第18話 二人、デビューを見守る


 舞台袖。最後のグループがパフォーマンスをしている。その横で、ベイビークォーツの三人は、緊張からかガチガチに震えていた。可愛いピンクの可愛い衣装を着て、髪も、メイクもバッチリだが、肝心の表情から笑顔が消えていた。


「どうしよ、大丈夫かなぁ」

 がたがたと震えるスララはほとんど泣き声。

「俺たちは行ける! そう、行けるって!」

 何度も自分を鼓舞するぎこちないシュレン。

「大丈夫、大丈夫、僕達ならイベント成功させられる」

 二人の背中をさするサザもまた、足ががぐがく震えている。

 デビューのため必死に練習し、何度も合わせてきた。しかし、彼らはまだ、肝心のヤスミンから合格を貰えていない。今回は緊急事態もあり、急遽デビューする事になったが、正直不安なのだ。

 しかも、今自分たちはファンがいない状態。

 僕たちを初めて見る人達は、どういう反応するのか、嫌われるのでは、誰も見てくれないのでは。

 想像するだけで心が滅入めいる事ばかり、頭に浮かんでしまう。


 もうそろそろ前のグループの出番が終わる。そうしたら、舞台調整の後、三人の出番。

 ドッドッドッと胸の鼓動が、余計に自分たちを緊張させる。


 そんな彼らの元へ、カッカッカッと誰かが足音を鳴らして、近づいてくる。三人が振り向けば、そこには今一番会いたかった人がいた。


「ヤスミンさん!」

「ううう! どこにいたんすかぁ!」

「よかったぁ」

 三人がヤスミンに近寄る。


「心配かけたわね」

 まるで母のように、一人一人頭を撫でる彼女。その手を受け入れたサザは、思いっきってヤスミンに質問した。


「僕たち、デビューして大丈夫ですか?」

 あまりにも不安になってしまい、珍しく泣き言を言うサザ。他の三人も同じなのか、ヤスミンを見た。


「……回れ右」

「「「は、はい」」」

 急な指示であったが、三人とも即座にくるりと後ろを向く。この回れ右は、散々練習した動きの一つ。


 ヤスミンは、自分に向けられた三人の背中をバンッバンッバンッと叩く。

「あっ!」「いっ!」「うっ!」

 痛くはないが、急な衝撃に驚いた彼ら。思わず情けない声を上げ、縮こまっていた背中をピンッと伸ばす。


 そして、ヤスミンは背後から、三人まとめてぎゅっと抱きしめた。目を見開く三人。彼女から抱きしめられるなんて久しぶりのことだった。

「何弱気になっての」

 優しい声。

「大丈夫、シャンっとしなさい」

 優しいぬくもり。

「笑って、楽しんで、暴れてきなさい」

 いつもは厳しい、ヤスミンの激励。

「大丈夫、貴方達は私のアイドルなのだから」

 それは最強のお墨付き。ヤスミンは彼らを腕から離す。振り返った三人の瞳には、もう迷いはない。


「おまたせしました〜! 最後は本日のサプライズ! なんと、このステージでデビューをするベイビークォーツです!」

 司会の紹介が聞こえた。ベイビークォーツはステージへと駆け出していく。ヤスミンは彼らの背中を舞台袖から眺めていた。

 そんな一連の光景を見ていた莉緒は、堪らず彼女に近づく。

「ヤズミンざん!」

「なんで泣いてるのよ」

 感動からかぐじゅぐじゅに泣く莉緒に、ヤスミンは呆れたように肩の力を抜いた。


 舞台からは、スララの歌い出しが聴こえてくる。

「ああ! 花咲く笑顔が愛おしい〜!」

 楽しそうに歌い、笑い、踊り、合間にファンサービス。くるりくるりと可愛さを振りまく三人。可愛さのおかげてで、今まで狙えていなかった層のファンたちが、増えていくのをヤスミンは袖から感じていた。


「サザぎゅん!がわいい!」

「泣くか叫ぶかどっちかにして」

 ただ、隣の莉緒のせいで静かに見ることもできない。呆れるヤスミンは、仕方ないと言わんばかりに、関係者出入り口から関係者用の席まで、莉緒を引きずる。そこは、もっとパフォーマンスが見やすい位置だった。


 パフォーマンスする土台部分が高く設計されており、比較的遠くからでも見やすいように作られている舞台。その代わり、近いと首を見上げる形で、少々見づらさがあった。莉緒はそれでも、サザを見つめる。しなやかなダンスを披露するサザ。そして、二曲目は莉緒も知らない、爽やかな恋文ソング。

 この曲はダンスよりも自由なパートが多く、来てくれた人達に手を降っている。


「昨日からずっとこればかり」

「ペン神様よ紙神様よお願い」

「宝箱に隠した気持ちと」

「夕日も流星も朝日も詰め込んで」

「君に」「届け」「この手紙」

「大好きだぁああ!」

 可愛らしいけどパワフルなサザの歌声が響いた後、サザがこちらに向かってきた。高い位置にいたサザが莉緒の目の前にくると、あの一段ある段差を降りる。

 そう、サザが莉緒のために、わざわざ降りてきた。その少しでも近づいた距離、しかもしゃがんで目線も近づけてくれるサザに、莉緒の鼓動はズンドコドコドコと力強く鳴り続ける。

 推しがわざわざ、自分のために。ああ、もうたまらない。


(ありがとう)

 口パクで莉緒にお礼を言うと、腕で大きなハートを作る。その仕草がとても可愛くて、莉緒はただ「しゅきっ……」と呟いて固まった。


「この段差やばいでしょ。遠近両用のための仕掛けなのよ。遠くの客にもよく見えて、近くの強いファンにも美味しいステージってやつ」

「やばいっです、ムネドキです……」

 まさか、あの不思議な形のステージにこんな仕掛けが。莉緒は更にサザの魅力へと落ちていった。


 そして、ベイビークォーツのデビューは盛大に幕を閉じた。


 やはりヤスミンから喝を受けたとはいえ、緊張していたのか三人はヘナヘナと崩れ落ちた。三人に莉緒が駆け寄った。これにて、ライブイベントは終わりなはず。

しかし、残念なことに、一組やる気に満ち溢れた連中がいた。


「……嘘でしょ」

 ヤスミンは目の前の五人を見て、顔を引きつらせた。莉緒も驚きの表情で彼らを見るしかない。

なにせ、あの部屋に飾られていた衣装を着たファイドライボルトトパズアイヴィレイディ。全員メイクもヘアセットもバッチリだ。


「今日は、とことん特別なステージににしようぜ。勿論、時間あるよな、ヤスミン」

「私達だけ何もしないというわけには、行きませんし」

「たまには、この五人でね」

「盛大に歌いたい気分なんだよ」

 ファイドのニヤリ顔とやる気に満ち溢れた他三名。ヤスミンは思わず頭を抱えつつ、トパズを見た。

 先程の恐ろしい異形の姿ではないが、いつものように目元が花で覆われている。

「今日だけ皆の・・トパズになって」

「正直、レイディから無理やり服を着せられた時点で、覚悟しておりました」


 彼の目元から花たちが消えた。


「それでは、今からジュエルのリーダーとして、一仕事ひとしごとさせていただきます」

 素顔はまるで生きる美神。莉緒ですら感嘆の吐息が漏れる。

 花に隠されていた薄青の瞳は、ただ真っ直ぐとヤスミンを見て微笑んでいた。

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