公園

ぐり吉たま吉

第1話


男の名前は、宮島英之(みやじまひでゆき)、年齢は70歳。


長年勤めた会社を定年退職をした。


妻は3年前に、病気に侵され他界した。


娘がひとりいるが、嫁いでふたりの子供も生まれ、転勤族の亭主一緒に家族で今は、遠く広島の地で暮らしている。


定年退職後、横浜の自宅でひとり住まいで暮していたが、家の中がひとりでは広すぎて寂しい。


副業のアパート経営をしている、アパートの1階が空き室になったのを機に、自宅を売り、空き部屋になったアパートの1階へ引っ越してきた。


アパートのひとり暮らし。


自宅から、僅か二駅しか離れていなかったので、特に珍しい風景も無く、アパートの住人達に引っ越しの挨拶をし終えたら、もう、何もすることが無くなった。


宮島は、若い頃より、趣味や道楽と言ったものに、のめり込むタイプでは無く、たまに居酒屋で少し飲めば、ほろ酔いになり、家にはすぐに帰る。


どちらかと言えば、無趣味の仕事一筋の真面目な男であった。


退職金とアパート収入に年金まで貰えて、生活には困らない。


遅まきながら趣味でも持って、楽しく老後を過ごそうかと思い、あれこれ考えても、どれもこれも興味が湧かなかった。


娘の家族が近くにでも住んでいたら、たまには会って、楽しく過ごすことも出来るかも知れないが、孫達も今では、高校と中学生、最近は、正月にも帰って来ない。


月に1度位、娘から電話が来る。


宮島の安否を確認する為である。


たまには帰れと話しても子供の部活や旦那の仕事が忙しいから、そのうちに帰ると電話を切る。


「つまんないなぁ~」


最近では昼間、あてもなく散歩をして、夜には、本やテレビを観るだけの生活。


つまんないなぁ~が口ぐせになった。



その日も町内の散歩に出掛け、途中でそば屋へ入り、もりそばをすすって、用も無いのに、ドラックストアをひと回りする。


買う物も無いから、飴と板チョコレートと缶コーヒーを買って自宅アパートへ帰ろうとした。


近所の公園に差し掛かる。


公園では、子供達がボール遊びや追いかけっこ、ブランコやジャングルジムで遊んでいた。


孫が小さな頃に一緒に公園へ連れて行き、遊ばせたのを思い出し、宮島は公園のベンチに腰を掛け、子供達の遊ぶ姿を眺める。


歓声を上げ、走り回る子供達。


宮島は気持ちが和んだ。


子供達を目で追っていると、ひとりでしゃがんで何やら地面をずっと見ている小さな男の子の後ろ姿が見えた。


「何を真剣に見てるのかな?」


宮島は独りつぶやき、その子に近づいてみる。


その男の子は行列で忙しなく動く蟻を見ていた。



「僕、ありを見てるの?あり、好き?」


宮島は声を掛けた。


その男の子は、宮島の方へ振り返り、首を縦に振りまたすぐに蟻を見る。


宮島も男の子の後ろから、蟻を見る。


蟻は巣穴へ自分達の身体より数倍大きな昆虫の死骸を運んでいた。


「ありって凄いね、皆で力を合わせて運んじゃうんだね」


男の子は宮島に頷く。


「いつも独りで遊んでいるの?」


また男の子は宮島に頷く。


「いっぱい子供達いるけど、一緒に遊ばないの?」


男の子は、首を横に振った。

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