第12話 少女、街を移動する


 あれから二日後。アイドルたち全員を引き連れて、全員馬車に揺られながらラッティスに向かっていた。私達が住むグリーンフォールのアイドル街から、馬車で約三時間ほどらしい。明日一日宴をやるため、今日の夜リハーサルをして本番を迎えるという流れだ。

 ちなみに街の名前はヤスミンが決めたそうで、「わかりやすいでしょ」と言い切った姿に莉緒は思わず苦笑いする。


「本当に馬車なんですね……なんか、わからないですけど、改めて異世界に来た感じしてきました」

「莉緒さん、頭大丈夫?」

 馬車の中から広大な平野が広がる外を眺めつつ呟いた莉緒に、ヤスミンの反応は相変わらず冷たい。仕方ない、日本ではなかなかない外の風景にそう感じたのだから。

 今莉緒が乗る馬車には、目の前に座るヤスミンと、あの顔の上半分が黄色い花束になっているトパズの三人が乗っていた。


 そして、この空間は莉緒にとって、現実逃避したくなるほどに大変居心地の悪い空間なのだから。


「ヤスミン様、お茶をどうぞ」

「ありがとう。莉緒さんも、水分補給しなさい」

「あ、ありがとうございます……」


 トパズがヤスミンに渡したお茶が、莉緒の手元に来る。それを見たトパズは速やかにもう一杯用意し、それをヤスミンに渡した。


 先程の言葉からもわかる通り、莉緒は先程からずっとトパズから居ないものとして扱われていた。というよりも、トパズの視界にはヤスミンしか存在しておらず、ヤスミンもそれを咎めることはない。というか、多分ヤスミンにとって、それは当たり前のことなのだろう。莉緒は視線を逃がすように窓の外を見る。まだ戦争の荒廃が残る道、伸びっぱなしの草を刈る沢山の女性たちが向こうにいた。


「そうそう、莉緒さん。これ、イベント終わったら神殿行くから」

 今だぼーっとする莉緒に、今用件を思い出したようにヤスミンは声を掛けた。


「え、神殿……」

「ええ、兄に言ったら、今回無理を言ってるからと順番を繰り上げてくれるみたい。良かったわね」

 淡々と話すヤスミンに、莉緒は動きを止める。その顔は、戸惑ったように視線を宙に彷徨さまよわした。ここは異世界だ。それでも、莉緒にとって、神殿という単語はどうしても身構えてしまうものだった。この世界で生きていくには、どうしても通らなければ行けない場所でもあるのは、理解していた。でも、やはりぐずりたくなる時もある。

 莉緒は一か八か、素直に自分の気持ちを言葉にしてみた。


「神殿、行きたくないんですよね」

「どうして? この世界では必須よ?」


 ヤスミンはきょとんとした表情で首を傾げる。もう少し厳しい反応かと思ったが、想像外の反応だ。

 なにせ、基本冷たい表情をしているのに、きょとんとした顔は何だか可愛らしい表情だなと莉緒は思った。だからか、肩に入っていた変な力は抜けて、自然と言葉が出ていた。


「実は、私、とある宗教の二世なんですよね……だから、神殿とか、お寺とか入ったら、怒られるといいますか……はい」

 それは莉緒が人生で何度もしてきた説明。未だに辿々しいのは、自分自身この宗教に苦しめられて日が浅いからだろう。

まだ莉緒が小学生の頃に両親は離婚した。原因は父親の不倫というありきたりなものだ。

その後、父親に娘ともども捨てられる形でシングルマザーとなった母親は、近所のママ友の勧めのせいで新興宗教にのめり込んだ。そして、気づけば、莉緒と共に洗礼を受けてしまったのだ。


 そこから、莉緒の制限された日常が始まった。

 寺や神社、神殿、教会などに行くことは許されない。読むものも、見るものも、遊ぶものも、たくさん制限された。好きだった絵本を全て「悪いものだから」と捨てられた恐怖は、一生忘れることはできない。

