第2話 状況を整理しよう
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状況を整理しよう。
大学を卒業して三年。八年も付き合っていた男と別れた。漠然とこの人と結婚するんだろうな、なんて思っていたのに、まさかの展開である。
住んでいたアパートの契約更新が迫っていたので、それとなく同棲したいなあと匂わせていたところでの二股の発覚。いや、さ。仕事で忙しくしていた私も悪かったよ。若手のリモート出社がなくなってしまった影響もあって、ここぞとばかりに入った研修や重要なポジションで納期に挑んだりで仕事漬けでしたよ。
でもさあ、向こうはその間もリモートでしょ? そんでマッチングアプリでカノジョ作って部屋にカコってんだよ。久しぶりにデートに行ったのに、ホテルに行こうって誘って来なかったから変だって思ったんだよね。旅行に誘ってもなしのつぶてでしょ。おかしいなって思ったときにはもう完全に手遅れだったってわけだ。
連勤後の仕事帰り、ちょっと顔を見たいと思って家に立ち寄ったら女が出てきてさ。姉や妹がいないのは知ってたから確定だよね。だからかあいつ、弁解もしなかった。
裏切り男には腹は立ったけど、ヨリを戻す気なんてさっぱり湧かなくて。別れたその足でやけ酒してさ。仕事漬けで疲れまくっていたからそれまで性欲は全く意識しなかったんだけど、こうなっちゃうとどうにもムラっときてさ――
――そこまではよく覚えている。
泥酔していると理解して、それでも店から最寄りの駅までは自分で歩いていって、電車に乗ってアパートのそばの駅まで帰ってきて。タクシー使いたかったのに捕まらなくて渋々歩くことにして。
いや、あの駅からこのアパートまでの道のりでこんな美形は拾わないだろ。どこをどうしたらそうなるんだ?
いやいや、落ちていて拾う機会に恵まれたとしても、ノコノコついてきたりしないだろうし、お持ち帰りしちゃっても私が目覚めるまで律儀に待ったりしないだろう。私の鞄とかその辺に転がってるし、現金を適当に拝借して部屋を出ていくのが関の山だ。
というか、彼の持ち物とか服とかどこにあるんだ?
盗み見るように床とかテーブル周りに目をやるけれど、私のスーツとか下着は散乱しているが彼の荷物らしきものはない。
まだ春を感じられるようになったばかりの三月。こんな美青年が素っ裸で徘徊していたとしたら通報案件だと思う。ひん剥かれて落ちていたのだとしても、だ。
私が警戒しているのに気づいたのだろう。彼はベッドからおりてこちらを向いた。半開きになっていたカーテンから差す陽射しがいい仕事をしている。
「忘れてしまったみたいだから、もう一回自己紹介からするね」
「まずは服を着てください」
「ああ……そうだね」
それもそうだと彼は頷くと、ポンっと両手を合わせる。すると彼の裸体にふわっと布が被さった。被さったかと思えば、それは羽織袴に変わる。
私は両目を擦った。夢か。
もう一度彼を見ると、和装の美男子がそこにいた。ふんわりとした金髪が似合わなそうなところだけども、なんかいい感じに見えるのだからイケメン補正は素晴らしいな。
「驚いてくれた?」
「そりゃあ、もう。夢かと思ったくらいには」
ほっぺたを抓(つね)ってみるがすごく痛いし、この体の倦怠感はまさにハッスルしちゃったときのアレな感じで、現実だと思える。
幸い、二日酔いにはならなかったようだ。私はお酒にめっぽう強い。
「僕を拾ってくれた時も君はそう言っていたね。君の夢では僕みたいな男の子に抱かれていたのかい?」
「いや、ないですね。彼氏がいましたし」
即答。
淫夢に縁がなかったわけではないが、なぜか相手は今や元カレとなったあの男だけだった。想像力の敗北なのかもしれない。
私の返事に、彼は目を瞬かせた。
「そうなんだ」
「別れたので今はフリーですよ」
「それはよかった。争いごとは好きじゃないんだ」
心底ありがたがっている様子で、彼はにこっと微笑んだ。
「まあ、イケメンだと、そういうの、面倒ですよね」
「いけめん? かどうかは関係ないかな。僕は僕が関係を結びたいと思った相手にしか姿を見せないし」
「……天然さんか」
「ん?」
「あ、独り言です」
関わり合ってはいけないタイプの何かを拾ってきてしまった気がする。もう一度寝直したほうがいいかもしれない。
よくよく思い返してみると、犬猫以外のおおよそ生物といえるかわからんものを連れて帰ってしまうような子どもではあった。父がそういうのに真っ先に気づいて祓ってくれたので大事に至ることはなかったのだけども。
独り暮らしをするようになってからは毎年お札を送ってもらっていたわけだが、新年に受け取ったお札を正しい位置に供えるのを怠っていたことに今更気づいた。
これは……やばいな。
今日は休暇だ。十八連勤後の久しぶりのまともな休暇。五日間は休める。
よし、実家に帰ろう。
「え、実家に帰るの?」
彼がものすごく驚いた顔をしている。君は表情が豊かだね。
「んんん?」
「ごめん、思考読んだらびっくりしちゃった」
「んんんんん?」
にこっとされたが、心中穏やかではない。自己紹介が途中のように思うが、一体何者なんだろう。
「僕は神様なんだ。信仰が途絶えちゃって力は弱体化しているけど、君のお陰でこうして姿も取り戻せた。君の好みに合わせて顕現しているんだけどどうかな」
そう告げて、その場でくるりとまわって見せてくれた。
が、私の好みだろうとそうでなかろうと関係はない。私は片手を小さくあげて拒否のジェスチャーをした。
「神様? 宗教の勧誘はお断りしてます。ウチ、割とアレな家なんで近づかないほうがいいですよ?」
「ふふ。昨夜と同じ反応だ」
妖艶な笑み。それが私に迫ってくる。私の顔を覗くようにして彼は言葉を続けた。
「むしろ僕を連れて実家に帰ったら、喜んでくれると思うけど」
どんな自信だ。
私は頭を抱えた。
「二日酔いの頭痛かい? 水を運ぶね」
違う、そうじゃないと止めるまでもなく、神様だと名乗った彼は水を取りに台所に向かってしまった。
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