32 ゴーレムとの戦い

32 ゴーレムとの戦い


「……エクレアさん……あなたには魔術の才能がありますねぇ……。……それも、他の人にはない才能が……」


 尻もちを付いていたシンラは「よっこらしょ」としゃがみこんだまま身体を起こし、エクレアに目線を合わせる。


「……魔術の効果をあげる方法としては……精神修行が有名ですが……。でも、それ意外の方法でも……効果をあげる方法があるんですよ……」


 エクレアは打てば響くように答えた。


「詠唱を速く、正確にする」


「……それは効果をあげる方法ではなく……迅速性と確実性をあげる方法ですね……。……わかりませんか……? すでに、エクレアさんが実践していたことですよ……。……『サプライズ』です……」


「サプライズ?」


「……驚かせる、って意味ですよ……。……人は驚くと……心が不安定になります……。……そうなると、魔術も安定しなくなり……。……精神に作用する魔術に……掛かりやすくなります……」


「自分の仮面は、精神攻撃だと?」


「……攻撃とまではいいません……。……攻撃補助、ですかね……。……しかしそれこそが……そのあとに放たれる魔術の効果を……何倍にも……高めてくれるんです……」


 「そう」と素っ気ない相槌を打ちながら少女は思う。誰かとこんなに話をしたのは何年ぶりだろうか、と。

 たまに、わかっている風な教師が話を合わせてくることはあった。

 しかしシンラは、心の底から感心しているようだった。


「……サプライズを無意識のうちに実践している……エクレアさんは……いい魔術師になれますよ……。……他の方法も組み合わせれば……さらに……」


 「それはなに?」とまっすぐにシンラを見つめるエクレア。

 彼女は数年ぶりに、他人に興味を持っていた。


「……それは……これからお教えしますよ……。……僕の授業に、出てもらえますか……?」


「でも、自分がいるとみんなが嫌がる」


「……う~ん、でしたら……友達とまではいかなくても……少しくらい……仲良くするというのは……?」


「無理」


「……なぜ……そう思うんですか……?」


「仲良くなったことがない」


「……方法が……わからない……ということですか……? ……なら……僕に……いい考えがあります……」


 その次の日、エクレアはホームルームが終わっても教室に残っていた。

 普段は最初の授業が始まる前に教室をあとにし、誰もいないところで魔術の練習をする。


 いつもならとっくにいなくなるはずのエクレアがいたので、教室は奇妙な緊張感が漂っていた。

 やがて、ガラッと教室の扉が開く。


「……ひゃっ!?」


 悲鳴が聞こえたのでクラスじゅうの視線が扉のほうに集まる。

 そこには、紐の付いたオバケの仮面がぶら下がっていて、ユラユラと揺れていた。


「……び……びっくりしたぁ……!」


 その下ではシンラが情けない格好で倒れていたので、教室は爆笑に包まれた。


「わはははは! 見ろよ! シンラ先生がカエルみたいにひっくり返ってるぞ!」


「きゃははは! シンラ先生も驚くことがあるのね!」


「あはははは! 笑いすぎて苦しい! こんなすごいイタズラ、誰がやったの!?」


 その一言で、クラスメイトたちの視線は教室の片隅に佇むエクレアに集まる。

 エクレアは無言のサムズアップを返していた。


「エクレアがやったのか! やるじゃねぇか、お前!」


「すごいよ、あのシンラ先生を驚かせるなんて!」


「エクレアちゃんって面白いのね!」


「うん! 私たち、エクレアちゃんのこと誤解してたみたい!」


 この一件で、エクレアは一瞬でクラスの人気者になる。

 シンラは他の教師たちと違い、いくらイタズラしても怒ったりすることはかった。

 それどころか「……いいサプライズですね……」と、頭を撫でて褒めてくれたのだ。


 クラスは、シンラを驚かせる、という点で一体になっていく。

 しかし、魔術合戦を目前に控えた頃に、校長から苦情があがった。


「シンラ先生、いつになったら魔術合戦のための授業をやってくれるのだね!?」


「……え……? ……いえ……ずっとやってますけど……?」


