02 はじめてのレベルアップ

02 はじめてのレベルアップ


 ミックは『二度と家から出ない』宣言を撤回、宝箱のフタを開け、部屋の壁のフチを掴んで這い上がる。

 すると宝箱から顔を出している状態になるので、そのまま外へと這い出た。

 研究室の机に置かれていた愛用の機怪ランタンを手に取ったが、はたとなる。


「魔力を消費するランプは今の僕には厳しいかな」


 しょうがないので部屋の隅にある道具箱に向かい、昔ながらのオイルランタンを引っ張りだした。

 燃料となる油瓶もいっしょに抱えたが、途中で火を付ける道具も必要だと思いだし、マッチ箱も咥えてふたたび宝箱に潜り込む。


 ランタンに火を灯し、三度フタを閉じる。

 するとオレンジのあたたかな光が周囲を照らし出した。


「機怪ランタンの光はスパッとした感じで明るいけど、オイルランタンのほわほわした光もたまにはいいね」


 ガラスの向こうで揺らぐ炎を見つめていると、不意に壁からファンファーレが鳴る。

 見やるとステータスウインドウが開いており、レベルアップを告げていた。


「おっ、もうレベルアップした。さすがにレベル1だとちょっとしたことでレベルアップするんだね。スキルもパワーアップしてるかな?」


 今のミックのスキルは『自動開閉』のみ。

 試しに閉じていたフタを開けてみたのだが、フタの開閉スピードがアップしていた。

 そのうえ、『開く』と『閉じる』だけでなく、『少しだけ開く』のような命令が受け入れられるようになっていた。


「フタが全開だと自分の家感が薄れるけど、少しだけ開けてると天窓みたいでいいね。油の節約にもなるし、昼間はこれでじゅうぶんかな」


 ミックはオイルランタンの明かりを消すと、外から差し込む光を照明がわりにステータスウインドウとにらめっこする。


「さて、次はなんのスキルを……」


 考えていると、宝箱の隙間から「にゃーん?」と遠間の声が入り込んできた。


「ロックだ。あの鳴き方は僕を探してるのかな。……あ、そうだ! あのスキルを試してみよう!」


 ミックは『オーナー』スキルツリーにある、『びっくり箱』を取得。

 少しだけ開けていた宝箱のフタをギリギリまで閉じ、ほんの少しの隙間から外の様子を伺う。


「にゃーん?」


 しばらくして、一匹の猫が研究室に入ってきた。

 夜を切り取ったような真っ黒な体毛、首輪には手のひらサイズのちいさなタルが付いている。

 顔つきや体つき、仕草や鳴き声は猫そのものだったが、実は黒豹。

 この世界で『ミニマル』と呼ばれる、極小サイズの動物であった。


 ミニマルのロックは研究室に入るなり首を傾げる。

 「気配はあるのに姿が見えないな?」みたいな顔で。


「にゃーん?」


 強めに鳴きながらあたりを探すロック。

 宝箱の横を通りすがった瞬間、


「ばぁーーーーっ!!」


 ミックがいきなり箱から飛びだしてきたので、ロックはビックリするあまり天井まで垂直に飛びあがっていた。


 『びっくり箱』は、宝箱から飛びだして驚かせた時の効果を倍増させるスキルである。

 普段はドライなロックが梁にしがみつき、瞳をまん丸にして全身の毛を逆立てるほどに驚いていたのでミックは大爆笑。


「あはははは! 引っかかった引っかかった! 『びっくり箱』大成功~っ!」


「シャーッ!!」


 ロックはスタッと降りてくると、怒りの肉球パンチ連打をミックに浴びせた。


「いたたた! ごめんごめん! 悪かったよ!」


「ふにゃーっ!!」


 撫でてなだめすかしても、ロックはなかなか機嫌を直してくれなかった。

 床にゴロンと寝転がったロックのお腹を、ミックはしばらく撫でさせられるハメとなる。

 それはシンラにとっての日常でもあったので、ミックはふとあることに気づいた。


「ロック、僕のことがシンラだってわかるの?」


 ロックは番犬ならぬ番猫の役割もしているので、見知らぬ人にお腹を見せたりはしない。

 見た目はかわいいが黒豹なので、脅かした時点で首を噛みちぎられてもおかしくはなかった。

 しかしロックは「にゃーん?」と鳴き返すのみ。「なに当たり前の事を言ってるんだ」とでも言いたげな顔で。


「そういえばロック、僕はこの家を出ることにしたんだ」


「にゃーん?」


「なんでかって? 僕の人生を変えるために、お嫁さんを探しに行くんだ。お嫁さんがいれば、きっと最高の引きこもり人生が送れるはずだからね」


 ミックは前世、そして前々世でも独身だった。

 恋人や異性の友達はもちろんのこと、同性の友達すらもいない。


 若い頃はバレンタインデーやクリスマスは母親と過ごしていたが、独り立ちしてからはイベントを祝うこともなくなった。

 引きこもり生活を良しとしていたので出会いもゼロ、筋金入りのぼっちとなっていたのだ。

 話し相手も、ずっとこのロックしかいなかった。


「だからこの『移動式宝箱トレジャーニー』を作ったんだよ。前に発明した『移動式住居ハウステップ』のほうでも良かったんだけど、あっちは転居先ごとに手続きが必要だから面倒だしね。でもこのサイズなら手続きは不要だし、それにほら、宝箱から上半身を出せばなんでもできるでしょ?」


「にゃーん?」


「だから、ロックともしばらくお別れだよ。ママみたいなキレイでやさしいお嫁さんを連れて戻ってくるから、それまでお留守番をよろしくね」


「にゃーん」


 ロックは撫でられて満足したのか、ぷいっとそっぽを向いて研究室から出ていった。


「ロックは最後までドライだなぁ」


 ミックは苦笑しつつ宝箱の部屋へと戻る。

 ロックをビックリさせたことでレベルアップしていたので、いよいよ旅立ちのためのスキルを取得した。


 それは『エクステリア』のスキルツリーの『歩行』。

 宝箱の下から足を出して、移動できるというスキルだ。


 さっそくスキルを使ってみると、宝箱がわずかに持ち上がる。

 宝箱の底から、くるぶしまでの足がニュッと飛びだしていた。

 ミックは視界を確保するために宝箱のフタを全開にすると、ゆっくりと歩を進める。

 しかしそれは完全に『よちよち歩き』だった。


「た……宝箱に入ったまま歩くのって、けっこう難しいなぁ。もうちょっと足が外に出てくれるといいのに……」


 まるで両足首を手錠で縛られているみたいに歩きにくい。

 スピードに限界があり、しかも早く歩こうとすると、なぜかコミカルな音が足元から鳴った。


 その見目は、『ちょこまか』という形容がしっくりくる。

 慣れるまでにちょっと時間は掛かったが、ミックはついに玄関扉を押し開け、ついに外に出た。


 あたりはまだ薄暗く、少し肌寒かったが、少しずつ日差しが差し込んでくるのがわかる。

 ミックのちいさな歩みが、おおきな太陽の動きと連動しているかのように。


 ふと足を止めると、目を細め天を仰ぎ見る。


「うわぁ……! まぶしーっ! 太陽ってこんなに暖かくて、こんなにまぶしかったんだ……!」


 数十年ぶりの朝は、ぬくもりと輝き、そして新鮮な喜びに満ちていた。

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