7:成人になったばかりのガイドはこんなにいい香りがする(3)

 スーシャオヤーは、小動物が四本足ですたすた地面を走る音が聞こえた気がした。

 彼は立ち止まって辺りを見回した。

「どうしたの?」周りの同級生が不思議に思い、寄ってきて聞いた。

「聞こえていないか?」蘇小雅が迷って自分の左耳を触った。小さく生き生きとした足音は、何かの小動物からのはずだ。直感でネズミだと思った。

 しかし、これはおかしいことだ。今、中央警察局のある部署の部屋にいる。目の前に案内している人は仕事の内容を簡単に説明し、周りの同級生にはぼんやりしている人もいれば、メモを取っている人もいる。そして目を光って背の高いハンサムなセンチネル案内者を見つめている人もいる。まるで今すぐでも機会を掴んで、何かを声かけようとしている。

 人が行き交う場所にネズミという生き物が現れることはまずないだろうが、たとえ現れたとしても、案内者のほかに、オフィスにいる二人のセンチネルも蘇小雅より足音を早く聞こえるはずだ。

 しかし、数人のセンチネルは何も聞こえていないのまま、依然として自分の仕事に専念している。

 どういうこと?蘇小雅は眉をひそめて、床のあちこちをもう一度確認した。

「何かでも落としたか?」彼の行動にあるセンチネルが気づいた。仕事を中止して、慎重であまり近づかないように、友好で小さい声で尋ねた。

 センチネルはいつも若いガイドに慎重な態度で取り扱っている。壊れやすいものを取り扱っているように、うっかりして怖がらせてしまうのではないかと恐れている。

 蘇小雅は質問をしたセンチネルに数秒間見つめていて、表情を変えずにその小さな足音を本当に聞き取れていないかを確認した。

 どころで、近くにいる同級生は、彼の沈黙で雰囲気が気まずくなるのを恐れているようで、「いいえ、彼は何かを聞いたようで、それを探しているようです」と急いで答えた。

「何かを聞いた?」センチネルはその言葉を繰り返し、困惑した表情をしているが、そんなことがあるかという賛同しない部分も含まれているようだった。

 センチネルの耳にでもその小さなネズミの足音を聞こえていなかったようだ。

「いいえ、多分緊張過ぎて幻聴が聞こえたでしょう」適切な言い訳になるかどうかを別として、蘇小雅はばれてもその場をごまかしたいと思っていた。今日はただ見学のため中央警察局にやってきたので、別にここで就職つもりはなかった。

 ということで、センチネルの前に、特にいいイメージを維持する必要はないだろう。

 むしろ、自分の耳にしか聞こえていない足音の方が気がかりだ……その音はいったいどこからだろうか?どんな動物から発した音か?聞き間違えていなければ、そのネズミは自分の位置に近づけてきている。

 そのセンチネルは傲慢な人ではないし、若い子に対してセンチネルは基本的にやさしく取り扱う慣習もある。その故、若いガイドがごまかしているのを知っていても、進んで話をしてくれなければ、大したことではないだろう。

 ということで、センチネルは肩をすくめて、仕事に戻った。

「なんでそうしたの?」同級生の人が責める気持ちを含めて声を小さくして聞いた。

 答えるか、その同級生を見る気さえなかった。その奴は先ほど自分の代わりに人の質問に答えていた。それは非常に礼儀を欠けることだとは思っていないか。

 無視されていることに気づいて、その同級生はさらに不機嫌になった。口を尖らして二歩を離れ、他の同級生に蘇小雅の傲慢さと偏屈な性格について愚痴をこぼした。

 タタタタ……。

 その足音がようやく彼らがいる部屋の外までやってきた。そしてぽっちゃりして、湯たんぽのような形のものが扉の隙間を無理矢理に通した音が立った。

 音を聞くだけでそのものを両手でもみたくなる……この思いが自然に蘇小雅の頭に浮き上がった。

 今度、音が立っている扉の方向に視線を精確に向けた。このオフィスの机と椅子はそれほど混んでいないので、今立っている場所から、そのターゲットの所在位置を遮りなく確認できた。

