第14話 少女、運営の覚悟を知る


 揺れる馬車の中、莉緒は先程の光景を思い出していた。どう考えても、ヤスミンはファンに凄く嫌われている。サザも以前話していたが、ヤスミン自体はファンにかなり厳しいのは知っていた。けど、厳しいはずなのに、先程のファンのおこないは、どこか仕方なく受け入れていた。


「ヤスミンさん、ファンの人たちと何かあったんですか?」

 本当に尋ねることばかりであるが、次から次へと気になることばかりが莉緒の中に増えていく。


「何も無いわけないでしょ。ファンと運営なんて、基本的に何もない方がおかしいのよ。なんなら、どこもほぼ冷戦みたいなものよ」

 あまりの言い切りっぷりに、莉緒は呆気に取られる。そんなにも仲が悪いものなのだろうか。莉緒がライオンソウルを追っていた時は、SNSで公式コンテンツを上げてくれる運営に感謝すれど、そんな危険なことを思ったことはない。


「そんなに、なんですか?」

 莉緒の問い掛けに、ヤスミンは肩を軽く竦めた。


「まあね。最高の商品アイドルを大切に使うために、運営はゴミから守る必要があるの。やつらは、淑女の顔をして、近づいたら理性飛んじゃうケモノだしね・・

 随分と辛辣な言葉ではあるし、自然と強調されあ語尾にヤスミンの本心が詰まっていた。しかし、それは莉緒としては納得する内容だ。実際に、アイドルたちと仕事をした中でも、とんでもないファンには遭遇したのは確かだ。


「私達は、アイドルたちの人生預かってるようなものなの。なら、ゴミやクソは綺麗に取り除かないとでしょ? まあ私は昔、そのゴミ側の害悪ヲタクだったけど」

「あ、あぁ……」

 この人は昔推しと繋がっていたことを、こうして自虐なのかなんなのか分からない形で出され、莉緒は思わず困惑する。たしかに、ヤスミンの昔の話は、アイドルには害しかない。


「あとは、善意振りかざして余計なことしかしない人とかも、制御しなきゃだし」

「そんな人いるんですか?」

「食べ物の差し入れ禁止なのに、メンバーの誕生日に手作りのウェディングケーキ持ってきたやつの話する? しかも、メンバーに着せるウェディングドレスも用意して」

「あ、それだけでお腹いっぱいです」

 また藪をつついてしまったようだ。

 ウェディングケーキに、ウェディングドレス。なかなかに見出しでインパクトある話を喰らわされ、莉緒はすでに胸焼けしてしまった。


「そういう馬鹿をきっちり締め、うちのアイドルたちと、ルール守って楽しんでくれるファン達に心地いい推し活環境を提供する。それが運営の仕事」

 ヤスミンは、莉緒に対して優しく微笑む。その魅惑的な美しさに、思わず息を呑んだ。


「ファンと馴れ合うのが仕事じゃない、寧ろ恐れられて嫌われてるくらいが丁度いい。なんかあったら、こいつ・・・が出てくるってね」

 ぐっ、と親指を自分に向けたヤスミン。馬車から差し込む月明かりも相まって、まるで美しい悪魔のよう。


「アイドルたちが安心して仕事するには、運営という強固な商品ケースが必要だからね。やれることはやるのよ、私は」

 確固たる決意の強さがその瞳に宿っていた。



 この会話の後、すぐに宿に到着した。

 ヤスミンは王太子からの使者と会話するらしく、二人は大広間で別れる。

 使用人に案内された莉緒は、自分の部屋に入り、配給された冷めたご飯に手を付けた。

 硬い黒ずんだパン、焼いた鶏肉、不思議な草が入ったじゃがいもポタージュ。

 大変美味しくはないが、食べるしかない。

 いつものアイドル街で食べる料理はヤスミン監修のため、もう少しマシな味ではあるが、現代日本のご飯に慣れた莉緒にとってはどちらも美味しくはない。

 いつかご飯の改革をしてやる。莉緒はそう思いながら、今度は軽く部屋で身体を水拭きし、眠りにつく。多分、また夜明け前に、ヤスミンに叩き起こされるだろう。


 そう、思っていた。


「すみません! 莉緒さん! 起きてください!」

 揺さぶられ起きると、そこには随分慌てた様子のサザがいた。穏やかな彼がこんなにも慌ててるなんてと、莉緒は慌てて体を起こす。

 彼の手には、見覚えのある黄色のネクタイが握られていた。それに、いつもなら夜明け前に起こされるのに、すでに窓の外は夜明け始めていた。


「え、あ、れ、ヤスミンさんは?」

 莉緒は本来起こしに来てくれる人の名前を、サザに尋ねると、サザは泣きそうな声で答える。


「そ、それが、いないんです! ヤスミンさんも、アイヴィさんやファイドさんたちも!!」

「は?」


 異常事態発生。

 莉緒の身体から体温と血の気が引いていった。

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