 神社で友達と遊んでたことがバレた時は、母親から酷く愛の体罰をくらい、友達の家にも殴り込んだと後から聞かされた。それ以来、その友達とは疎遠になってしまったし。


 そういう経緯で、どうしても禁止されている神殿に踏み入ることが、莉緒の精神的にとても怖い。

 怯えているのを隠し無理に笑顔を作りながら話す莉緒に、ヤスミンはただ不思議そうに首を傾げた。


「……それ、一体誰が怒るのよ?」

「え?」

「だって、その宗教はこの世界にはないのよ? 怒られないでしょ」

 それはもっともな指摘だった。


「でも、やっぱり怖くて……」

「まあ、そうよね。ただ、ここの神殿とあっちの神社とは全く別物よ」

「神様はいるんですよね?」

「いるけど、どちらかというとアレは、区役所よ」

 区役所。まさかの例えに、莉緒は首を傾げる。


「区役所ですか?」

「そう、区役所とか、大使館とか、そういう異世界関連でこっち来た人とかも援助してくれる場所ね。ただまあ、この国を担当してる神様は、かなり性格悪い・・・・からそれだけは覚悟しておいてね」

 性格の悪い神様とは。莉緒は次から次へと出てくる情報に、どう反応していいか分からず硬直したままヤスミンを見つめる。ヤスミンはそんな莉緒に怪訝そうに首を傾げた。その無言の見つめ合いは、トパズがぬっと二人の間に手の平を突き出すまで続けられた。


 ーーーーーー


 夕方頃、ラッティスに無事到着をした。

 アイドル達が乗る馬車は安全面の関係で、先に宿へと向かい、莉緒とヤスミンと護衛のアリーは街のステージへと向かった。


「わあ、ステージだ!」


 目の前には大きなステージがあり、美しい装飾がされている。なによりも、ただの舞台だけではなく、花道までも用意されており、観客席の真ん中にある円形のサブステージまで伸びていた。

 なによりも、オシャレな金色と銀色の装飾がとても目立っている。

 野外ステージと聞いていた莉緒の想像としては、よくあるメインステージのみのものかと思っていたので、こんな豪華なものとは思いもしなかった。


「うちの野外ステージよ。組立て方式とデザインを統一してて、その上から被せるデザインだけ変えてるのよ。そうすることで、組立ても、撤収も、速やかに行えるようにしてるの」

「なるほど……」

「それに、サイズも揃えておけばレイディもデザインしやすいしね。彼、建築的なセンスは皆無だから」

 組み上がったステージの上を段々と歩いて確かめている人たち。今この上にいる人たちは、全員ヤスミンがこの街にお貸ししていた製作部隊の人たちらしい。


「ヤスミンさぁん! 準備オッケーでーす!」

「お! ヤスミンさん! てことは、あいつらも到着したんすかー?」

 気軽にヤスミンへと声を掛ける舞台上のお兄さんたち。ヤスミンは、親指をグッと向けて、クールに返す。その様子もいつものことなのか、「了解でーす」とお兄さんたちは笑っていた。


 莉緒はふと舞台を見ていて、あることに気づいた。


「それにしても面白い形ですね」

「何が?」

「ステージの土台にもう一段ある感じで」


 普通舞台というと、基本箱のような形になる。しかし、ヤスミンたちの組み立てた舞台は箱の上にもう一段、一回りほど小さい箱が乗っているような形になっているからだ。


「良いところに気づいたわね」

 ヤスミンは莉緒に対して、珍しくるんるんとした口調で素直に褒めた。


「え、じゃあ、なんか、理由があるんですか?」

「ふふん、それはライブを見てたらわかるから楽しみにしてなさい」

 なにかあるのだろうと聞き返すと、ヤスミンは楽しそうに笑う。莉緒は、そんな凄い理由があるのかと首を傾げた。

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