第15話 主役は誰のもの?(1)

 休日の正午前、オルダーソン公爵邸の前に立派な客車の二頭立て馬車が停まった。


「エリシャ嬢、お迎えに上がりました」


 客車から下りてきたテオドールは大仰な仕草で恭しくお辞儀する。若草色のジャケットに生成りのスラックス。首元のスカーフは、いかにも小洒落た貴公子の印象だ。

 玄関前まで出ていたエリシャも、膝を折って挨拶を返す。


「テオドール様、本日はお誘いいただきありがとうございます」


 ※誘っていない。


 しかし、


(私服のエリシャ嬢可愛い。マジ天使。神様ありがとう!)


 そんな事実、テオドールにとっては瑣末事だった。

 今日のエリシャのコーディネートは、スカートの膨らみを抑えた藍色のワンピースにショートブーツ。ハーフアップにした鮮やかなピンクブロンドに、深みのある藍色がよく似合う。これは令嬢がメイドと三日掛けて選んだ物だ。

 そしてエリシャも、


(制服姿ではないテオドール様、新鮮だわ。今すぐに画家を呼んで肖像画を描かせたいっ!)


 自分の勘違いを一ミリも疑っていなかった。

 今日は二人の――計画していないのに予定が立ってしまった――初デートの日だ。

 テオドールに先導されて、エリシャはライクス家の馬車に乗り込んだ。彼女に続いてメイドのアミも隣に座る。エリシャは公爵令嬢、同じ貴族に誘われたからといって、一人で外出することはありえない。


「皆様、出発いたしますよ」


 最後に客車のドアを閉めながら乗り込んで来たのはケントだ。


「こちら、わたくしのお付きのアミです」


「うちの執事のケントです」


 それぞれの主人に紹介され、専属メイドと専属執事は軽く会釈する。


「開演時間まではまだ時間があるから、軽く食事でもどうかな?」


「まあ、嬉しいですわ」


 向かい合って座った令息と令嬢は、照れながらも和気藹々とお喋りしている。それを横目で盗み見ながら、アミは微かに唇を尖らせた。


(こっちは公爵家で、あっちは侯爵なのに。いくら宰相のご子息だからって、うちのお嬢様に馴れ馴れしすぎない?)


 しかもテオドールは噂に違わぬ色男で、いかにも女性慣れしていそうだ。


(お嬢様が悪い男の毒牙にかからないよう、私がしっかりお護りしなきゃ!)


 密かに拳を握って意気込んでいたアミは、ふと視線を感じて顔を上げた。彼女の正面には、ライクス家の執事がいた。

 燕尾服を纏った姿勢正しい彼は、座っていても高身長だと分かる。黒髪をカッチリとセットした端正な顔立ちは……。

 その時、見上げたアミの視線が、ライクス家執事のそれと重なった。


「……っ!」


 切れ長の目を細めてにっこり微笑んだケントに、アミは思わずそっぽを向いた。


(なによ、ライクス家の関係者はみんな顔がいいの?)


 勝手に熱くなってしまう頬が憎い。

 また目が合ってしまったらと思うとなんだか癪に障って、アミは馬車が停まるまでずっと俯いていた。

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