【暁の少年と宵闇の魔女】 〜半人前の最強魔女は、気になるあの子を守りたい〜

せきしゅう あきら

魔女、少年を助ける

第一話 ジュリエット

 深夜、魔術師のドゥルザックは四人の仲間と共に、ブロンゲリア王都ドレーグの中を駆け抜けていた。


「くそっ! くそっ! 何だったんだアレは!」


 彼らは自らを『楽団』と呼称する犯罪組織ギルドの一員であり、半刻前にドレーグ神秘研究機関から、ある出土品レリックを強奪した。


 三十人で押し入り、障害となる人間のことごとくを殺した。目当ての物を手に入れ、さらには見せしめとばかりに建物を爆破した。

 諸王など恐るるに足らずと、襲撃犯は自分たちの力に酔っていたのだ。


 ──だが、駆けつけた衛兵たちを全滅させたところで潮目が変わる。


 集団の前に突如として現れた、片眼鏡モノクルをかけた執事服の老人と、小さな黒猫。


 仲間の一人が剣を突きつけ脅しをかけた瞬間、首を刎ね飛ばされた。

 その後は一方的だった。老人と猫が暴れ回り、まるで庭木を剪定するような気楽さで、仲間の首が次々に飛ばされていく。


 襲撃犯の数が三分の一になったところで恐慌を起こし、ドゥルザック達は散り散りに逃げ出した。

 そして、リーダーのドゥルザックは四人の仲間と共にドレーグの中を駆け抜けていた。


「ここまで来れば──!」


 終点は近い。この先に馬を隠してある。あとはアジトまで逃げ延びれば良い。


 ──ふいに尋常ではない気配がドゥルザックたちを捕える。

 遠くで燃える炎に薄く照らされて、道向こうに線の細い人影が浮かんでいた。


(何だ──?)


 正体不明の姿形シルエットはゆっくりと近づきながら、口を開いた。


「──ごきげんよう」


 黒いドレスを着た女だ。いくら王都とはいえ夜半にこんな裏通うらどおりを、着飾った女が一人で居るなどおかしい。しかもこの騒ぎの中でだ。


(さっきの老人の仲間か!?)


 女は五メトリ(約五メートル)ほど離れた位置で静止した。魔術師ドゥルザックは注意深く相手を測る。


 後ろで束ねられた黄金色の髪。やや吊り上がったアーモンド型の目には、蒼玉サファイアを思わせる瞳が浮かんでいる。

 そして黒いドレス。


 まるで夜会を抜け出して来たかのような雰囲気に面食らってしまうが、両手には物騒な黒い杭パイルを持っている。


 女がまた、口を開いた。


わたくしの名前はジュリエット。あなたは楽団の──ドゥルザック・バジナね?」


 ドゥルザックは自分の名前をピタリと言い当てた女に対して、警戒を最大限に強める。


「なぜ私の名前を知っている?」


「あなたの魂に、そう書いてあるわ」


 女から怖気おぞけを纏った殺気がはしった。


「どうぞ、──死んでくださいな」


「お、おおおお!」


 死の恐怖に当てられ、ドゥルザックの後方にいた二人が動いた。抜き身の剣をかかげ女に襲いかかる。


 黒ドレスの女ジュリエットは無造作に両手を振るった。次の瞬間、走り出したドゥルザックの部下が二人、黒い杭パイルに額を貫かれて絶命する。


(ちっ! やはり新手(あらて)か!)


 ドゥルザックは懐から素早く一枚の式札カードを取り出し、女に向かって投げつけた。


「プロジオ!」


 続け様に短く詠唱すると、起爆の式札カードが小さな爆発を起こす。これで相手を無力化するつもりはない。


 ぜた火を目眩しにして、ドゥルザックは魔術本命の詠唱に入る。

 選んだのは魔力の矢マジック・ミサイル魔力オドのタメも詠唱も短い、速射性に優れる攻撃魔術だ。


「エヴローツ・デヴォ、ブレッツァ! 射抜け光よ!」


 ワンドが青白く発光し、魔力の矢が放たれる。それは一切のブレもなく最速で突き進み、標的を討つ。


(この間合いだ。避けられまい!)


 女が絶叫を上げ、胴体に風穴が空く。


 ──しかし、ドゥルザックが夢想した結果にはならなかった。着弾する寸前、女の姿が掻き消えたのだ。


 魔力の矢は遥か向こうの建物に激突し、青白い光を爆散させた。


「バカな! どこへ消えた!?」


「こっちよ」


 ドゥルザックは背後から聞こえた声に振り向き、目に映った光景に愕然がくぜんとした。

 残る二人の仲間が、脳天を割られ、首を刎ねられ、死んでいる。


 女の手には、黒い手斧ハチェットが握られていた。


 黒ドレスの女ジュリエットがジッと見つめてくる。感情が一切読めない眼差しに射すくめられ、魔術師は次の行動に出られない。


「あとは、あなただけね」


「くっ、お前の望みは、こ、これか!」


 目の前の絶望から逃れようと、ドゥルザックは奪った出土品レリックを咄嗟に取り出した。

 ジュリエットは無言で、血が滴る手斧ハチェットを振り上げる。


 魔術師ドゥルザックの意識はそこで途切れた。


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