第7話 少女、傷の癒やし方を知る


 頭の中で莉緒は、何度も反芻はんすうする。

 異世界へは片道切符。片道切符。片道しかない。 片道、往路おうろがない。帰り道がない。

 段々と思考が現実逃避していく。今、莉緒の頭の中には宇宙が広がり、それを横切るように大きな銀河鉄道が走っていく。

 ただ遠くなっていく地球を思い浮かべる。地球には、ライオンソウルたちが莉緒が乗る銀河鉄道に向かって手を降っていた。


「ライオンちゃん、たちに、もう、会えないんですか……?」


 涙声でヤスミンに尋ねる。莉緒の瞳にはすでに涙が溜まっている。しかし、ヤスミンは女の涙に同情する優しい心を持ち合わせてはいない。


「そうよ、当たり前じゃない。片道切符だもの」


 莉緒の頭の中で、ライオンソウルたちがどんどんと遠ざかっていく。銀河鉄道に乗って、窓から手を伸ばしても、ライオンソウルたちには届かない。


「推しに会えないなんて、あんまりだぁあああ」


 莉緒の悲壮感ひそうかんが漂う叫びが、イングリッシュガーデンに響き渡る。止まらぬ涙は滝のように流れ、鼻からも液体が流れていた。到底、人に見せてはいけない形相になっている。

 わかりやすく号泣し、絶望している莉緒。ヤスミンはスーツの内ポケットから黄色いハンカチを出すと、それを泣いている莉緒に渡した。


「その悲しさはわかるわ。私も初めてこの世界に生まれた時、推しがいない事実はキツいわよね」

「やっじゅ、みん、じゃん……!」

「私も本来なら全国ツアー全通するために最前列チケット用意してたし、百万くらいぶっこむ予定だったのに、刺されてお陀仏だぶつだもの」

「それ、は、なんがぢがいまじゅ……けど、わだじ、ライオンぢゃんのライブ見だがっだああああ」


 ヤスミンから渡されたハンカチで、涙などの色んな体液を拭う。それでも、あまりの悲しさに留めなく流れていく。


「でも、未練はライオンソウルだけなの?」

「……はいっ、うぐっ、それ以外は……ひぐっ、特に……」


 泣きすぎて引きつる言葉。でも、莉緒にとってあの世界にある後悔は、ライオンソウルたちに生で会えなかったことしかない。

 莉緒の家は少々複雑な事情があり、彼女の居場所は家にも学校にもなかった。そんな人生に途端に差し込んだ光が、ライオンソウルであったのだ。


「ゔゔうぅぅ!」


 落ち着いていたのに、頭に流れるライオンソウルとの出会い。時間潰しに入った家電量販店で流れていた音楽番組。思い出すだけで、あの感動と今のむなしさがおそってくる。

 また突っ伏して泣く莉緒に、ヤスミンは少し考える素振りをした後、ヤスミンは立つと莉緒の背後にまわり、その丸まって震える背中を撫でた。


「悲しいのはわかるわ。推しと離れるのは辛いわよね。だから、少し心安らかになるものを一緒に見ない? ちょっとだけ、一緒に現実逃避しましょう」

「ふぇ?」


「ほら、顔を上げて」


 優しい声色のヤスミン。莉緒はそんな優しい言葉を掛けられると思わず、少し気が抜けた声を上げた。そして、その言葉に従って、ゆっくりと顔をあげる。

 そこは、先程のイングリッシュガーデンである。


「一体、何を……」


 何もない空間、何が始まるのだろうか。と思った瞬間だった。ピンクのリボンが大きなピクニック籠が現れる。本当に大きなかごには、白い布がかけられており籠の中は見れない。

 突然のことに泣くのを忘れた莉緒は、まじまじと籠を見つめた。


「莉緒ちゃん、これからのヲタク人生のために、いい事を教えてあげるわ」

「な、なんですか」


 莉緒の背中をさすっていたヤスミンは、莉緒の泣き腫らした顔を覗き込んだ。莉緒から見たヤスミンの顔は、まさに文字通り満面の笑みである。恐ろしいくらいの。何を言うのだろうかと、身構える莉緒の顔をヤスミンは撫でると、耳にそっと唇を寄せた。


「よく覚えておいて。推しで傷ついた心はね」

「えっ?」


推し・・でしか、癒せないのよ」


 ヤスミンの唇が莉緒の耳から離れていった。どういうことだろうか、言葉の意味を知るために莉緒の頭が回りかけた時だった。


「いっつぁ、しょーたぁいむ!」


 突然のヤスミンの声掛けとともに曲が流れた。

 明るく甘いソーダが弾けるような音楽。その泡が一つ一つ弾けるようなリズムに合わせて、籠から一人飛び出した。


「あっ」


 それは、さっき顔を治されたスララがピンク色のパーカーを着ている。まだ少し赤いが、化粧で綺麗に隠されており、飛び出して少し控えめな決めポーズを決めている。


「ああ! 花咲く笑顔が愛おしい〜!」


 入りから透明感ありつつ魅惑みわく的な歌声を披露するスララは、先程のオドオドとしていた雰囲気はなくなり、控えめではあるがしっかりとダンスもこなす。でも、やはり儚さが滲み出ていて可愛い。


