05 はじめての果物狩り

05 はじめての果物狩り


 作戦は成功したかに思えたが、リーダー格のゴブリンはその場を動かず、鋭い目つきで宝箱を睨み据えていた。

 彼はやがて、鋭い声で仲間たちに告げる。


「待て! 本当にからっぽなのか!?」


 宝箱から離れようとしていたゴブリンたちが、その一言で立ち止まった。


「からっぽってのは、お宝を狙うヤツらをあきらめさせるためのウソなんじゃねぇか!?」


「あっ……そうか! ウソか! 宝箱がウソつくなんて考えもしなかったぜ!」


「でもそこまでして中身を守ろうとするってことは、すげぇお宝があるってことなんじゃねぇか!?」


 色めきたつゴブリンたち。今度はミックが歯噛みをする番だった。



 ――そ、そんな……!? この作戦を見破るゴブリンがいるなんて……!?

 しかも、完全に逆効果になっちゃった……!



 作戦失敗を悔いる間もなく、無数の薄汚れた鋭い爪たちが迫ってくる。

 ミックはフタ閉じると全体重を乗せ、最後の抵抗をしようとする。

 ロックもミックのマネをして、「ふにゃっ!」とフタに肉球をあてがい踏ん張っていた。


 しかし1匹のゴブリン相手にもこじ開けられそうになったのに、これだけの数のゴブリンならあっさりと力負けしてしまうだろう。

 いよいよ最後の時を覚悟したミックはフタを押さえるのをあきらめ、かわりにロックを抱き寄せる。


 ロックの胸毛に顔を埋め、くんかくんかニオイを嗅ぐミック。



 ――お日様のニオイがする……。

 このニオイ……初めてロックと会った時からぜんぜん変わってないや……。



 シンラがまだ若かったころ、国連魔法局の外回りの仕事で立ち寄った街の片隅で、ロックを見つけた。

 薄汚れた箱の中を覗き込んでみると、小さく黒い毛玉がもぞもぞ蠢いている。

 毛玉はシンラに気づくと、母親を見つけたように箱によじ登り、にーにーと鳴いた。



 ――あの時のロックは目も開いてなかったんだけど、僕に気づいたんだよね……。

 見えないはずなのに僕を見て、「ひろって!」って言ってるみたいに訴えかけてきて……。



 その情景を脳裏に思い描いた瞬間、ミックは目を見開く。

 顔をあげると、猫特有のキリッとしてるのに何も考えてなさそうな表情でゴロゴロと喉を鳴らしているロックに訴えかけた。


「ロック、僕のマネをして! そうすれば、助かるかもしれない!」


「にゃーん?」


 次の瞬間、宝箱のフタが乱暴に押し開かれ、光が差し込む。

 まぶしさに周囲の状況がまだ掴めなかったが、ミックはとにかく叫んだ。


「にゃーっ! にゃーっ! にゃーっ! にゃーっ!」


 ロックもいっしょになって鳴いてくれたので、ふたりでひたすら鳴きまくる。

 目が慣れてくると、宝箱を包囲するようにゴブリンたちがいるのがわかった。


 ゴブリンたちは欲に支配されたような顔をしていたが、まさか中から子供と黒猫が出てくるとは思わず、みなキョトンとしている。

 宝箱に掲げられているプレートを目にした途端、ゴブリンたちはまたしても目を剥いていた。


「なっ……なにぃぃぃぃーーーーっ!?」


 そして、一気に意気消沈する。


「なんだよ……捨て子と捨て猫かよ……」


「とんだお宝じゃねぇか……」


「ったく、ぬかよろこびさせやがって……」


 解散解散とばかりに立ち去っていくゴブリンたち。

 今回はリーダー格のゴブリンも騙されたようで、もう宝箱には目もくれていなかった。


 その背中を見送りながら、ミックはほうっと大きく息を吐く。


「た……助かったぁ……! とっさに思いついた作戦だったけど、うまくいって良かったぁ……!」


 ミックが胸をなで下ろしながら視線を落とすと、そこには新しく書かれた看板があった。


『ひろってください』


 そう。ミックはロックを拾ったときに箱に書かれていた文字を思いだし、捨て子のフリをする作戦を実行していたのだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 捨て子がいることがゴブリン軍団の中で広まったのか、それからは森を歩いていてゴブリンに遭遇しても襲われることはなくなった。

