21話 男の娘×コスプレ、からの飲み会!

 ひばり先輩のテンションに気圧されながらも俺たち一年生組は順々に自己紹介を終えた。ひばり先輩は御多分に洩れず、古鷹くんの性別の件に食いつく。


「エッッ⁉︎ キミ女の子じゃないの⁉︎」

「え、は、はい。ぼく男ですけど」

「男の娘なのねッ⁉︎」

「は、はい。男の子です――」

 

 ひばり先輩の瞳が獲物を狙う猛禽類のように鋭く光る。かと思うと、ガタンとパイプ椅子から立ち上がり、古鷹くんの手を引いた。


「え、え……⁉︎ な、なんですか……⁉︎」

「柔チャン、お姉さんと一緒にいいところに行きましょう」

「いいところって……?」

「大丈夫、痛くないから、すぐ終わるから。ハァハァ……何も心配しないでネ。全部お姉さんにゆだねてくれればそれでいいから。ハァハァ……ハァハァ……」

「きゃっ。なんなんですか⁉︎ どこ行くんですか⁉︎ ひ、引っ張らないでください〜」


 抵抗する古鷹くんを問答無用で連れ出すひばり先輩。

 そんな様子を呆気に取られて俺たちは見送る。

 

「すごいパワフルな人っすね……」

「まぁね。ひばり先輩はああいう人なんだ。すまないが慣れてくれとしか言いようがない」


 俺の呟きに雨宮先輩がため息をつきながら答えた。


「そういえば、ひばり先輩って他サークルと掛け持ちしてるんでしたっけ? 何サークルなんです?」


 穂乃果さんが思い出したようにそう尋ねると、今度はキョーヤ先輩がその質問を拾った。

 

「それはねぇ――ま、多分すぐにわかるだろーさ」

「え?」


 先輩の意味深な台詞に俺たちは首を傾げる。

 やがてパタパタパタという足音が聞こえてきたかと思うと「おっ待たせ〜♪」という楽しげなその声と共に、ひばり先輩が顔だけひょこっと覗かせた。


「ひばり先輩、古鷹クンは――」

 

 雨宮先輩が呆れたような口調で問う。なんというか、その先の回答を既に知っているような感じだ。


「フッフッフッ。予想を遥かに上回る――過去最高の出来になりましたよ――」


 ひばり先輩はボジョレーヌーボーのキャッチコピーみたいな台詞をドヤ顔で決めると、古鷹くんの手を引きながら中に入ってきた。

 全員の視線が彼に吸い寄せられる。そして皆が言葉を失った。


「あ、あぅぅ……見ないでください……」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがる古鷹くん。彼はさっきまで着ていた私服ではなく、神社の巫女さんが着るような着物に着替えさせられていた。

 その姿はただひたすらに可愛くて、ただでさえ女の子と見間違えるほどなのに、今はそれがより顕著になっている。むしろ女装の方が自然体に見えるくらいだ。

 

 ていうか突然なんなのこれ。

 コスプレ?


「先輩……その緋袴ひばかまは?」

「ふっふーん。よくぞ聞いてくれました、しずるん」


 ひばり先輩は鼻の穴を広げて得意げに語る。


「今期春アニメ『ホーキング・ループ』に登場する男の娘キャラ――夏目草ルトちゃん! どう⁉︎ どう⁉︎ チョー可愛いでしょ⁉︎ ウィッグもメイクもなしにこれだよ⁉︎ もう奇跡としか言いようがないよネ! いやーここまで似合うとはこのリハクの目をもってしても見抜けなかったわーん」


 そのまま自分のスマホを取り出して、パシャパシャと撮影を始めるひばり先輩。


「撮らないでくださいぃ……」

「ダメダメ。この瞬間を記録に残さないなんて人類の損失。あ、こういうときどんな表情すればいいか分からない? 笑えばいいと思うよ!」

「あうぅ……」


 そんな撮影会を尻目に穂乃果さんが小声で呟いた。


「先輩、ひばり先輩の掛け持ちサークルって……アレですか?」

「そ、コスプレ研究会――略してコス研。あの人新歓シーズンで一年生入ってくるとスイッチ入っちゃってさ。お気に入りの子見つけては必ずアレやるんだよねぇ」

「え、去年も?」

 

