3-4 「本当に霜二月様ご本人でしょうか?」

 夕食後、冀楓晩はバスルームに入って冷水シャワーを浴びた。そして書斎で原稿を書き上げ、小未が夜食を作る前に電気を消して就寝した。

 翌日の夜明け、彼は裏のベランダに干した服を回収し、洗濯した服を小未にかけた──アンドロイドは電源オフで充電中のため、キッチンに行って自分でパンとコーヒーを用意した。

 この行動により、小未は電源オンしてから五分間落ち込んでいた──彼は、冀楓晩のために朝食を作る機会を一回失ったが、作家が作ったスペシャル蜂蜜増量のフレンチトーストの香りですぐ立ち上がり、嬉しそうにテーブルに座った。

 二人は朝食後にすぐ外出せず、昼食後に出発した。その理由は非常に単純で、冀楓晩が行くアパレルショップは十一時から営業なのだ。

 正確に言うと、冀楓晩が行くのはアパレルショップではなく、デパート群だった。

 冀楓晩が住んでいるアパートから車で約四十分の区画整理地には、異なるグループが運営する九つのデパートが林立している。各デパートは歩道橋で繋がっており、買い物に便利なだけではなく、有名なブランドはほとんど揃っている。

 そのため冀楓晩は近所のアパレルショップに行くのをやめた。小未はどのスタイルの服が好きなのか把握できず、ゆっくりと店を一軒一軒見て回るよりも、五、六軒のテナントを同時に見ることができるデパートに行ったほうがいいと思った。

 もちろん、この行動は冀楓晩の財布から出血させるに違いない──テナント店の服は個人経営の店よりも一ランク以上高価なのだ。しかし、アンドロイドは体型の変化がなく、気候によって服の増減する必要もないと考えると、服に対する需要は人間よりはるかに低い。耐久性のない安価な服よりも、質や作りがよく耐久性のある服を買ったほうがはるかに費用対効果は高い。

「僕は服に詳しくない」

 冀楓晩はデパートのドアを押し開け、まっすぐにエレベーターへ乗り込み、カジュアルウェアのフロアのボタンを押して言った。「だから君をそのフロアに連れて行くだけ、どの店に入るか、どの服を選ぶか全部自分で決めて、でも買いすぎないように、四、五着で十分だ」

「楓晩さんはどんな服が好きですか?」と小未は尋ねた。

「フィット感があって汚れにくくて、外出時にも見立たないやつでいい」

「インタビューを受けたのと同じようなものですか?」

「インタビューの時……あれは出版社とテレビ局が用意してくれたので、僕にとっては複雑すぎた」

 エレベーターのドアが開いた時、冀楓晩は外へ出て、ポケットに手を入れてアンドロイドを連れてフロア一周した。相手がどのテナントも入る要求はしないのを見て、何も考えずにエスカレーターを乗って上のフロアに上がった。

 しかし、フロアを変えても、小未は各テナントに興味があったがそれだけだった。仕方なく冀楓晩は上に行くことしかできず、そしてハイブランドが林立している最上階にたどり着いた。

 小未はそのフロアに踏み入れるとすぐに目が輝き、冀楓晩の手を掴んで右前方へ急いで走りかけた。

「走らないでよ!入店人数制限がないし……」

 冀楓晩の声がどんどん弱まり、第一の理由は、小未のターゲットがデパートで最も有名で高価なヨッロッパのハイブランドの旗艦店であることに気付き、第二の理由は、そのブランドがクールで洗練されたスタイルであることだからだ。

 ──小未はこのスタイルに似合わないだろう!

 ──僕のクレジットカードの限度額は足りるのか?

 冀楓晩の理性と感性は同時に問いを発したが、彼が答えを生み出す前に、小未はすでに彼の手を離し、飛んでいる矢のように服の陳列棚へ向かって急いで行った。

 同時に、一名の女性店員が冀楓晩に笑顔で近づき、「いらっしゃいませ、何かをお探しですか?」と尋ねた。

「いいえ、ちょっと見てるだけ……」

「これ、これあとこれ、少し長くて身幅細くて、それとも少し大きいのがありますか?」

 小未は手にトレンチコート、タートルネックとコットンパンツを持ち、冀楓晩の話を打ち切った。

 女性店員は二秒ほど呆然した後に頷き、振り返って小未が要求した衣類を探した。

 冀楓晩が小未に何をしているのかを尋ねるチャンスがある前に、アンドロイドは再び驚くべき行動力を発揮し、斜め前のハンガーラックに駆け寄ってあれこれ見ていた。

 しばらくして、女性店員は小未が指定した服を持ってきてくれて、そして小未はどう見て自分のスタイルに似合わない服をいっぱい持ってきた。

「まずこれで……」

 小未は腕の中にある分厚いシャツ、Vネックシャツ、ニット、スーツズボン、ジャージパンツ、クロップドパンツ、ダブルブレストとシングルブレストなどたくさんの衣類をじっと見てから、頭を上げて笑顔で言った。「楓晩さん、試着室で試着しましょう!」

