23 帝国へ


 此処は船の上、海の上。バルテル王国はもう海の彼方。

 港の沖で待っていた大きな帆船は、ヴァンサン殿下と僕を乗せると出港した。周りに大小何隻もの船を侍らせて意気揚々と王様みたいに。


 お父さんとお母さんと兄ちゃんたちに手紙を出さないといけないな。

 船のデッキの手すりにつかまって、バルテル王国が遠ざかって行くのをぼんやりと眺める。

「あまり身を乗り出すと落ちるぞ」

 一緒にこの船に乗っている第一王子のこいつは何処に行く気なんだ。

 後ろから船の手すりに僕を閉じ込めて悪い顔で笑う。顔が近い。腹が立つほど整ってるな。


 殿下の唇が頬を掠めて、耳をかじって離れた。

「うきゃ!」

「私は自由に生きることにした」

 王子のくせにそんなことが出来るのか?


「おい、エリクか?」

「あー」

 ニコラ、ジュール。

「まあ、なるようになったよな」

「エリクだからな」

「何だよそれ」

 僕がむくれると、近付いてきた二人が僕のドレス姿をじっと見る。

「うまく出来てるな、胸」

「ホントだ。さすがだな」

 褒めるのはそれだけか。いや、胸こそ僕が頑張った所なので、褒めてくれると嬉しいが。そういや、もう認識阻害付けているんだな。素早いな殿下。呪文も唱えなかったな。


「もうドロドロだから、着替えて来る」

「部屋に連れて行ってやろう」

 ヴァンサン殿下がエスコートをしてくれる。

「令嬢に見えるよ、エリク」

「ありがとジュール。お前も着てみるか」

「いや」

 速攻で断ってくれる。ホント着るもんじゃないな、こんなの。そう思いながらニコラとジュールに手を振って船室に向かう。


「エリクのアレ、本物の女の子に見える」

「だよね」

 なんてニコラとジュールが囁いていたなんて僕は知らない。



  * * *


 三日の船旅で帝国の港に着くと、クレマンさんが出迎えてくれた。

 馬車に乗って一日かかって用意された屋敷に着く。高層の立派な建物ばかりの中で、少し離れて隠れ家のように建ち、敷地も広く警備の兵もいる建物に馬車は入って行く。


 こんな豪華な所に住んで警備も召使もいっぱいで、自由に生きるは無いだろう。

 生まれながらの王子様。何処に行っても王子様。それがこの人なのだろう。

 見上げると瑠璃色の明るい瞳が見返す。

「心配しなくてもお前も公爵様だ」

「どうして?」

「違うか、私は公爵家に婿養子に入るのだから、お前は公爵夫人だな」

 何かそれも納得できない。じゃあ、公の場所に出る時は女装するのか。だから公爵が時々女装すればよいとか言っていたのか。

 今頃になって納得する僕。


 あの時は二人の言っていることが全然分からなかった。だって男同士で結婚なんて聞いたことない。僕は結局マドレーヌの代わりなのか? いや、エイリークとして結婚するんだよな。エイリークは社交界に女性として出た。じゃあ僕は女性なのか? どんどんこんがらがってくるな。


「殿下、僕は幾つなのですか? 僕の誕生日は?」

 ああ、僕はいったい誰なんだ。

「そこからか」

 殿下は軽く吐息を吐いた。

「君はエイリーク・ラファエル・シャトレンヌ。シャトレンヌ公爵の長子で、秋の半ばに生まれて今十七歳だ」

「じゃあエリク・ルーセルは?」

「エリク・ルーセルは君の仮の名前、何かあった時に名乗ればよい。もう一人の君の名前だ。大事に持っておくがいい」


「殿下は僕の事、エリクって」

「ああ、エイリークの愛称はエリクだからな。私の事もヴァンと呼べ」

 どさくさに紛れてそんな事を言うのか。

「さあ、言ってみろ」

 顎を持ち上げて、にんまり笑って、さあと催促する。

「う、ヴァン……」

「エリク」


 ああ、食べられる。思いっきり貪られた後で、とろりと蕩けた僕の手を取って、髪にキスを落とし囁く。

「この国は男同士で結婚出来るんだ」

「え」

「君に愛を誓おう」

「いや……」

「離さないよ」

「待って」

「離さない、絶対に」

「いや、考える時間を」

「誓うよ、生涯愛し抜くと」

「イヤ、そんなこと誓わなくていいから……」


 誰か僕を助けて。そのまま教会に引き摺って行かないで。

「ねっ」

「何がねっだよ、何が」

 教会にはニコラとジュールが待っていた。

「待ってたぜ、エリク」

「遅かったな、エリク」

 お前らそんなくっ付いて、グルなのか。

「彼らも結婚するんだよ」

 なんてこったい。


「さ、エリク、エイリーク・ラファエル・シャトレンヌと書こうか」

 何で僕はこんな書類に言われるままにサインをしているんだ。

 指輪の交換を。誓いのキスを。

 ああ、キスが甘い。何で甘いんだ。

「可愛い……」


 そして、目くるめく新婚生活が始まったけど、動けない。

 こいつ絶倫なんだ。ねっ、とか可愛い、とか言いながら、好き放題するんだ。

 きっと親父に似たんだな。あの王様強そうだもの、好きそうだもの。


 何でこんな奴が僕の配偶者なんだよ。

「ああ、エリクが可愛い。どうしよう。食べてしまいたい」

 やっぱりこいつ人間じゃない、ていうか、半分人間じゃないし。

 そうしてまた夜が来る。


 うーん。帝国の学校にはいつ行けるんだろう。



  一章 終

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