07 はじめての救出

07 はじめての救出


 初勝利の戦利品は2匹のゴールデンファウと、その卵が4つ。

 そして黄金の巣は被ると王冠みたいになったので、ふたりで被せあいっこをしてはしゃいだ。


 しかし楽しい時間は、思いも寄らぬ形で終わりを告げる。


「女だ! ニンゲンの女がいるぞ!」


「なんだと、若い女か!?」


「応援に行こう! 他のヤツらに取られる前に捕まえるんだ!」


 ゴブリンたちがギャアギャアと喚きながら、森の奥へと走っていく姿が目に入った。


「人間の女……!? ロック、僕らも行ってみよう!」


「にゃっ!」


 ミックとロックは顔を見合わせ頷きあい、すっくと立ち上がる。

 すると宝箱の底から子供の足が2本、黒猫の足が2本、にゅっと飛びだす。

 ふたりは4つ足をちょこまかさせて、ゴブリンたちの後を追った。


 しばらく進むと緑色の人だかりができていたので、そこに向かって突っ走る。

 どうやら木を背にしている人間をゴブリンたちが取り囲み、じょじょに追いつめているようだった。

 包囲網の中からは、ふたつの言語による絶叫がひっきりなしに飛び交っている。


「逃がすなよ! しっかり取り囲め!」


「弱っちそうなうえに、ケガしてるから楽勝だぜ!」


「や……やめてっ! これが見えないの!? これ以上近づいたら、ドカーンだよ!?」


「おい、こいつ爆弾みたいなのを持ってるぞ、気をつけろ!」


「この距離で爆弾なんて使ったら、そいつも巻き添えだ! だからハッタリに決まってる!


「とっとと生け捕りにしようぜ! 死んだら楽しみが減っちまうからな!」


 その様子を離れた木陰から観察していたミックとロック。

 ミックはすぐにでも助けに行きたかったが、ぐっと堪えていた。



 ――ウワサをききつけて、まわりからゴブリンが集まってきてる……!

 もう200匹はいるのに、どんどん増えてってる……!


 これじゃマトモに戦っても、勝てるかどうかわからない……!

 なにか、手を考えないと……!



 しかし、そうも言っていられなかった。


「い……いやっ! いやあっ! 誰か……誰かっ……誰か助けてっ! シンラ様! シンラ様ぁぁぁぁーーーーっ!!」


 前世の名を呼ばれ、ミックは弾かれたように顔をあげる。

 その悲鳴は、もはや一刻の猶予もない状況であることを表している。


 ミックはゴブリンの群れにパチンコを撃ち込もうと構えたが、弾がもう無いことに気づく。

 スペアはリュックサックの中にまだあるが、取りだす時間も惜しいと、とっさに足元に落ちていたプルアップルを拾いあげる。



 ――いまの僕の力で、ここからパチンコを撃っても、1匹のゴブリンを倒すのがやっとだろう。

 だから、まずはこれで注意を引いて、あとは……。



「……あとは、出たとこ勝負だっ!」


「にゃーっ!」


 ミックは引き絞ったパチンコのゴムを離そうとしたが、寸前でロックが目の前を横切るように宝箱から飛びだし、慌ててパチンコの向きを変える。

 その拍子にプルアップルをあさっての方向に撃ち出してしまった。


 プルアップルは木の幹にぶつかると、その弾力で勢いよく弾み、ピンボールの球のごとくあちこちに跳ね回りはじめる。

 そうして森の中を移動していき、ミックたちのいる場所とはぜんぜん違う方角からゴブリンに命中していた。


 奇襲を受けたゴブリンたちは、あさっての方向を見てギャアギャア騒ぎ出す。


「あっちのほうから攻撃されたぞ!」


「まさかこの女の味方か!?」


「なら、そいつも捕まえようぜ!」


 ミックは「しめた!」と次弾のプルアップルを装填する。


「これならバレずにゴブリンたちを攻撃できるぞ! ロック、ここはひとまず僕に任せて!」


「にゃーん?」


 そしてミックの第2戦が始まる。相手はおびただしい数のゴブリン軍団。

 子供と猫だけで勝つのは不可能に近いが、ミックはただの子供ではない。


 人生3周目の、知略走る子供であったのだ……!


