良い知らせと悪い知らせ

第26話 代わりになりたかったかい?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 まもなく、二度目のインターフォンが鳴った。つづいて、ドアを開ける気配がある。神様さんが応対しているのだろう。

 大丈夫そうね?

 彼は私を優先している節があるから、任せておいて問題はないはずだ。私は彼を信用している。ただ、朝の電話のやりとりのことがある。ほったらかしというわけにはいかない。

 すごく怒ってる、なんて報告するからどうなるかと思ったわ……

 顔を合わせるなり怒鳴り合うような展開にはならなかったようなので、そこはひとまず安堵した。さっさと髪をすすいで風呂を出よう。

 ……っと、待てよ。着替えを用意しなかったよね?

 髪をすすぎ終えて髪を拭いているときに気づいた。浴室に入るときはすでに全裸だったので、身につけていた服すらない。このタイミングで誰かが訪ねてくるなんてことを想定していなかったのだ。

 しまったな。アニキの前にすっぽんぽんは流石にまずいし、神様さんに服を取ってきてもらうのも微妙な気が。いや、神様さんは私の衣類がどこにしまってあるのかを把握しているからその点については問題ないんだけど、その様子をアニキに見られるというか聞かれるというかそういうのが大変よろしくない。

 だとしてもなあ……

 部屋の間取りの都合上、風呂場から寝室までを身を隠して移動することは不可能なのだ。どうにかして、服を調達する必要がある。

 現状を打開する妙案は浮かばなかったが、髪を拭いて体も拭き終えてしまった。浴室に届く音声からは非常事態ということはなさそうである。慌てて出て行く必要はないとはいえ、長湯ともいかない。私はバスタオルを体に巻き付けて、そっと脱衣所に出る。脱衣所の先はダイニングキッチンになっているので、そこに二人がいるはずだ。

 ダイニングキッチンと脱衣所を隔てるドアに顔を静かに寄せる。

 聞き耳を立てると二人の会話がはっきりとした。


「――この状況を受け入れろっていうことの方が無理があるだろ」


 その言葉に続くのはアニキの深い深いため息。

 神様さんの笑う声がする。


「でもこれが現実なんだよねえ」

「その合いの手は不要だ」


 不満な気持ちを隠さない兄の声に、私は心の中で同意した。現実だと言われたところで、すんなり受け入れられる状況ではない。


「君がどんな手を使おうとも、もう後戻りはできないってことさ」


 諦めて流されろと言いたげな口調で神様さんが諭す。

 私の見えないところでアニキがなにをしているのか知らないが、アニキなりに尽力しているのはわかる。いろいろ申し訳ない。


「先延ばしにできただけ、上等だろ。オレは一般人なんだよ」

「梓くんはとても優秀な一般人だよ」


 アニキの特大のため息。お疲れのようである。


「優秀だろうと、オレはどうせ蚊帳の外だろ。どんなに努力したところで、そっち側にはいけないじゃないか」


 愚痴に対し、神様さんはふむと唸る。


「君にしては後ろ向きな言葉だねえ」

「非力な自分に打ちのめされているんだよ」


 移動する足音。カタンと何かがぶつかる音。たぶん、ダイニングテーブルか椅子に何かがぶつかったのだろう。


「ふうん。弓弦ちゃんの代わりになりたかったかい?」

「いや。代わりにはならないな。オレじゃ背負えない。だが、少しでもオレがあいつの荷物を背負えたらって、思ってはいる」


 沈黙。

 たぶん、神様さんがじっと兄の目を覗き込んでいるところなのだろう。彼はそうやって心を覗こうとする癖があるから。

 彼のそういう態度に、兄はじっと見つめ返すだろうことも想像にたやすい。兄は相手が人間であれ怪異であれ、いつだって真っ正面に立ち向かう。自分が弱いことを認めた上で、それでも今できることを全力でやることを選ぶ人なのだ。


「――ふふ。君は賢い」


 神様さんが退いたらしかった。満足げな声。お気に召したようだ。


「そっちはどうするつもりなんだ? オレを駒にするなら、そう言えよ。命は賭けられないが、協力はする」


 アニキの発言はちょっと意外だった。神様さんとの共闘を選ぶのか。

 となると、アニキもアニキでなにか情報を掴んできたのかな?

 会話の頭から聞いていたわけではないから、どんな情報を共有したのかわからない。ただ進展があったらしいことは察せられる。

 神様さんは小さく唸る。


「そうだねえ。なにやら意図せず面倒なことになってしまったようだから、一つ一つ潰させてもらうよ。そろそろ、速報が出ると思う」


 速報とは?

 アニキが探りを入れるかと思いきや、そこには触れないようだ。


「ここを出ずに手を回せるのか?」

「むしろ、ここを動かないからこそできるんだけどね。それを潰せば、移動できるようになるから、ラクになると思うよ」

「……そうか」


 兄の返事は気乗りがしない感じだった。アニキにとっては朗報ではなさそうだ。


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