31話 心配
それから二週間が経過した。
まどいはスッカリふさぎ込んでしまった。
大学の授業でこそ彼女の姿を見かけるものの、俺と一緒に登下校することはなくなって、四月からずっと続いていた彼女からの晩ごはんの差し入れもピタッと収まってしまった。
別にそのことはいいんだ。そもそもまどいの百パーセントの善意からきていた行動なのだから、いつ終わりを告げようがそのことに俺はアレコレ言う立場にはない。むしろ今までありがとうと感謝のキモチを抱かなきゃいけない。
でも、とにかく心配だった。
出会った当初こそ、極度に人見知りで暗い印象だった彼女だが、最近は徐々に明るい表情をみせることが多くなっていたのだ。
そんな彼女がどうして急にふさぎ込んでしまったのか。
大げさかもしれないけど、人生のすべてに悲観しているかのように、まるでユーレイのように、まどいは元気を失ってしまった。
「そーいや最近まどいチャンの姿を見ないね」
文芸部の部室にて。
読んでいた雑誌をパタンと閉じて、キョーヤ先輩がそんなことをつぶやいた。
部室にはキョーヤ先輩、志鶴先輩、穂乃果、俺の四人がいる。
「前は大体、直道クンとニコイチだったのにさ」
「そうだね、僕も少し気になっていたんだ」
キョーヤ先輩の言葉を受けて、志鶴先輩も頷く。
「直道くんと穂乃果さんは、まどいさんと同じ学科だったね。最近の彼女になにか変わった様子などはあったかい?」
「えっと、教室では見かけるんですけど、講義が終わるとすぐ帰っちゃって……確かに最近のまどい、様子が変なんです。ずっと元気がない感じで。わたしが話しかけてもちょっとよそよそしいっていうか」
穂乃果がため息混じりにそう言った。
やはり彼女も友人の変化を目の当たりにして心配している様子だ。
「何かあったのかい?」
「わかりません。最後にちゃんと話したのは一年生みんなで飲み会をした日で、そのときは特に変わった様子はなかったと思うんですけど」
キョーヤ先輩が腕を組んで「心配だねぇ」とつぶやきながら天井を見上げた。志鶴先輩も眉根を寄せて顔を伏せる。
二人とも、急に姿を見せなくなった部員の心配をしている様子だ。
「ね、直道くん。確かあの日、カラオケの後にまどいと一緒に帰ったよね? その時のまどいに何か変わった様子とかはなかった?」
穂乃果の視線が俺に向けられた。
その視線を受け止めて、あの夜の出来事に思いを馳せる。
蜂谷すずめという少女との再会。
その直後、彼女がパニックを起こしてしまったこと。
それを機に明らかにまどいの様子はおかしくなったこと。
(どうしよう。皆に相談してみようか)
きっとそれはまどいにとってすごくセンシティブなことで、人に知られたくないことなのだと思う。
それを本人がいない場で、俺が勝手にペラペラとしゃべってしまっていいのだろうか。
少し迷う。だけど、今のまどいの状態を放っておくわけにはいかないし、このまま俺一人が抱え込んでいても問題は何も解決しないと思った。
それに何より、この人たちなら大丈夫だと思えた。
「実は――」
俺は三人に向かって、あの夜の出来事をかいつまんで説明した。
「そっか、そんなことがあったんだ。その蜂谷さんっていう人と何かあったのかな?」
「分からないんだ。そのときのまどいは本当に憔悴しきってたから、何も聞けなくて……」
あの時のまどいの様子を思い出して、胸がズキンと痛んだ。
「話を聞くかぎり、なにかパニック障害のような症状が出てしまったんだろうか?」
「パニック障害?」
志鶴先輩の発した言葉をオウム返しする。
「うん。不安障害の一種で、突発的に強い不安感や恐怖心に襲われて、過呼吸になったり手足が震えたり、ひどい場合には失神したりすることもあるんだ」
志鶴先輩が説明したパニック障害の症状は、あのときのまどいの様子によく当てはまった。
「その蜂谷すずめという子と再会したことをキッカケとして、そういう症状が現れたとしたら――なにか過去にまどいさんにとって、彼女との間にトラウマとも言えるような辛い出来事があったのかもしれない」
「トラウマ――ですか?」
「パニック障害の原因は明確にはわかっていないらしいけれど、ストレスや心理的なトラウマなどが関与している可能性があると言われているんだ」
まどいの抱えるトラウマ。それは一体どんなものなのだろう。
彼女がよく浮かべていた悲観に満ちた表情が脳裏をよぎる。
(キミがそんな顔をするのも、そのトラウマが原因なんだろうか?)
「まあ、志鶴がいうようにまどいチャンがホントにパニック障害かどうかなんて、医者でもなんでもない俺らには分かんねーんだからさ。ここでかもしれないことをグタグタ言っててもしょうがないさ」
「恭也の言うとおりだな……憶測で言うべきことではなかった。すまない」
キョーヤ先輩の言葉を受けて、申し訳なさそうな顔をする志鶴先輩。
「まどい――大丈夫かな。心配だな……」
穂乃果がぽつりとつぶやく。
彼女の顔に視線を移すと、泣き出しそうな、不安そうな表情を浮かべていた。
穂乃果は高校時代、気の許せる友達に恵まれなかったと言っていた。そんな彼女にとって、まどいは初めてできた本当の友達なのかもしれない。
「――まずはさ、まどいチャンの様子を見に行ってきたらどう?」
キョーヤ先輩がそう提案する。
「まどいの様子、ですか?」
「志鶴。たしか入部届に住所も書いてもらってたよな? 彼女一人暮らしだっけ?」
「ああ、確かそうだったと思う」
「ホントにまどいチャンがふさぎ込んでるなら、家に引きこもってる可能性は高いでしょ。大学からそんなに離れてないだろうし、一度家まで行ってみたら? なんなら直道クンも一緒に」
「そっか――うん、そうですね。直道くん――」
「ああ、もちろん。俺も行くよ」
俺と穂乃果は顔を見合わせて頷きあう。
そのタイミングで部室のドアがガチャっと開いた。
「あ、お疲れ様です――」
中に入ってきたのは柔だった。
当たり前のことだけど、今の彼はコスプレも女装もしていない。
「おお、ちょうどいーや。柔クン、突然だけどこの後時間ある?」
「え? 時間ですか? はい、別に予定は何も……」
「ならよかった。あんまり大勢でゾロゾロ押しかけても、まどいちゃんが引いちゃうかもしれないから、一年生たちで行ってきなよ」
「まどいちゃんですか? えっと何のことです?」
柔はキョトンとしている。
それから、柔に事情を説明して、快諾してくれた彼も一緒に、まどいの家を訪れることになった。
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