03 みーたーなー


 ダンジョンは王都と学院の敷地の境目くらいにあって、僕たちはのんびり森の魔物を狩りながら歩いて行くと、入り口で立ち止まった。

「ニコラ、ジュール。こっちに寄って」

 二人を引き寄せて、卵ぐらいの魔道具を足元に落とし踏みつける。ぐちゃと潰れて中からジェルが飛び出し三人にジェルがまとわりつく。

 踏みつぶした殻は、スライムを斃した時と同じで地中に溶けてなくなる。


 これはお父さんが作ったのを僕が改良した魔道具で、スライムが襲い掛かって来る時に身体に覆いかぶさる性質を利用して、防御を少し上げるようにしたものなんだ。

 ジェルの中に他の魔物の素材を練り込むことで、他の効果も期待できるが、そこはまだ製作していない。これの効果は三時間くらい。

 ダンジョンの一階部分をうろうろして帰るくらいは持つかなと思っている。


「どう? 少しは防御上がった?」

「まず魔物を倒してみるわな」

 ニコラが言ってダンジョンの奥へ進む。僕らも後ろからついて行く。

 ダンジョンの中は薄明るくて照明の無い部屋の中ぐらいだ。灯りとかついていないが壁が発光しているのだろうか。


「あ、いたいた」

 出て来たのはウサギみたいなナキピカが二匹。お肉が美味しいので門番さんに持って帰ると喜ばれる。魔石も出るし、ちゃんと代金ももらえるんだ。


「剣よ我が力を纏え」

 ニコラが剣に魔力を乗せて攻撃する。僕とジュールももう一匹を魔法で攻撃する。僕は風魔法、ジュールは水魔法だ。

「エアボール」「アクアボール」

 まだ弱々しい魔法で、二人で一匹をやっと倒せる。

「うん、五、六撃は食らっても耐えられるな」

 二撃で倒したニコラが言う。

「大したことないなあ、もうちょっと理論を詰めよう」


 ナキピカのお肉と毛皮を剥ぎながら話す。だいぶ慣れてきた。魔石を回収するとジュールが水を出して綺麗にしてくれる。その後僕の風魔法で乾かしたら完璧だ。魔物はしばらくするとダンジョンが吸収して新たな魔物を生み出すと聞いた。


「行くぞ」

 僕たちはダンジョンの奥を目指してうろうろする。

「いたぞ」

 目的の色素の薄いスライムがいた。ニコラの攻撃であっという間に倒す。スライムの死体がドローとなったのを、すかさずヘラですくって瓶に入れる。

 スライムは死ぬとベターと広がって、地中に吸い込まれてしまうんだ。

「うへへ……」

「エリク、よだれ出てるぞ」

 ジュールがからかうけど、本当に出そうだ。

「あと二、三匹いこうか」

「うしゃ」



 かなり奥の、階下に降りる階段の付近まで行った時、足音と階下の少し冷たい空気が流れてきた。上級生が階下から帰って来たらしい。階下に行くに従って段々魔物は強くなるという。初心者の僕らは用心してまだ行っていない。


 学院のダンジョンは地下十階までであまり旨味が無いらしく、新入生が入学した当初に物珍しさで潜るくらいらしい。たまにダンジョンの中で上級生に出会ったりすると、因縁をつけられて大変だったので、次からは全力で隠れるようになった。


 僕らは三叉路の凹みに避けて彼らを見送った。


 銀髪の背の高い男と、ピンクの髪の女性と、黒髪の騎士みたいな男が通り過ぎた。女性から何とも言えない甘い香が漂う。

「大丈夫か、アリアーヌ」

「平気ですわ、ヴァンサン様」

 男の低い声と、女性の甘えるような声がする。

 三人は僕らに気付かずに早足で行ってしまった。


「あれって三年の第一王子殿下じゃないかな」

「あの女の子、例の聖女様じゃないかな」

 うへ、噂の連中か。触らぬ神に祟りなしだよね。

「さっさとジェル取って帰ろうか」

「「そうだな」」

 その日は結局三つの瓶が一杯になるほどジェルが取れたし、珍しい黄色いスライムも一匹居たので、僕はウハウハだった。



 僕たちは楽しく守衛所に戻ったんだけど、そこを出たら待ち構えて居た奴がいたんだ。

「君ら、ダンジョンの階段付近で隠れていたな」

 長いサラサラの銀の髪を後ろに組みひもで結わえて、無表情な瑠璃色の瞳が見下ろす。顔が整っている奴の無表情って、とっても怖いんだな。相手がヴァンサン第一王子となるとなおさらだ。ニコラとジュールも固まっている。

 聖女はいなくて側に騎士が控えている。剣に手をかけていつでも抜きそうだ。


「で、殿下。私達はいつものようにダンジョンに来ただけです」

「そ、そうです。守衛に聞けば分かりますよ」

「ふうん、なら隠れる必要はないだろう?」

 身も凍るような氷点下の空気を纏った殿下が胡乱な目で僕らを見回す。

「普通避けると思います。僕らは端によって道を開けただけです。普通です」


 必死で普通と言い張る僕にヴァンサン殿下は目を向けた。そのまま彫像のように動かなくなった。緊張の沈黙が訪れる。誰も何も言わない。


 風の音も木々のざわめきも小鳥の声もしない。

 止まった絵の中の時間のように立ち尽くす。


「あの……」

 固まった時を動かしてくれたのはヴァンサン殿下の護衛の騎士だった。

「あ、あ……。行こう」

 くるりと背を向けて、突然現れた殿下は突然去って行った。


「何だったんだ?」

 僕たちはへなへなとその場にしゃがみこんだ。

「俺ら大丈夫か?」

「あとで呼び出し食らうとか?」

 ニコラとジュールは青い顔をしている。

「急に引っ張られない事を願うばかりだな」

「引っ張られるって、何処に?」

「牢に決まっているだろう」

 そんなこと決まってないよ。怖いよ。僕たち何も悪い事はしていない。

「よくあるじゃないか。みーたーなー、って言って殺す奴」

「「わーー!!」」

 僕たちは一目散に走って寮に逃げ帰った。

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