 色が濃い扉の下には広くない隙間がある。最初にはっきり見えない二つの小さな爪がその隙間から出て、きつそうで左右に揺れて入ろうとして、二つの米粒のように見えた。

 次に、ネズミのような鼻が隙間から出て、ピンクの鼻先が何か特定した匂いを探すようにかいて、数秒間立ってからその匂いをかく行為がやめられて、代わりに扉の向こう側に入ろうとして絶えずに体を動かした。

 全体の過程にはどれぐらい時間がかかったか蘇小雅がちっともきにせず、彼の注意力が全部その小さな、ハムスターのような動物に引かれた。

 最初に小さな頭が扉の隙間から押し出され、次に丸々して肥え太る体がくねくねさせて出てこようとされた。その途中に、時折動きを止めて息をして休んでから後ろ足で努力を重ねた。最後に、ようやく扉の隙間から出て、そして何回も床で転びをしてから、そのハムスターが気絶したように動かなくなった。

 自分の口元には微かの微笑が浮かび上がったのを気づかず、蘇小雅は興味津々にそのハムスターを見つめていた。見間違いがなければ、この俗称ゴールデンハムスターという小動物はシリアンハムスターであるはず。

 この体がふくよかな小動物は床にぐでーんとして、小さな鼻だけが蘇小雅の方向に向けてかいていた。そのターゲットが誰かは言うまでもない。

 このハムスターはよく頑張って扉の隙間を通った。ハムスターに見えても、その体形は普通のゴールデンハムスターの二倍以上も大きく、ハムスター界のジャイアントと言えるだろう。このハムスターは明らかにリアル世界のものではなく、誰かのスピリットアニマルなのだ。

 蘇小雅は耐えなく、こんなかわいいスピリットアニマルの持ち主はどんな人だろうかを知りたくなった。自分のスピリットアニマルももぞもぞ動きだそうとして、制御不能に出てきそうになっていることに気づいた。注意をそらすため、蘇小雅は無理矢理案内者の説明に集中しようとした。

 しかし、話が少しだけ聞くと、やっぱり全然専念できないことに気づいた。目をそのハムスターから逸らしても、耳の方はやっぱりその動きの音を聞けた。小動物はもちの形から元の形に戻り、シルクのような毛を振って、足を軽くして自分の方向に近づけてきたのが聞こえた。

 今度は先ほどのように走るのではなく、散策するようにのんびりしていた。

 おかしい。中央警察局に来るのは初めてで、ここに知り合いは一人もいない……。いいえ、一人はいる。だがその人はガイドで、彼のスピリットアニマルはコウライウグイスだ。このハムスターはどこからやってきたのか?どうして自分を狙ってきたのか分からない。

 そして、自分しか見えない理由は何だろうか?

 分からない。考えて理解しようとしても、そんな機会がない。センチネルかガイドか、年が上か下か、経験が豊かか浅いか、これらのこととは関係せずに、本能というのはもともと制御の難しいものだ。

 子供の頃から、蘇小雅は自分の制御能力を自慢してきた。小さいころ、学校の先生は彼が特殊障害児ではないかと心配して、憂いのあまりに医者に見てもらったほうがいいようと親に提案した。

 けれども事実を見れば、彼は心理面が非常に健全で、生理面も大体健康である人だと証明できた。すべては単なる性格の関係だった。

 だから、自分のスピリットアニマルがいきなり飛び出した瞬間、蘇小雅は予想できなかった。目の前にそのオッドアイで優雅なロシアンブルーが青いベルベットの稲妻のように、スッとゴールデンハムスターの前に飛び込んだ瞬間、蘇小雅が息を呑んでいる間に、ハムスターの腰をめがけてパクっと噛んだ。

 しまった!

