第2話 円卓会議

 今から三時間前。

 魔導都市レキシコンの象徴であるネルウスの時計塔の決議の間にて、九人の賢者による円卓会議が執り行われていた。名を連ねる九人の賢者はそれぞれ、魔導都市レキシコンの中核を担う巨大組織の長たちである。


 レキシコンは建都以来、特定の首長というものを設けず、代々各組織の長による円卓会議によって意思決定が成されてきた。レキシコンで組織の長になるということは、都市の舵取りを担うのとも同義なのである。


 本日の議題はかねてよりその重要性が議論されてきた「奇書きしょ」と呼ばれる魔導書の蒐集しゅうしゅうについて。奇書は時に人命に関わるような危険な現象を引き起こす場合があり、どの組織が蒐集の任務を担うべきなのかが今回の議題であった。


「奇書の蒐集は常に不測の事態と隣り合わせだ。あらゆる有事に対応出来るよう、我らウェスペル魔導騎士団こそが任務にあたるべきであると考える」


 そう進言したのは、ウェスペル魔導騎士団を指揮する壮年の男性、ジョアキム・マグナ騎士団長であった。オールバックの黒髪短髪と鋭い眼光、羽織ったマント越しでも分かる鍛え抜かれた屈強な肉体が、圧倒的な存在感を放っている。


 危険が伴う任務であるからこそ、戦闘のプロフェッショナル集団であり、あらゆる有事に対処出来るウェスペル魔導騎士団こそが、危険が伴う奇書蒐集の任を果たすに相応しいと、ジョアキムはかねてより主張していた。


「奇書蒐集に求められるのは奇書の特性を理解し、適切な対応を取ることが出来る専門性です。であればこそ、魔導書の専門家である我らクレプスクルム魔導図書館こそが奇書蒐集任務に相応しいかと進言いたします」


 続けて進言したのは、クレプスクルム魔導図書館を統括する初老の白髪の女性、マルテ・シュレディンガー館長であった。白を基調としたスタンドカラーのジャケットが、気品と威厳とを両立している。


 魔導司書とは、魔導書や魔導禁書、奇書といった、魔力を帯びた様々な書物を管理する技能を身に着けた者たちに与えられる資格だ。戦闘能力を持たぬという不安材料はあるが、奇書に対する専門性では他の組織の追随を許さない。奇書蒐集に関しては間違いない一番の適正を有している。


 本来であれば、専門知識を持つ魔導司書と、有事に対応する戦闘能力を持つ魔導騎士とが共同で任務にあたるのが理想的ではあるが、各組織にはそれぞれの思惑が存在し、あくまで一つの組織で任務を遂行すべしとの暗黙の了解が出来上がっている。


「魔導司書の知識面は評価するが、奇書単体の驚異に加え、奇書の魔力に引き寄せられた魔物や、奇書の力を手中に収めんとする勢力と対峙する事態も想定される。そんな時、非戦闘員である魔導司書に何が出来る?」


「魔導司書が戦闘を行うという想定自体がナンセンスですよ。傭兵ギルドに護衛の依頼を出せば、騎士団長殿の懸念は払拭出来ましょう」


「奇書蒐集という重要任務に魔導の才もない傭兵を関わらせるというのか? それこそナンセンスというものだろう」


「騎士団長ともあろうお方が、今日日きょうび魔導差別とは嘆かわしい。傭兵ギルドもレキシコンの立派な組織の一つでしょうに。そもそも傭兵ギルドに護衛を依頼し、素材の収集や魔物の研究を行うことなどレキシコンでは日常茶飯事ではありませんか。そうですよね、アルメンダリス学長」


「うむ。奇書蒐集の任務だからといって、傭兵ギルドに協力を仰いではならぬというう道理はなかろう。マグナ騎士団長の発言は儂には感情論にしか聞こえんのう」


 意見を求められた老齢の魔導士、ディルクルム魔導学院学長のイグナシオ・アルメンダリスが、蓄えた白いひげを擦りながらマルテ館長に同意した。それぞれ独立した組織ながらも、魔導書の管理を行うクレプスクルム魔導図書館と魔導の研究を行うディルクルム魔導学院は友好関係にあり、此度の議題でもアルメンダリス学長はマルテ館長を全面的に支持することを決めていた。