 そして、スララが歌い終えると音が弾ける。


 次はシュレンが飛び出し、まるで特撮モノのヒーローのようにきりっとポーズをとりながら歌う。


「天使にあげたい恋心 声にだせない鬼男」


 まさかのラップを披露ひろうするシュレン。まだ歌詞は拙いがしっかりとパフォーマンスをこなしており、ダンスもかっこいい。かっこいいが、ちょっとやんちゃな笑顔が可愛い。


 そして、シュレンのパートが終わり、バンッ。

 音が弾けて、歌が始まった。籠から出てきた人は、初めて見る人だ。莉緒の目の前が急にピンク色の花が咲いた。


「ベイビー! 君に上げるよ僕のハートクォーツ」


 シュレンとスララの間、センターを堂々と決めるのは、ピンク色のふわふわ髪にピンクの丸っこい猫耳を生やした少年。すらっとしたスタイルがよく、なによりも顔は幼い顔立ちで、まるでアイドルをするために生まれてきた愛らしさが溢れている。


 歌声もダンスも上手。なによりも、キラキラな笑顔を莉緒に降り注いでくれる。


 思えば、莉緒はライオンソウルにハマったのか思い出す。そうだ、きらきらと輝いていて、画面越しの私に微笑んでくれて幸せだった。


「え、しゅき……」


 莉緒の目からは、先程の悲壮感溢れるのとは違った涙が流れる。感動の涙だ。全員、可愛い。こんな隠し玉があるなんて信じられない。まだ馴れてないのか一生懸命な部分が見え隠れしてるのも、本当に推せる。


 でも、特に、名前の知らない、自分よりも年下であろう少年に、莉緒のハートが確実に奪われた。


 莉緒に向けた一曲を最後、しっかりポーズを決めて終える。莉緒は気づけば力強く拍手しながら立ち上がる。なあのキングブレードペンライトを持ってくればよかったと後悔してはいるが、莉緒の拍手だけでも三人組は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます! みんな挨拶するよ!」

 莉緒が気になる名前の知らない子が二人に声を掛ける。二人はそれに従うように、男の子の両隣に並んだ。そして、「せーの」と声を合わせる。


「「「こんにちは! ベイビークォーツです!」」」

「ベイビークォーツ、ラップ担当してます、皆の優しい赤鬼 シュレンです!」

「ボーカル担当してます、海より大きい愛の子、スララです!」


「そして、僕がリーダーを担当してます、皆のライオンヒーローことサザです!」


 三人がそれぞれの決めポーズをとっている。とても可愛くて、既に先程までの憂鬱さが嘘のように消えていた。ライオンソウルに会えないのは確かに嫌ではあるが、それを忘れさせるくらい莉緒の心にドストライクしてしまったのだ。

 莉緒はバクバクとなる心臓抑えながら、上擦った声で「こ、こちらこそですー」と返すが、明らかにかなりぎこちない。


「どう? ベイビークォーツは、まだデビュー前なのよ。でも、今回莉緒さんには特別・・にね」

「か、かわ、かわわわ、可愛いです……!」


 莉緒の目が大きなハートになり、その目にはベイビークォーツしか映っていない。ヤスミンは狙い通りになったと、ニンマリ笑った。その時だった。ヤスミンの表情が一気に抜け落ちる。


「よかったわ。じゃあ、三人共もてなしておいて。私ちょっと席外すから」

「ひぇっ!? ちょ、まっ……」

「了解しました、プロデューサー!」


 莉緒の反応を伺うことなく去っていくヤスミン。いきなりの事で、莉緒はヤスミンに手を伸ばすが、次の瞬間には目の前から彼女が消えた。


 莉緒とベイビークォーツ。

 初対面のイケメンたちに囲まれた莉緒は、どうすればいいのかと視線をサザに向けた。すると、サザはフレンドリーな笑顔を向けながら、莉緒に近づいて来た。


「はじめまして。莉緒さんってお呼びしていいですか」

「モモモモモモモ勿論デス!!!」


 ぎこちない返しではあるが、サザは少しも動揺する事はない。


「それで、かなり突然なのですが、質問してもいいですか?」

「な、なんなりと!」


 莉緒はどんな質問が来るのか構える。突撃取材みたいなのか、突撃ライオンソウルでも突撃取材するとか言ってた気がする。趣味か、好きな色か、年齢か。ぐるぐると暴れる莉緒の脳内。

 サザは、意を決したように質問した。


「莉緒さんは、プロデューサーの事どう思ってますか?」


 それは、意外な質問だった。

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