 ゴールデンハムスターが「キー!」と鳴いて、体の前半が完全に猫の口中に入ってしまい、下半身のぽっちゃりとしたお尻が力強くくねくねしていた。猫が口に咥えられないほど激しくもがく後ろ足二本が乱暴に蹴り、猫の怒りも高まっているようで、かがんで前足でそれを抑えた。

 早くやめなさい!

 全然影響されていないように冷静な表情をしていた蘇小雅は、実際に、心の中に暴風が吹いているような感じがした。髪を引っ張って、ヒステリーを起こそうになっていた。

 自分のスピリットアニマルはどうして暴走してしまったのか全然理解できない。現在、自分のスピリットアニマルが話も聞いてくれないし、口を緩めようもしない状態にあり、そしてそのハムスターをお腹に飲み込まないと気が済まない勢いを見せている。

 もっと怪しいことは、アニマルプラネットの番組にある人を興奮させるシーンが目の前にやっているのに、蘇小雅の目以外、他のセンチネルもガイドも見えないようだった。仕事をしている二人のセンチネルは何かがおかしいことが起きているのに気づいた。書類を見ていた視線を上げ、少し不安な表情で見回って、テンションが上がって警戒していた。

「どうしたのかな?」その場にいる若いガイドもセンチネルの緊張感を察知し、顔にも不安感を示すようになり、情報交換するに耳打ちしていた。

 蘇小雅は依然として、他の人と違う環境に置かれていた。すべて知っているのに、その状況をどうやって説明していいか分からなかった。

 最初に誰かのスピリットアニマルが自分を尾行してきた。それに次いでそのスピリットアニマルが自分のスピリットアニマルに噛まれた。双方が現在、激しく戦っている最中だ……いやいや、ハムスターはもともとこれほど強い物種なのだろうか?自分のスピリットアニマルが物種の優位性を生かして相手を圧倒できないうえ、口の中まで噛まれてケガになった。シールドを速やかに張っておかなければ、今は多分ロシアンブルーと共に、その痛みを感じているだろう。

「蘇小雅、どう思う?」先ほどほかの同級生に自分のことの愚痴こぼしをしていたそのガイドはまた寄ってきて、蘇小雅の袖を引いて伺った。

「何も感じ取っていない」と普段通りの表情で答えた。

 その同級生は信頼していない視線を投げた。蘇小雅は何も感覚がない、目の前に何も起きていないふりをしていた。例えばある椅子が自分のスピリットアニマルに蹴られて揺れていたとしても、何も見ていないふりをしていた。

 案内者は何かの異変を察して、滔々と述べていた話を中止して寄ってきた。オフィスにいるセンチネルと若いガイドは目に見えなくても、同じ考えをして共に同じ場所をじっと見ていた。

 この状況を怪しいかおかしいか、どっちにすればいいだろう。広くない静かなオフィスの中に、数人が何もない囲まれた丸い空間を見っている。その場の雰囲気はいっぱいに張り詰めた弓のように緊張し、全員が無意識に呼吸を浅くした。

「誰かのスピリットアニマルが飛び出て悪戯しているのか?」案内者はようやく口を開けて、隣のセンチネルに向けて聞いた。

「悪戯ではない。二つのスピリットアニマルが戦っていると思う……」あるセンチネルが額の汗を拭いてイライラして不安に言った。「誰のスピリットアニマルだろうか。圧迫感が強いなぁ?なんでしっかり監督していないか?人を傷つけたらどうするか!」

「経験豊かなガイドを呼んできて見てもらおうか?」もう一人のセンチネルが言った。

 スピリットアニマルをわざと人に見せなく、隠そうとした人がいれば、特に能力が優れるガイドでなければ、そのスピリットアニマルを見ることはできない。しかし、他の人にとって、目には見えないが、スピリットアニマルが作り出した威圧感と抑圧感を完全に感じ取ることができる。そして、彼らもいま戦っている二つのスピリットアニマルのランクが自分のより高い、自分のスピリットアニマルを戦局に加わるのを躊躇している。

