全知のバケモノと未知の魔女

奈月遥

とあるバケモノの話

 とあるバケモノがいた。

 それはバケモノと呼ばれる程に、醜く、恐ろしく、巨大で、常識外れな存在だった。

 虎の如きつらに剣山の如き牙を生やし。

 熊の如き体躯に鋼の如き筋肉を満たし。

 獅子の如き四肢に妖刀の如き爪を忍ばせ。

 鷲の如き翼は常は全身を覆い、広げれば日を隠し闇を生み出す。

 しかしそのような凶悪な肉体はバケモノの真価ではなかった。

 バケモノは額に第三の目を開いている。その瞳は世界の総てを視通す。

 さらにバケモノは自らが視たモノを統べて記憶する知能がある。

 この世に起きたモノ、記されたモノ、生れ落ちたモノ全てを知るバケモノだ。

 それ故に人々はこれを、全知のバケモノと呼んだ。


 かつてとある人の王は考えた。

『全知のバケモノを捉えて従えれば、我が国は未来永劫に栄えるのではないか』

 王は軍を動かし、全知のバケモノを襲った。

 けれど、軍の戦略も戦術も視通したバケモノの前に、人の軍勢は為す術もなく全滅した。

 人を追い返したバケモノは住処の森で取り返した平穏に帰る。

 しかし、また別の人間が、同じようにバケモノを手に入れようと画策する。

 それを返り討ちにしても、また別の教団が、また別の学者が、また別の魔術師が、また別の国が、また別の集団が、また別の支配者が、何度も何度も何度も何度も何度もバケモノを襲った。

 遂にバケモノは向かってきた者ではなく、その軍勢を出した国へと侵略した。

 全知のバケモノの膂力と魔術と知識によって、当時世界で最も強大であった帝国は夕暮れを待たずして滅んだ。

 そして人間はやっと思い知る。全知のバケモノに手を出せば人類が滅びるのだと。

 帝国の城に住まうことにしたバケモノに向けて攻め入る者はしばらくはいなくなった。

 それでも時折、数十年に一度くらいの間隔で全知のバケモノに滅ぼされる国があるのだった。

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