17話 文芸部へようこそ

 俺と烏丸さんは文芸部のブースが入った教室前にたどり着いた。

 教室の入り口付近、教室番号のプレートの上には「文芸部」の張り紙が貼られている。

 そしてその横には、メガネをかけた一人の男子生徒がパイプ椅子に座って文庫本を読んでいた。きっとこの人が文芸部の先輩部員なのだろう。


「あのーすいません」


 俺はメガネの先輩に声をかけた。

 彼は顔をあげ俺たちの姿を認めると、にこやかに微笑んできた。


「ああ、新入生かな? サークル見学かい?」

「はい。そうです」

「どうぞ、自由に中を見ていってね」

「ありがとうございます」


 断りを入れてから、俺と烏丸さんは教室の中に足を踏み入れた。

 中は他のサークルブースに比べると非常にアッサリとしていて、展示物といっていいものは、中央付近に並べられた折りたたみ式の長テーブルの上に置かれた、いくつかの冊子だけだった。

 教室の中には俺たち以外に見学者も先輩部員もおらず、正直ひっそりとした印象を受ける。


 とはいえせっかく中に入ったのだから、少しくらいは見ていこうと思い、冊子の一冊を手にとってみた。

 表紙に書かれたタイトルを読み上げる。


百合鴎ゆりかもめ……」

「文芸部が発行している部誌のようですね」


 隣で覗き込む烏丸さんが言った。

 中身をパラパラとめくると、短編小説やエッセイなど、部員がそれぞれ書いたと思われる作品がいくつか載せられていた。


「君たちは文芸に興味があるのかい?」


 不意に後ろから声をかけられる。振り返るとメガネの先輩が立っていた。


「えっと、まあそうですね。特に彼女のほうが……」


 俺はそういって烏丸さんの方に視線を移す。


「……」


 しかし彼女は人見知りモードを発動してしまったようで、サッと俺の背中に隠れてしまった。

 おいおい……と心の中でつぶやくが仕方ない。俺はとりあえず当たり障りのない説明をすることにした。


「自分たちは同じ学科のクラスメイトなんです。俺はなんとなく文化系サークルに興味があって。こっちの彼女は読書が趣味でして。それで文芸部のブースを見かけたのでちょっと覗いてみようかなと思ったんです」


 メガネの先輩はにこやかにウンウンとうなずいた後、文芸部について説明してくれた。


「うちは年に一回の部誌の発行が活動のメインかな。あとは不定期で読書会を開いたり、文化祭のときは古本バザーをやったりしているよ」

「そうなんですか。ええっと……」

「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕は雨宮志鶴あめみやしづる。文学科の二年だ。よろしく」


 雨宮先輩はそう言って穏やかな笑顔を浮かべる。

 あらためて見ると背が高くほっそりとしていて、黒髪とメガネの印象も相まって、なんとも知的な雰囲気をまとった人だった。


「あ、よろしくお願いします。機械工学科一年の鳩山直道です」

「……同じく烏丸まどいです」


 俺と烏丸さんは簡単に自分の学部と名前を名乗る。


「なにぶん、うちは小規模なサークルでね。満足な歓迎もできなくて申し訳ないけれど、文芸部の活動に少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいよ」

「部員は何人くらいなんですか?」

「二年は僕ともう一人――そいつは今、外で新入生の勧誘をしているんだけどね。それと三年は二人在席しているんだけど、そのうちの一人は留学中なんだ。だから実質三人かな」


 三人か。確かにサークルの規模としてはかなり小規模だ。


「でも小規模な分、アットホームというか、雰囲気は良いと思う。だから君たちも興味があればいつでも部室に見学にきてほしい。歓迎するよ」

「はい、そうですね……」


 とりあえず社交辞令的にうなずく。

 雨宮先輩は優しげで印象は悪くないし、文芸部の雰囲気自体も悪くなさそうだ。とはいえ、俺的にはまだピンときていないのが正直なところだ。やっぱり根本的に読書をするタイプの人間じゃないというところが大きいんだと思う。

 

 その点、読書好きの烏丸さんとしてはどうなのだろう。

 彼女の顔をちらりと伺うが、その顔色からはいまいち感情を読み取ることができなかった。


 さてと、どうしようか。

 もう少しだけ文芸部の話を聞いてみるか? それとも切り上げようか? そんなことを考えていると、廊下の方から人の気配を感じた。


「はいはい~、新入生一名様ご案内でーす。どーぞどーぞこちらへ」


 明るげな男性の声が入り口の方から聞こえてくる。

 声のした方へ振り向くと、金髪の先輩が、ショートカットの女の子を連れて教室の中に入ってきたところだった。


「あれ、キミらも見学希望? いいね、いいねえ、文芸部へようこそ!」


 彼はニコニコしながらこっちへ歩み寄る。そして俺たちの顔を見ると一瞬キョトンとした表情になった後に声をあげた。


「あれ、キミたち……もしかして、機械工学科の……」

「え?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は目の前にいる人物の顔を思い出し、思わず目を見開いた。


「あ……! 新歓コンパのときの!」

「あー覚えててくれたー? 嬉しいなぁ」


 金髪の先輩はみるみるうちに笑顔になった。

 そう、そこに立っていたのは機械工学科の新歓コンパのとき、酔っ払った烏丸さんをなだめてくれたあの先輩だったのだ。


「なんだ、恭也。知り合いなのか?」


 雨宮先輩が声をかける。


「ああ、同じ学科の後輩。ま、ちょっとした縁でね」


 恭也と呼ばれた金髪の先輩は、雨宮先輩に返事をしてから、烏丸さんにそっと小声で話しかけた。


「キミ、あの後は大丈夫だった?」

「……あっ。はい、その節は、どうも。ご迷惑をおかけして、本当にすいませんでした」


 烏丸さんはわかりやすく顔を赤面してペコリと頭を下げる。


「いーのいーの気にしないで。そっちの彼もあのときは色々頼んじゃってごめんね。でもホント助かったよ。アリガトねー」

「あ、いえ」


 金髪の先輩はそれから「あっ」と思い直したように声をあげて、自分の後ろに所在なさげに立つ、ショートカットの女の子に声をかけた。


「あーごめんごめん! キミの紹介もしなきゃね」

「は、はい……」


 ショートカットの女の子は恥ずかしそうに、小さく首を振る。


「とりあえず、立ち話もなんだからあっちのテーブルに座っろっか。せっかくだからサークルの紹介もかねて、お茶でも飲んでゆっくりしていってよ。ほれ、志鶴。お前はボーッと突っ立ってないでお菓子と茶の準備!」

「あ、ああ……すまん」


 そんな感じで、金髪の先輩が場を仕切る形で文芸部ブースでのひと時が始まった。

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