第20話 主役は誰のもの?(6)
「アミさんは、いつからオルダーソン家にお仕えに?」
不意に尋ねられて、メイドはプリン・ア・ラ・モードを掬う手を止めた。従者達の待機時間は、食後のデザートに突入していた。
「子どもの頃からよ。親が公爵様の遠縁で、その繋がりでお屋敷に置いてもらっていたの」
「だからあれほどエリシャ様を大切になさっているのですね」
レモンシャーベットを食べながらしげしげと頷くケントに、
「ただ一緒に育ったから大切なわけじゃないわ」
アミはスプーンの先でプリンの山を崩す。
「エリシャお嬢様は私の恩人。お嬢様を幸せにすることが私の使命。だから、王太子妃候補から外れたお嬢様に悪い虫が寄ってこないよう注意してるの」
「恩人、ですか」
ケントは興味深げに会話の一部を鸚鵡返しする。
「理由を訊いても?」
「初対面の人に話す内容じゃないわ」
つれないメイドに執事は「残念」と首をすくめる。
「では追々に」
次の機会を予見する言葉にアミは眉を顰める。正直、ケントはアミの苦手なタイプだ。できれば二度と会いたくないものだが……そこは互いの令嬢と令息の進展次第なので、従者の意思ではどうにもならない。
「ケントさんは? どうしてライクス家に?」
質問され続けるのも癪なので、今度はアミが訊いてみる。
「私はテオドール様の兄君フィッツ様の同窓なのですよ。学院の卒業間近で就職にあぶれていた私にフィッツ様が声を掛けてくれまして」
『お前みたいなのが
ケントの耳に、あの日の会話が蘇る。
「そうなの。学院の卒業生はいろんな業種から引く手あまたって聞いたことあるけど?」
「こちらも高給で様々な手当も充実したよい職場ですよ」
何事においても小器用なケントが自ら就職先を探さず同窓生の誘いを受けたのには彼なりの理由があるが……それを初対面のアミに話すのはまだ早い。
「さて、そろそろ行きますか」
給仕に「チェックを」と促すケントに、アミは慌てて財布を出す。
「わ、私の分は……」
「
ケントの伝票にサインして立ち上がるスマートな仕草に、アミは何故か敗北感に唇を噛んだ。
「お芝居の後はディナーのお店も予約してあるのですが、よろしいですか?」
劇場のロビーに向かいながら、ケントが訊いてくる。一日掛かりのお出掛けなら、最後はディナーで締めくくるのがこの国のおもてなしの常識だ。
「お嬢様が望めばこちらに依存はありません」
「それならよかった。あの店ならば、きっとエリシャ様も気にいると思いますよ」
余裕綽々のケントの横顔に、なんだかモヤモヤする。
「お昼こといい、ライクス家の方は女子ウケのいいお店をよくご存知で」
あ、またやっちゃった。失言に自己嫌悪するアミに、ケントは薄く笑う。
「うちのテオドール様は社交的すぎて誤解されがちですが、一途で誠実な方ですよ」
……そうだといいけど。アミは今度は声に出さずに呟いた。
公演が終わり、開いた劇場の扉から続々と観客が出てくる。その人波の中に主の姿を捜すが、一向に見当たらない。
行き交う人もまばらになり、係員が清掃を始めると、ケントとアミは顔を見合わせた。
そして、合図もなしに二人同時に劇場内へと駆け込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。