第4話 レィオーンパード


 教官は、床で転がっているジューネスティーンを見ると、今度は、生徒達の方を見た。


 そして一番近い所にいた4人を呼びつけた。


 4人は、お互いの顔を見つつ、今度は、自分たちが、ジューネスティーンのようになるのかと心配しつつ動くのを躊躇っていた。


「何している! これじゃあ、授業にならんだろう! この床に転がっている特待生を壁の方まで運んでくれ!」


 その言葉を聞いて、4人は、ホッとした様子でジューネスティーンの周りに寄ると、それぞれが、手足を持つと、そのまま、壁際まで運んだ。


 その様子を教官は眺めつつ、自分の呼吸を整えていた。


 そして、4人の生徒がジューネスティーンを壁際に運ぶと戻ってきたので、それを見てからニヤリと笑った。


「どうだ。これが格闘技だ。魔物と戦うにしても常に武器で戦うとは限らない。半永久的に使える武器など有りはしないのだから、最悪の状況を想定して素手でも戦えるようにするんだ。どんな状況でも戦えると思う事で選択肢は増える。これは、お前達の生存率を最後の最後で上げるためにある。最悪の想定を一段階上げるための授業だ」


 教官は、素手でも戦える術を持たせる事で、戦うための選択肢を増やせば、わずかでも生存率が上がれば良いと考えているのは、生徒が魔物と戦って負けてしまい死亡したと聞きたくなかったので真剣に伝えていた。


 そして、ジューネスティーンが全く歯が立たず、圧倒的な攻撃で駆逐した教官を見て、生徒達は、自分達よりも素手での戦い方は遥かに上だと判断した。


 それは、生徒達は黙って聞いていた事からも、格闘技の強さに対する上下関係をハッキリした。


「どうだ? 今の特待生では、よく理解できないなら、もう一度試してみるか? 誰か、試しに俺の相手をするか?」


 それを聞いて、ほぼ全ての生徒達は、あんな体術を使う素手の戦い方など知らない事と、ジューネスティーンの拳も簡単に躱していたのを見ていたので、素手では敵わないと誰もが思っていた。


 そして、生徒達の拳を交えるような事と言ったら、酒場での喧嘩程度なので、そんな大した腕ではない。


 武器を使うというなら自信があっても、素手であったら今のジューネスティーンと、そう大差は無いと、ほとんどの生徒が認識しており誰も教官と視線を合わせようとはしていなかった。


「僕がやる!」


 そう言って生徒達をかき分けて前に出てきた。


 教官は、その生徒を見ると、少し困ったような表情を浮かべた。


 出てきたのは、ヒョウの亜人の少年だった。


「おい、一番若そうなのが出てきたぞ! 若いのに任せて終わりなのか?」


 教官の言葉に、他の生徒達は、教官から視線を逸らして答えようとしなかったので、その様子にガッカリした。


「仕方がないな」


 そう言って、前に出てきた少年を見た。


「お前は?」


 教官は、まだ、顔と名前が一致してないので言葉に詰まったようだ。


「レィオーンパード! レィオーンパード・アーシュ・フォーチュンだ!」


 その答えを聞いて、教官は考えるような仕草をした。


「フォーチュン? ああ、そうか、お前、特待生と一緒に一般入学してきたやつか。ふーん、なるほど!」


 フォーチュンというファミリーネームは、ジューネスティーンとシュレイノリアが使っている。


 ジューネスティーンとシュレイノリアが特待生として入学してくる事の報告を聞いた際に、その4年後に転移してきた亜人も一緒に入学するとあった。


 教官は、その事をレィオーンパードが名乗った事で思い出したのだ。


「いいだろう。じゃあ、かかって来い」


 教官がレィオーンパードの挑戦を受けると、レィオーンパードは、軽い跳躍を繰り返すと、両腕をたたんで胸の前に構えた。


 そして、教官の様子を伺うように見て、タイミングを測り出すと、一気に間合いを詰め鳩尾を狙って殴りかかった。


 しかし、当たる寸前に教官は、両腕をクロスするようにして、鳩尾をカバーしたので、拳は教官の腕にヒットしただけで、ダメージを与える事は無かった。


 レィオーンパードは、想定済みだったのか、自分の拳が当たるとすぐに横に避けるようにして間合いを取った。


 すると、今度は、ジグザグに動きながら教官に迫り、今度は脇腹を狙うが、それも教官が腕でカバーするのでダメージを与えることはできなかった。


 そんな攻撃が続いていたのは、レィオーンパードが、ヒョウの亜人ということもあって、ジューネスティーンより敏捷性が高かったからであり、教官は、レィオーンパードを見て、ジューネスティーンのように交わし切れるかどうかをガードしながら攻撃パターンを確認しているようだった。


 今度の相手は、ジューネスティーンよりも身長も体重も無い事から、受けるダメージは小さい事も確認していた。


 しばらくすると、教官はフットワークを使って、レィオーンパードの攻撃を躱し始めた。


 そんな攻防が続くと、教官はニヤリと笑った。


「それじゃあ、これからは、こっちからも攻撃するから、そのつもりで掛かって来い!」


 教官は、レィオーンパードに伝えたが、構わず教官に向かっていくと、教官は体の力を抜き、体を少し下げるように膝と腰を曲げ、腹部をガードするように姿勢を変えた。


 身長差が有ったので、狙う事ができなかった教官の顔の位置が下がったので、レィオーンパードはチャンスと思ったのか、教官の顔面目掛けて拳を放つと、その拳は教官の左頬にヒットしたのだ。


 今までの攻防では、レィオーンパードの拳は有効打を与えてなかったのだが、初めて、教官に有効打を与えたと思ったのだが、その瞬間頬に当たったレィオーンパードの腕を教官は掴んでしまった。


 教官は、レィオーンパードの拳を自分の頬に誘導して、当たる瞬間ダメージを最小限に抑えるように頭と体を使って、受けた拳と同じ方向に動かしつつ、レィオーンパードの腕を掴むという高等技術を使ったのだ。


 そして、そのまま、腕を掴んだままレィオーンパードを投げ飛ばすと、レィオーンパードは、あっさりと床に叩きつけられた。


 だが、それだけで終わる事は無かった。


 教官は、投げたレィオーンパードの腕を握ったままにすると、レィオーンパードを持ち上げ、また、投げる。


 それを永遠に繰り返すように行った。


 最初は、レィオーンパードも足掻いて握られた腕から逃げようとしていたが、何度も投げ飛ばされているうちに、そんな気力も体力も尽きてしまったようだ。


 そして、教官は動けないと判断するとレィオーンパードの手を離したが、レィオーンパードは、床に大の字に寝たまま動く事は無く、ゼエゼエと息をするだけだった。

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