「誰かが野生化してしまったかな?」ちょうどこのとき、ある若いガイドがおずおずと手をあげて質問した。センチネルとは違い、ガイドも雰囲気の違いを感じとることはできるけど、精神力が強いから、シールドを立たせれば、深刻な影響を受けない。だから推測をする余裕ができている。

「それはあり得ない。ここは中央警察局だ。もし野生化してしまった人いれば、アラームが鳴る」と案内者がすぐにその推論を否定した。彼は他の二人のセンチネルに向けて相談を乗ってもらった。「あなたのチームリーダーは確かにガイドですよね。彼に解決に来てもらいましょうか?」

「今ちょうど外出中ですが……」一人のセンチネルが舌を強く打って、もう一度額の汗をかいた。「特捜班が近くいます。そちらに留守番をしているガイドがいるかどうかを聞いてみましょうか?その班のガイドは皆とても優秀です」

 蘇小雅は静かにセンチネルたちの解決方法に関する会話を聞きながら、同級生たちの推論も聞いていた。それと同時に、目が戦っている二つのスピリットアニマルからあえて離れようとしなかった。

 今、ロシアンブルーは体形の優位性に頼って、口にはゴールデンハムスターのたくましい後ろ脚を噛みついて、自分の体でハムスターの前半身を完全に押している。しかし、この状況はゴールデンハムスターの負けを意味していない。一本の足だけでも自由に動かせれば、ハムスターは依然として虎の如くまわりの人を圧倒するようなパワフルさを見せ、猫の鼻と目の間にある弱点を何度も直接に当たりそうに蹴っている。

 ファンタジーだとこれ以上適切な言葉を蘇小雅が思いつくことができない。

 混乱している最中、センチネルが特捜班に助けを求めようとするとき、オフィスの扉が蹴飛ばされ、カジュアルなスーツを着た背の高いほっそりした姿がドアにもたれかかり、中にいる全員をびっくりさせた。

「馮艾保?」最初に気づいたのは案内者だった。彼は驚いた表情をしていた。「どうしてここに来ました?」

 この馮艾保という背の高い男は、体の左側をドア枠に寄りかかって、片手をこめかみに押し、もう片方の手を胸に当ていた。スーツのズボンをはいた足が長くて、心をざわざわと感じさせた。のんびりで自然体であるその立ち姿には言葉に言えない魅力があり、数人の若いガイドの顔が静かに赤くなった――もちろん、蘇小雅はその中にはいなかった。今でもほとんどの注意力を自分のスピリットアニマルとそのハムスターに注いでいるから。

 馮艾保はそれらのセンチネルの疑問をすぐに答えなかった。底が見えない黒い瞳がゆっくり全員を眺めてから、最後に蘇小雅の顔にとどまった。

 その少年……いいえ、成年になったので、青年を言うべきだ。顔が小さく、肌がやや青白くて、蛍光灯に照らされた薄い肌の下には青い血管が這うのを微かに見えている。他の人が不安やパニックな状態にあるのと違い、彼は氷から作られた彫像のように、表情がなかった。皆が囲んでできている丸いスペースの真ん中をじっと見ている視線からわずかの迷いと慌ただしさが覗かせられただけ。

「私のスピリットアニマルが飛び出て悪戯しているようだ。連れ戻しに来ています」馮艾保が微笑みを浮かべて優しい口調で言った。それは誰を相手に話しているのか分からない。

「あなたのスピリットアニマルですか?」その場にいる三人のセンチネルが不思議な顔で尋ねた。

「ええ、何か問題ありますか?」馮艾保は笑顔のまま、それらのセンチネルが自分に対する質問にどこかが礼儀を欠けていると思わないように。

 彼が関心を寄せているのはその若いガイドだ。それに、自分はまた……勃起しているかもしれないということ?

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