6話 初夜
コーポとまり木は、学生向けのこじんまりとした二階建てアパートだ。
間取りは1K。部屋の広さは六畳くらい。玄関から入ってすぐのところが廊下兼キッチンになっていて、キッチンユニットの反対側には、風呂トイレ別の洗面スペースが備え付けられている。
築年数は十年以上経過しているけど最近リフォームしたばかりなので、家賃のわりに内装は小ぎれいだし、スーパーやコンビニなど周辺環境も整っているので、学生さんの初めての一人暮らしにピッタリ、とっても暮らしやすいと思いますよ――というのがこの物件を紹介してくれた不動産会社の売り文句だった。
念願だった親元を離れての一人暮らし。
ここは俺がこれから四年間のキャンパスライフを送るうえでの大事な活動拠点だ。
友達を招いて宅飲みをしたり、気の置けない仲間と徹夜でゲームや麻雀をして遊んだり。
彼女ができた暁には、半同棲みたいな甘くて爛れたア〜ン♡♡な日々を送ったり……
とにかくコーポとまり木の201号室は、そんな俺のもうそ――もとい夢と希望がギュッと詰め込まれた六畳一間の小宇宙なのだ。
とはいえ、そんな俺でも、まさか入学初日に同級生の女の子をこの部屋に連れ込むことになるとは夢にも思わなかったけどな。まったく事実はラノベより奇なりだぜ。
荷ほどきがまだ終わっていなくて、段ボールだらけで足の踏み場もない部屋の中を進んで、なんとかベッドのもとまでたどり着く。そして、烏丸さんをベッドの上にゆっくりと下ろしてあげた。
「よいっしょっと。ふいー……」
それから部屋の電気をつけて、段ボール箱の山から洋服を詰め込んだひと箱を探し当て、中から適当な上着を一枚取り出して羽織る。
床にぺたりと座り込み、ようやく俺はホッと一息つくことができた。
いやはや、とんでもない一日だった。
入学式、学科のオリエンテーション、新歓コンパ、白鷺さんや烏丸さんといった同年代の女子との出会い。
ここまでならいい。問題はその後だ。地味で真面目な女の子と思われた烏丸さんのまさかのバカ飲み……からの大リバース。
なぜか酔い潰れた彼女を家まで送ることになって、俺と彼女は同じアパートのお隣さん同士であることが発覚して、カギが見つからなくて彼女の部屋に入れなくて、こうして彼女は俺のベッドで昏々と寝息を立てている。
改めて一日の密度が悪い意味で濃過ぎて、クラクラしてくる。マジでどうしてこうなった。
そんなふうに一日の振り返りをしていると、一個だけ反省点が思い当たった。
カギのことなら解錠の専門業者に連絡すればよかったんじゃなかろうか。ああいう業者はたいてい二十四時間対応だろうし……
それから、ちらりと烏丸さんに視線を移す。
ベッドのうえの彼女はすーすーと穏やかな寝息を立てている。
これからカギの業者を呼んで、解錠作業をしてもらって、無事部屋に入れるようになったら烏丸さんを起こして、彼女にこれまでの経緯を説明して、俺の部屋から引き揚げてもらう。
え、それ全部俺がこの後やんの? ムリムリムリのカタツムリ。正直めんどくせ。
自分の部屋にたどり着いてしまった安堵感や疲労感もあって、急速にまぶたが重たくなってきている。なので今日はもう寝てしまうことにした。
ただ、そのためには、もう一つ考えなくてはいけないことがあった。
「俺……どこで寝りゃいいんだ?」
俺の部屋にはシングルベッド一つしかなく、ソファの類は残念ながら置いていない。
さすがに烏丸さんと一緒に眠るわけにはいかず、今晩の俺の寝床を確保する必要があった。
しばらくどうしたものかと頭を悩ませた後、妙案を思いつく。
「あー、そういえば……寝袋持ってきてたっけ」
俺は重たい体にムチ打って立ち上がると、段ボールの山からそれを探しあてた。
くしゃくしゃに折りたたまれたキャンプ用の寝袋。
数年前に、高校生の女の子たちがキャンプをするゆるーいアニメにハマって衝動買いしたものだ。その後実際にキャンプに行くことはなかったのだが、一人暮らしを始めるにあたって、友達が泊まったときに使えるかもと思って、実家から持ってきていた。素晴らしいね。さっそく使うことになった。
次に寝袋の設置場所をしばらく考えて、廊下に敷くことに決めた。
朝、烏丸さんの目が覚めて、同じ部屋によく知らない男がいたらめちゃくちゃ戸惑うだろう。そのとき、酔ったドサクサで俺が変なことしようとしたとか、あらぬ誤解が生まれても困る。
一定のソーシャルディスタンスを取ることで、彼女に対して自分があくまでも
とはいえ紳士であろうとしすぎて、アパートの外で寝るのはさすがに寒いし恥ずかしいので却下。
つまり廊下で寝るというのはその折衷案だ。
ということで対応方針を決めた後、俺はパパッと風呂場でシャワーを浴びてから部屋着に着替える。
そして、寝袋に入り込む前に、もう一度だけ烏丸さんの様子を確認した。
「すぅ……すぅ……」
相変わらず彼女からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
その表情はわりかし穏やかで、今のところ苦しそうな様子は見られなかった。
とりあえず気持ち悪くて寝ゲロするとかはなさそうだ。
そういや、メガネ掛けっぱなしだな。
このままにしておくのもなんだか悪いので、俺は彼女のメガネをそっと外してあげた。
「……んん……」
烏丸さんはメガネを外されたタイミングで少し身じろぎしたものの、すぐにまた静かになった。
俺は畳んだメガネを枕元に置いて、それからすこしだけ彼女の寝顔を見つめる。
重たい前髪は横に流れて、隠れていた目元が露わになっている。さらにメガネも外したことで、寝顔とはいえ彼女の素顔がよく見えた。
烏丸さんは、可愛らしい顔立ちをしていた。
というか美人という属性にカテゴライズしてもいい。
いや、美人だ。断言できる。
さらに、今更気が付いたのだが、彼女の着ていたシャツのボタンがいくつか外れていて、そこから鎖骨と胸元がちらりと見えてしまっている。
これはもう控えめに言って、エロい。
なんだか急に、自分の部屋に女の子を泊めるという生々しい実感が湧いてくる。
(ちょっとくらいさわってもバレないんじゃ――)
ゴクリ。
思わず生唾を飲み込んでしまった。
(――いやいや、何を考えとるんだ俺は! バカバカバカ! 童貞たる前にまず人間たれ!)
俺は邪念を振り払うようにブンブンと首を振る。
「あー……おやすみなさい!」
ぶっきらぼうにそうつぶやいて、部屋の電気を消す。
それから俺は、廊下に敷かれた寝袋に潜り込んだ。
そして寝袋のジッパーを閉めると、真っ暗になった視界の中で自分の意識が急速に遠のいていくのを感じた。
ああ、やっぱり疲れてたんだなぁ。
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