 ミックは『飛び道具マスター』を駆使して次々と跳弾を作り、森の全方位からゴブリン軍団にプルアップルの雨を浴びせた。

 プルアップルはスーパーボールのような弾力があるが、スーパーボールも高速で当てるとそこそこのダメージとなる。


 ゴブリン軍団は一気にパニックに陥ってしまった。


「うわぁーっ!? なんなんだ、なんなんだ!?」


「あちこちからプルアップルが飛んできやがる!?」


「すげえ数の敵がまわりにいるのか!?」


「これだけ大勢に囲まれてたんじゃ、勝てるはずがねぇ! さっさと逃げ……!」



 ――よし、いいぞ! そのまま逃げろっ!



 作戦は成功するかに思えた。

 しかし前回、ミックの『からっぽ作戦』を見抜いたリーダー格のゴブリンだけは冷静にあたりを見回している。

 彼は例の鋭い声で、仲間たちに告げた。


「待て! 本当に大勢いるのか!? そのわりには姿がぜんぜん見えねぇぞ! 大勢いるなら、姿を見せてビビらせたほうがいいはずだ!」


 いまにも逃げ出しそうだったゴブリンたちが、その一言で立ち止まった。


「なに!? ってことは俺たちはまた、ウソをつかれてるってことか!?」


「あっ……そうか! ウソか! 1日に2度もウソを付かれるなんて考えもしなかった!」


「敵は1匹の可能性もあるぞ! 俺たちにウソを付いたらどうなるか、探して思い知らしてやろうぜ!」


 いきり立つゴブリンたち。しかしミックは慌てなかった。

 しゃがみこんで宝箱の部屋に戻ると、部屋の壁にあるスキルウインドウを手早く操作する。


 あるスキルを取得すると、再び宝箱から顔を出して叫んだ。


『うぉーっ! 敵はたったの200ぽっちだぞーっ!』


 その声は森じゅうにこだまする。増幅され、大音響となってゴブリンたちの元へと届いていた。

 木々が揺れ、ゴブリンたちの周囲の森から鳥たちが飛び立っていく。

 それがさらに不気味な迫力となって、ゴブリンたちを包み込んでいた。


「な……なんだ……いま、すげぇ雄叫びがしたぞ!?」


 ミックが取得したスキルは、オーナーツリーにある『やまびこ』。

 声を反響させて、広範囲かつ遠距離に届かせるというものだ。

 森には、ミックの声がわんわんと鳴り渡っていた。


『こっちの数は2000! お前らなんかこわくないぞーっ!』


「に……2000!? 俺たちの倍じゃねぇか!」


『倍どころか10倍だぞーっ! 逃げるのならいまのうちだーっ! 次はプルアップルじゃなくて、もっと痛いのにするからなーっ!』


 ミックは叫びながら、プルアップルではなく鉛玉をパチンコで発射。

 それは群れにいた、とあるゴブリンの頭に命中し「ギャン!?」と倒すに到った。


 弾丸の軌道はまっすぐだったので、目で追えば撃った方角はすぐにわかる。

 しかしゴブリンたちは、やまびこのせいで冷静さを失っていた。

 そのため弾の飛んできた方向ではなく、倒れた仲間のそばに転がる弾の材質のほうに注目してしまう。


「や……やべぇ……! コイツは鉛玉じゃねぇか!」


「さっきまで柔らかい果物だったのに……!? 敵もいよいよ本気になったってことか!?」


「こんなのがさっきの果物みてぇに降り注いだら、俺たちはどうなっちまうんだ……!?」


 その一言で、彼らにトドメの恐怖が降り注いだ。


「に……にげろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」


 たった1匹しかやられていないというのに、ゴブリン軍団は敗走をはじめる。

 たったひとりの子供が作り出した幻の軍勢にすっかり翻弄され、決死の形相で逃げ惑っていた。

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