・魔界

 ・大魔法界

 ・混種族カオス

 ・エルフ界

 ・異能人間界

 のどれかから選ぶのがおすすめだと言う。

 前世のラノベ知識のせいで異能人間界で無双というのが面白そうな気はするが、僕はもう人間を選ばずに生きるのだ。となると──

「──混種族カオス界かな」

 色んな種族の人達と緩やかな苦楽を共にして生活したい。

「かしこまりました。しかし混種族カオス界は一つ注意点がございまして、現在国家間での――」

「あー、そういうのは教えないで!」

「あ、え?何故でしょうか」

「やっぱり次の人生を知るのはその場所に入ってからの方が良い。生きる上では、色んなものを知って楽しむことを忘れちゃいけない。これは大事なことなんだ。世界のことは一から全て自分で知りたい」

 ゲームとかでも事前情報知りすぎてつまらなくなっちゃうこととかあったし、それは避けたい。生活には予想外が必要だ。ましてや世界規模での攻略情報とか、害悪ネタバレがすぎる。

「そうですか。確かに、わたくしとコウハタ様の力であれば混種族界で生き抜くことなど容易いですからね」

 それもある種のネタバレなんだよなぁ。

 ま、こういうネタバレは線引き難しいし、つっこまないでおくか。

「じゃああとは力だね。天使族ってどんな力使えるの?」

 イメージでは、裁きとか言って雷落としたりしてそうなもんだけど。

「基本的にどの世界でも天使というのは神の使いという認識ですし、実際にそうなので、神から授かった技や肉体強度をその身に受けています。色んな世界を治めているので神の次に強い種族という見方になります」

 神って……なんなんだろう。気にはなるけど、今はまだ訊かないでおこう

「はい。天使族は混種族界でも最強の生物ですので。ただ……わたくしの償いとして、特殊能力をお一つだけでも授けさせてください。もちろんいらないのであれば控えさせて頂きます」

 まあ、危険の無い生活なんて願ったり叶ったりだ。それに特殊能力というのはやっぱり欲しい。これは前世で男に生まれたからこその願望だ!ロマンだ!

「じゃあ一つだけお願いしようかな」

「はい。なんなりと」

「僕が欲しいのは──」

 僕が死んだ理由でもあるし。

「──特殊能力、“天地創造”だ!」

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