「しかし、外部の人間を関わらせることがリスクなのもまた事実でしょう。奇書の価値に目が眩んだ傭兵が反旗を翻す可能性だって否定は出来ない。リスク管理という意味では、組織単体で任務を遂行できる魔導騎士団の方がより適任では?」


 ウェスペル魔導騎士団に助け船を出したのは、ベル・ディエム魔導工房を率いる工房長のシキ・ライデンであった。長い黒髪をかんざしで留めた中性的な人物で年齢は不詳。派手な桜柄の着物が目を引いた。


 魔力を宿した強力な魔導武器や魔導具を製造している魔導工房は元々、戦闘分野の魔導騎士との関係性が深く、今回も思惑が一致した上で、魔導騎士団側へと肩入れしていた。


「落としどころが見つからぬ以上、決を取る他あるまいて。まあ、いつものことじゃがな」


 皮肉気に笑うアルメンダリス学長の提案に誰も意を唱えることはなかった。各々の独立性が強すぎるあまり、余程のことでもない限り満場一致での決議は希。多数決で決着するのが常であった。


「奇書蒐集任務はクレプスクルム魔導図書館こそが相応しいと思う者は指先に青い炎を。ウェスペル魔導騎士団こそが相応しいと思う者は指先に赤い炎を灯すことを意思表示とする」


 アルメンダリス学長の言葉に頷き、全員が利き手の人差し指と親指とを擦り合わせると、それぞれ人差し指に意志表示の火が灯された。


 クレプスクルム魔導図書館を支持する青い炎が、シュレディンガー館長を含め、

 ディルクルム魔導学院のイグナシオ・アルメンダリス学長、

 ノクス魔導法省のジャスミン・カルブレイズ長官、

 アブローラ魔導医療院のエウラリア・メルクーリ院長、

 メンシス魔導建築機構のイェンス・ダイクストラ代表

 計五票。


 ウェスペル魔導騎士団を支持する赤い炎が、マグナ騎士団長を含め、

 ベル・ディエム魔導工房のシキ・ライデン工房長、

 メリディエース魔導商会のファムランド・モンドラゴン会頭、

 セプティマナ魔導交通局のレオナ・ファン・ロイスダール局長

 計四票。


 僅差ではあるが、クレプスクルム魔導図書館支持が多数派となった。


「円卓会議の決定だ。結果は真摯に受け止めよう。しかし、僅差での決定であったことは充分にご配慮願いたい」


 決定に苛立つこともなく、マグナ騎士団長は不敵な笑みを浮かべた。この流れは想定の範囲内であり、僅差に持ち込めただけで目的は十分達成された。


「決定に従い、奇書蒐集の任務はクレプスクルム魔導図書館へとお任せしよう。ただし、万が一魔導図書館が任務に失敗した場合は即時、我らウェスペル魔導騎士団へと任務遂行の権利が移行するということで如何かな?」

「なるほど。最初からそういうお考えでしたか」


 最終的には決選投票の票数で負けることは織り込み済み。マグナ騎士団長は当初の主張通り、クレプスクルム魔導図書館では奇書蒐集は失敗に終わると高を括っていたのだ。決戦投票で僅差にまで迫れば次鋒じほうとしての権利を主張できる。


「人聞きの悪い。決定した以上、もちろん任務成功を願っているとも」

「そう言って頂けると励みになります。全力でご期待に応えなくては」


 皮肉には皮肉で返す。表面上は穏やかだが、シュレディンガー館長も舌戦においては好戦的だ。


「奇書とはいえ、相手が魔導書であるなら、我らクレプスクルム魔導図書館に失敗はございません。当館には優秀な魔導司書がおりますから」

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