 それどころか目が合うと、「がんばれよ坊主」と声を掛けてもらえるほどになる。


 ゴブリンたちはいずれ、シンラのゴーレムによって片付けられることだろう。

 いずれにしても安全が確保されたので、ミックは宝箱のフタを全開にし、森林浴のようにのんびりと森を歩いていた。


 ふと、きゅうとした音が身体からする。


「なんだこの音? あ、そうか、お腹が鳴ったのか。家にいる時はお腹が空くことがなかったから、すっかり忘れてたよ」


 家にはシンラが発明した、食事を摂らなくても生きていける魔術が掛けられていた。

 そのため空腹を感じたのは実に十年ぶりのことである。


「朝ごはんに良さそうな食べものがどこかに落ちてないかな……?」


 あたりをきょろきょろ見回していると、隣にいたロックが片手を頭上にかざして「にゃっ」と鳴く。

 肉球が示す先を目で追ってみると、赤いおおきな実がなっている木と、青いちいさな実がなっている木があった。


「あれは、プルアップルとベリーベリーだ! よぉし、取ってみよう!」


 『プルアップル』はリンゴに似た果物で、『ベリーベリー』はブルーベリーに似た果物。

 野生のものでも美味なので、人間だけでなくモンスターや動物も好むメジャーな果実である。


 ミックは部屋に転がっていたパチンコを拾いあげると、宝箱から身を乗り出す。 

 すぐそばに落ちていた小石を拾いあげて装填、まずはプルアップルに狙いを定める。

 風切り音とともに放たれた石は、あさっての方向にカーブを描き、森の梢へと消えていった。


「ゴブリンを狙った時は至近距離だったから当たったけど、パチンコって難しいんだなぁ……。でもまぁ、当たるまでやればいいだけだよね!」


 しかしそれから何度やっても、石はプルアップルを落とすどころか掠めることすらできない。

 プルアップルより的としては小さいベリーベリーは言わずもがなであった。


「だ……ダメだ! ぜんぜん当たらないや! やっぱりスキルがないと……!」


 集中力が切れてしまったミックがガックリと肩を落としていると、シャクシャクとおいしそうな音が聞こえてきた。

 見やるとそこには、宝箱の傍らでプルアップルをかじっているロックの姿が。


「ロック!? それ、どうしたの!?」


「にゃーん」


 ロックは返事をするようにひと鳴きしたあと、近くにあったプルアップルの木にするすると登っていく。

 枝をキャットウォークのようにトコトコと歩いていき、その先になっていたプルアップルをパシッと猫パンチではたき落とす。

 プルアップルは弾力の強い果物なので、地面に落ちるとスーパーボールのごとく高く弾む。

 宝箱の前にてんてんと転がってきたプルアップルに、ミックの目も点になっていた。


「そ……そういえばロックは黒豹だから、木登りが得意だったんだね……。って、それならそうと早く言ってよ!」


「にゃーん?」


「え? パチンコで遊んでたんじゃないのかって? 違うよ、プルアップルを取ろうとしてたんだよ! 僕にもちょうだい!」


「にゃっ」


 それからミックとロックは手分けをして果物狩りをする。

 ロックが木の上から落としたプルアップルやベリーベリーを、木の下で待ち構えていたミックがキャッチ。


 ふたりのコンビネーションは息ぴったりで、部屋の床はすぐに赤と青のマーブル模様でいっぱいになった。

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