「ウソをつくな! 生徒たちは威力の弱い、初期魔術しか使えないじゃないか! 威力のある魔術を教えるのが教育というものでしょう!」


「……いえ……それは……高威力の魔術を教えようにも……。……みなさん、まだ低学年ですし……」


「そうだ、我が校はできたばかりだから低学年の生徒しかいない! そうか、わかったぞ! 優勝の可能性が無いからって、手を抜いてるんだな!?」


「……違います……。……優勝を狙っているからこそ……基礎を教えてるんです……。……他校の……高学年の子は……。肉体的にも……精神的にも……ずっと上です……。……そんな相手に勝つためには……」


「ええい、御託ばかり並べおって! シンラ先生のことを調べさせてもらったが、国連魔法局では無能と呼ばれているそうではないか! 聞きしに勝る無能っぷりだな!」


「……僕はそうですけど……。……僕が教えている、この子たちは……」


「そこまで言うなら、実戦で証明してもらおうか! といっても生徒たちを危険な目を遭わせるわけにはいかんから、お前がやるんだ! いま生徒たちが使える魔術だけで、うちの屋敷にあるガードゴーレムと戦ってもらおうか!」


 『ゴーレム』とは魔術で動く人形のことである。

 素材は土や石、動物の死体など様々であるが、最近では木や金属でできた機怪製の人形のことを指す。


 『ガードゴーレム』とは施設を守るために開発された警備用のゴーレムで、他の用途のゴーレムよりも戦闘力が高く設定されている。

 強盗や山賊程度の集団なら、1体で撃退できるほどのパワーを持つ。

 しかも校長の屋敷で使われているのは要人警護用の、スペシャル仕様のガードゴーレムであった。


 生徒たちはその強さを知っていたので、みなシンラを止める。


「ゴブリンも倒せないような初期魔術だけで、ガードゴーレムと戦うなんてムチャだ! シンラ先生、下手すると死んじゃうよ!?」


 まわりに集まってきた生徒たちの頭を、シンラは撫でた。


「……僕の心配なら、いりませんよ……。……むしろみんなの勉強になる、いい機会になると思います……」


「ふん、こんな大人にはなるなと、身を持ってボコボコにされるつもりか! 言っとくがうちのガードゴーレムは特注なうえに、リミッターも外してある! いままで数え切れないほどの賊を瀕死にしてきたんだ、逃げるならいまのうちだぞ!」


 しかし、シンラは逃げなかった。


 ガードゴーレムとの戦いは次の日、学校の校庭で行なわれる。

 全校生徒が見守るなか、戦いのゴングが鳴り響いた。


 ガードゴーレムは開始と同時にヘビー級のボクサーのようなパンチでシンラを追いつめる。

 子供たちのイタズラにはカエルのようにひっくり返っていたシンラだったが、殺人パンチには眉ひとつ動かさない。

 余裕の見切りで攻撃をかわしつつ、ポケットから取りだした水筒の水をガードゴーレムの脚にひっかけていた。

 校長は大いに笑う。


「がはははは! なにをするのかと思ったら水とは! まさしく、負け犬のションベンではないか!」


 濡れたガードゴーレムの足めがけ、シンラは初期の雷撃魔術を放つ。

 それは、ちょっと強めの静電気くらいの電撃でしかなく、威力のほうもゴブリンを少しのけぞらせる程度しかない。


「がはははは! ションベンの次は静電気か! まさしく、負け犬の最後っ屁……ぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」


 校長のバカ笑いは絶叫に変わる。

 なんと静電気を受けたガードゴーレムの脚はへんな方向に曲がり、あらぬ方向に向かって激走を始めたのだ。


「ま……待て、どこへ行くんだ!? まてーっ!!」


 校長の呼び声も虚しく、ガードゴーレムは校庭を抜けだす。

 隣の停馬場ていばじょうに停めてあった、校長の通勤用の馬車に突っ込んで大破させていた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!? 買ったばかりのワシの馬車がぁぁぁぁーーーーっ!?」


 校長は悪夢のように頭を掻きむしり、バーコードの髪をハラハラと散らしていた。

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