「オレと志鶴で刀剣なんとかっていうアニメのキャラやらされたよなぁ……なあ、志鶴?」

「思い出したくもない過去だ――」


「あ、写真みたかったらあるからいってねー♡」

「やめてください!」

 

「――とにかく、オレらの代の見学者はそれで引いちゃって、結局入部したのは俺と志鶴だけになっちゃったんだよね。あーでも、付き合ってみると悪い人じゃないのよ? ひばり先輩は。間違いなく変人ではあるんだけど」


 キョーヤ先輩はそう言ってパイプ椅子から立ち上がると、ひばり先輩たちの元に歩み寄り、彼女のスマホをヒョイっと取り上げた。


「ハイハイ、ひばり先輩。コスプレ撮影会はほどほどに。ここは文芸部なんすからねぇ」

「えーあとちょっとだけ」

「あんまり悪ノリしてるとせっかく集まった新人チャン達逃げていっちゃいますよ」

「うーそれはヤダー」

「ほら、テーブル座りましょ。せっかくみんな揃ったんだし乾杯しなおしましょーよ」

「ぐぬぬ…了解であります」


 キョーヤ先輩はひばり先輩をたしなめてから、古鷹くんに振り返る。


「柔クン、着替えるかい?」

「あの……」

「えーせっかく着替えたんだしもうちょっとこのままでいようよー!」


 古鷹くんが何か言いかけたところで、すかさずひばり先輩が割り込んだ。

 

「え、えぇと……はい、このままで、大丈夫です……」


 古鷹くんはもうされるがままといった感じで、ひばり先輩とセットで着席する。たぶん抵抗する気力が残ってないのだろうな。


「皆ドリンク持った? んじゃ、改めて――カンパイしますか」


 皆にドリンク入りの紙コップを配ったキョーヤ先輩が、最後に残った自分の分を手に取って、顔くらいの高さに掲げた。俺たちもそれに倣う。


「んじゃ志鶴。なんかそれっぽい音頭とってくれ」

「僕が?」

「突然だろ、部長なんだから」

「しづるーん! 部長らしくしっかりねー!」とひばり先輩。

「は、はい……」


 雨宮先輩はコホンと咳払いをひとつしてから、ゆっくりと口を開いた。


「まずはこの場に集まってくれて皆ありがとう。禅の言葉で喫茶去きっさこという言葉があるが、まさに今日のこの場を表す言葉として――」

「み、じ、か、め、に、なッ!」

「う。わ、わかっているとも……」


 キョーヤ先輩のツッコミを受けて、雨宮先輩は少し拗ねながらも仕切り直す。


「じゃあ、一言だけ。僕が君たちに文芸部に入ることを勧める理由を――」


 そういえば部室に移動する前にも先輩はそんなことを言いかけていた。本書くにしても読むにしても一人でできるのになぜわざわざ文芸部に入るべきなのか、確かそんなことだった気がする。

 

 俺は地味にその話の続きが気になっていた。

 雨宮先輩の言葉に耳を傾ける。


「感動の共有――」


 雨宮先輩はそこで言葉を切った。

 

「物語を読めば、大なり小なり心が揺さぶられる。それが自分にとっての名作であれば尚更だ。そうして生まれた心の揺らぎ――つまりは感動。それを自分以外の誰かと分かち合うことは本当に楽しいし、何にも変え難い価値がある、と僕は考えている。いい本を読んだら、感動を伝えたい。誰かが共感したり、面白がったりしてくれるのが嬉しい」


 だから――と先輩は続けた。


「僕は今日この場にいる君たちとも、その楽しさを共有できたら嬉しい。鳩山くん、烏丸さん、古鷹くん、白鷺さん――君たちが少しでも文芸部に興味を持ってくれたなら、いつでも部室に顔をだしてほしい。歓迎するよ」


 先輩はそう締めくくると、手に持っていた紙コップを掲げた。


「では、あらためて――乾杯」

「かんぱーい!」


 俺たちは声を合わせて、一斉にカップをぶつけ合った。

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