41話 ヤレるかもしれない
「そんでね、美容師さんの話だと、うちはどうやらブルベ夏っていうパーソナルカラーらしくてね、こういう髪型が似合っちょるみたいなんよ――」
「へぇ、そうなんだ」
まどいがお酒の入ったカップを片手に握りしめて、もう片方の手で頬杖をつきながら、上機嫌にしゃべり続けている。
口調もいつもの丁寧口調じゃなくなって、完全に素が出ている。
そんな彼女を前にして、相槌マシーンになっている俺。だけどそれが心地良い。
俺自身のお酒によるほろ酔い気分も重なって、楽しげに彼女が話す言葉にいつまでも耳を傾けていたい。そんな感じだ。
「洋服もねぇ、今度、髪型に合うような新しいヤツを買いに行きたいと思っちょるんよ。ねぇねぇ、よかったら直道くんも服選びに付き合ってくれん?」
「俺、女の子のファッションのことは全然わからんから、穂乃果とかと一緒に行ったほうがいいんじゃね?」
「ううん、うちは直道くんがいい。直道くんと一緒に行きたいんよ」
「オッケー、そしたら喜んで付き合いますぜ」
「やったー! そんなら約束ねぇ」
そう言って喜ぶまどいの目はトロンと座ってきている。
やっぱりというかなんというか、彼女は酔っ払ってきているご様子だ。
そろそろ、この辺で止めておいた方がいいかもしれないなぁ……と思いつつも、この楽しげな時間を打ち切ってしまうのがなんとも名残惜しい。
そんなどっちつかずな思いを抱いて、まどいの話に耳を傾け続けていると。
「やっぱり、直道くんは優しい。てげいい人や」
「え、なに。突然」
いきなり褒められてちょっと面食らう俺。
「だってさっきからずっと、うちの話をちゃんと聞いてくれちょるもん」
「そりゃあ……まどいの話だったらいくらでも聞いていたいし」
「そんな風に言ってくれるのは直道くんが初めてやもん」
「…………」
その台詞は、シンプルに嬉しいものではあったけれど、同時に、イジメられていたまどいの過去を知っている俺の胸をギュッと締め付けた。
「まどい、それは俺だけじゃないでしょ。穂乃果や柔……それに先輩たちだって、今のまどいの周りには話を聞いてくれる人が沢山いるじゃん」
「うん、でもね。そんな皆に会えたのも……やっぱり直道くんのおかげなんよ」
「俺?」
「うん。新歓の夜に、私のことを助けてくれて。私の一方的なおせっかいにもイヤな顔ひとつしないで付き合ってくれて。文芸部にも入部しようって誘ってくれて。直道くんと会えたから――あの時の直道くんの言葉があったから、皆に出会えて、友達になれたんよ」
そこで一呼吸置いてから、ニッコリと微笑んで彼女は言った。
「だからね、直道くんは私の特別っちゃ」
「なんか急に改まって言われると照れるね……なははっ」
俺は思わず視線を外す。
彼女の真っすぐでキレイな瞳を見ていられなかったのだ。
気恥ずかしさをごまかすためにビールをぐびっと口にして……
(んん? 特別?)
たった今のまどいの発言を思い返してみる。
(俺はまどいにとっての特別? 特別……とくべつ……)
アルコールに浸った頭脳でしばらくそのフレーズを
やがて、ひとつの可能性に思い至る。
(まさか!? まどいは俺のことが……!?)
思わずもう一度まどいの顔をみる。彼女はやっぱりトロンとした顔でニヨニヨ笑っている。クソ、可愛い。
(いやいやまてまて、そう判断するのは早計すぎるぞ。まずは
あなたが好きですと言われたわけじゃない。
あくまでもあなたは特別ですと言われただけだ。
よしんばまどいが俺に好意を抱いたうえでの特別発言だったとしても、好意にはライクとラブがあるわけで。
ライク的な意味での特別だとしたらそれはすなわち「あなたは私の親友です」的な意味になる。
そもそも男を褒めるフレーズで「優しい」とか「いい人」っていうのは、女性が気のない相手を誉めるための常套句だって雑誌かなんかで見た覚えがあるぞ。
だから落ち着け俺の心臓よ。
何さっきからバクバク高鳴ってるんだ?
まだ、慌てるような時間じゃないって!
「あ、直道くん、お酒切れちょるね。うち持ってくるっちゃ、ちょっと待ってて」
「あ、ありがとう……」
まどいが立ち上がってキッチンの方へ引っ込んでいった。
「今度は何飲むー?」
「えーと、じゃあウーロン茶で」
「りょーかい」
しばらくして、まどいがこちらに戻ってきた。
「はいお待たせー。うちもおんなじのにしたぁ」
「ありがと……って、まどいさん?」
ウーロン茶の入ったグラスをテーブルに置くと、何故かそのまま彼女は俺の隣に座ってきたのだ。
「えへっ、いいやん。直道くんともっと色々おしゃべりしたいんやもん」
「そ、そう……?」
別にさっきの対面ポジションでもおしゃべりは問題なくできるんじゃないか?
つーか、彼女の距離がめっちゃ近い。
彼女は俺の顔を見上げながら、満面の笑みを浮かべている。
ぴとっ。
(――!?)
そしてまどいは、あろうことか俺に寄りかかるように身体を傾けてきた。
「えへっ、直道くんの肩、あったかくて気持ちええねぇ」
「ちょ、まどい、酔ってるでしょ。大丈夫?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。ほら、全然平気っちゃ」
とかなんとか言いつつまどいはウーロン茶の入ったグラスに口をつける。それからさらに俺の方へ体重をかけて、完全にリラックスモードだ。
むにゅっ。
(あわわわわ、二の腕のあたりにやわらかい感触が……! おっぱいの感触が……!)
ドドドドドドッ――
その暴力的なまでのまどいの身体の柔らかさのせいで、俺の心音はさらに高鳴り、新手のスタンド使いと遭遇した時のジョジョの効果音みたいになってきた。
(ややややややっぱりキミのいった特別というのは、ライクじゃなくてラブのほうなのか!? だってそうだろ? フツーに考えて好きでもない異性相手にこんなにピッタリ密着しないだろ!?)
だとしたら。
俺の心次第で。
俺はまどいと付き合えるのか?
え、ちょっと待って。
付き合うということは。俺たちの関係が友達から恋人になるということだ。
俺もまどいも成人年齢を満たしている。法律上いい大人だ。
恋人同士になった大人の男女が夜にやることなんて、たった一つ。そうたった一つ。
俺の灰色の脳細胞がとある可能性を弾き出す。
ヤレる――!?
俺は今日――ヤレるのか……!?
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