無限の迷宮

七尾ナナナナ

第一部 カルディアの魔女

プロローグ

第1話 無限の迷宮001 プロローグ1

 秋風が吹いていた。


 この地方、この時間に吹く谷風たにかぜはこの季節でも人の身を凍らせる。

 人々が家路を急ぐ夕闇に、空ほのくらすすきの荒野に男二人が身を躍らせる。


 二人はつるぎを手に踊っている。

 否、これは”かた”だ。

 ”形”と言うにはいとまないその動きから合致がっちした二人の息、修練した歳月がうかがえる。洗練した動きの都度飛沫しぶきと消える汗、今日も数刻は続けていたのだろう。


 銀髪の男が手を止め声をかける。


「今日はこれで」


 黒髪の男が応える。


「ああ」


 交わす言葉は簡潔であった。

 既に日は落ち夜が優勢となった荒野の二つの影は街の灯へ向かう。


「いよいよだな」


「ああ」


 二人の眼には強い意志が宿る。


「明日」


「明日、迷宮に」


 ───迷宮。


 湖畔の都市ライナス。

 湖と言うには巨大な内海のほとり、切り立つ山の半島の付け根に位置する都市ライナスには魔物がまう”迷宮”が存在する。迷宮都市ライナス。ライナスの迷宮。名声を求め冒険者が集う街。


 明日二人は───初めて迷宮に挑むのだ。


 灯へ向かう二つの影が止まる。


「怖いか?ギル」


「恐れるべきだろう」


 黒髪の問いに銀髪の男が応える。

 慎重なげんとは裏腹にその眼に後ろ向きな色は微塵みじんもない。


「そうだ、恐れるべきだな」


 微笑みながら黒髪がそのギルと呼ばれる男の肩を叩く。


「既に集まってます」


 路傍ろぼうの闇から唐突な声。


「そうか」


「急ぐか」


 二人はわずかな動揺無く言葉を闇へと返す。


「酒場へ」


 迷宮に挑む冒険者は酒場へ集う。

 荒野の闇を煌々こうこうと照らす街の灯。


 二つ、いや三つとなった影ははそのまま灯へ吸い込まれていった。

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