第4話

「唯友さんに支えてもらったら面倒なことも全部押し付けることができそうじゃないですか」

「いやなんだよそれ」

  

 本音全開か。


「ふふ……やっぱり唯友さん面白い。でも私は本当に頼りになるって思ってますからね」

「あ、ありがとう」

「ふふ……」

「ことは、ライブ応援してるからね。俺はもうこれで……」

「はい、応援よろしくお願いします」


 ことはのお世辞に気を良くしてしまい少し浮かれてしまう。そんな俺に沖宮さんの責め立てるような視線が飛んできた。いたたまれなくなった俺はことはと話を切り上げようとした。


 すると、ことはは今まで俺をからかっていたにも関わらず急に真面目な顔をして俺に別れの言葉を言うと颯爽とその場を後にした。メリハリがあるってことなのか。彼女の方が年下なのに俺はいつも翻弄されて彼女の手のひらの上で踊らされていた。


 ことははユニットの中でもかなりコアなファンが多くいるのだが彼女の人気の秘訣の一端を垣間見たような気がする。つかみどころのないところがまたファンの心をくすぐるのかもな……。



 野外でのステージで先ほどまで少しひんやりとした風が当たって肌寒かったこの会場も続々と人が集まり熱を帯びてきていた。まばらだった場所もその空白が人で埋め尽くされていく。会場が次第に賑わいをみせこれから始まるライブに向けて期待が高まっていくのが分かった。


 流石に人気急上昇中のアイドルユニットなだけのことはある。佳音がリーダを務める5人組のユニットであるノーベクシード。次々とメンバーが壇上に上がり始める。


 ライブの始まりだ。会場が熱気に包まれていく。さっきまでのひんやりした風はもう人に阻まれてここまで届かない。体が熱くなっていくのが分かる。


 最後尾のメンバーが姿を現した。会場の歓声が最も沸く。佳音の登場だ。他のメンバーも十分に魅力的なのだが佳音はやはり別格だった。

 

 亜麻色の髪をたなびかせて踊る姿は見るものを魅了した。美人と可愛いを絶妙なバランスで成り立たせている。ある時はクールな美人にまたある時は笑顔が眩しい可愛い系の顔立ちに見える。そんな不思議な感覚に陥る。難しいとされるノーベクシードの楽曲のダンスを表情を一切崩すことなく踊り切る姿は圧巻だ。佳音の一つ一つの動作や表情に目が離せない程、魅力的だった。



 ライブが終わり会場にいる人が帰っていく中、俺たちは興奮がまだ冷めておらず残ってお互いの感想をぶつけあっていた。


「倖西さんってやっぱり凄いんだね」

「そうだね。彼女は昔から努力家だったから」

 

 好き嫌いは別にして佳音の実力は認めざるを得ない。


「歌と踊りを同時にこなしてしかも笑顔まで見せてて……。私にできるのかな不安になってきたよ」

「そうだね。いきなりこのレベルは無理だと思う。まずは基礎的なことからやっていこうよ」

「でもあのダンスならできそうな気がする」

「え?」

「こうかな?」


 沖宮さんはダンスの難しいとされるパートを一部分ではあるが完璧に再現して見せた。再現のクオリティもそうだがダンスのキレや踊っている際の表情の作りなども群を抜いている。


「凄いよ……。佳音と同等……いやそれ以上かもしれない。ダンスの経験があるの?」

「ええ。昔ちょっとやっていて……」


 異次元の才能を見つける彼女。沖宮さんのことを知り合ったばかりでよく知らなかったが彼女はとんでもない才能の持ち主だったらしい。昔ちょっとやっていた程度でこんなことできるのか?佳音でさえこのダンスを完璧に踊り切れるようになったのは半年はかかっていたはずだ。それでも早いと思っていたがそれ以上が存在するとは……。こういうのを天才っていうのか?


 その様子を遠くから見つめている人物がいることに気が付いた。あれは……佳音だ。沖宮さんのダンスに驚いているのだろうか。佳音は信じられないものを見るような目をしていた。もし沖宮さんがダンスをちょっとかじった程度だと知ったら今まで全力で努力してきた彼女にとってはこれ以上ない屈辱だろう。

 佳音は俺が見ていることに気が付いたのかすぐにステージ裏へと消えていった。



「佳音さんどこに行っていたんですか? はやく打ち上げいきましょうよ」

「ちょっと外で風を浴びていたのよ」

「そういえばさっき唯友さんがライブを見に来てくれていましたよ。とっても美人な女性と一緒に」

「そう。別に興味ないわ。あんな取るに足らない男が誰と何をしていようとね」

「そうなんですね(そう言う割にはやけに語気が強くなっているような……?)」



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