「いいよ……」

 冀楓晩は何かがおかしいと微かに感じていた。次の瞬間、彼の直感が現実になってしまった──小未は彼を試着室に押し込み、かがんで抱っこしていた服を下ろし、ドアを閉めた。

 冀楓晩は紺色のドアをじっと見つめ、数秒間沈黙した後にドアを開けて、そして唖然として「小未、今日は僕のではなく、君の服を買いに来たんだよ!」と言った。

「でも、楓晩さんがこれらを着るのを見たいです」小未は試着室の隅にある服の山を指差した。

「僕の服が足りてる……」

「見たいです」

 小未が繰り返した。淡い色の瞳は星のように輝き、望みや願いが刻まれていた。

 冀楓晩はドアノブを強く握りしめ、心の葛藤を抑えた後、肩を下げて言った。「これだけ試すけど、今回だけだからね」

「はい!」小未は力強く頷き、期待に満ちた表情で試着室前のオットマンに座った。

 冀楓晩は唇を真一文字に引き結び、諦めてドアを閉めて服を脱いだ。

 しかし、冀楓晩は順列と組み合わせのパワーを過小評価していたことは時間が経つにつれて証明された。

 小未は十四枚のトップス、パンツ、ジャケットとアクセサリーを持って来て、これらの衣類を組み合わせば六十種類以上のコーディネートをすることができる。それのおかげで、冀楓晩は次の一時間はずっと服を脱ぎ、着替え、ドアを開け、一周回り、試着室に戻ることという五つの行動を繰り返した。

 ついに、試着活動が六十二分も続いたとき、冀楓晩は耐えられなくなって来た。

「これでおしまい!」

 冀楓晩は再び試着室のドアを力強く開け、オットマンに座っている小未と、いつ三人になったかわからない男女店員に厳しく言った。「これが最後!これが着替え終わったら君の服を買いに行こう」

「でも、このシャツとトレンチコートを合わせて着る姿が見たいです……」

「三十三歳おっさんのファッションショーって何が面白いの!」

 冀楓晩は小未のお願いを断り、落ち着きなく額を支え、「僕は君のような美少年じゃないから、いい加減しろ!」と言った。

「楓晩さんは無愛想美人です」

「何か美人だよ、微人なら認めるけど。もう十分見たよね?着替えるわ」

 小未は答えず、彼は頬を膨らませ、二、三歩で冀楓晩に近づき、彼を遠くない全身鏡の前に連れて行き、鏡を指差して強調した。「楓晩さんはかっこいいです!」

 冀楓晩は鏡に向かい、鏡の中に立っているのは、身長百八十センチほどの短髪の男性で、白いスプラッシュプリントシャツと黒いストレートパンツを着ている。太ぶちメガネをかけており、レンズの後ろには、微かに上がっている感情のこもった微笑をたたえた桃花眼であるが、ナイフのようなまっすぐの鼻梁や薄い唇に合わせると、この人は禁欲的で魅惑的な雰囲気を醸し出している。

 率直に言うと、この人の見た目は平均よりちょっと上だが……

「あなたは本当にかっこいい人を見たことがないだけだ」

 冀楓晩は拳を握りしめ、小未の額を軽く叩き、振り向いて試着室に向かって言った。「アイドルは言うまでもなく、僕は家族で一番ブサイクな人だけど、君の目は修理が必要だな!」

「私の目はとても正常です!」

 小未は冀楓晩を引き止めて店員たちに尋ねた。「あなたたちも楓晩さんがかっこいいと思ってますよね?」

「おい、そんな恥ずかしいことを店員に聞かなっ……」

「とてもかっこいいです」

 最初に二人を出迎えた女性店員は思わず回答した。冀楓晩が唖然としてこちらを見たことに気付き、慌てて説明した。「お客様はスタイルがとても良くて、顔も整っていて立派に見えますので、霜二月様を思い出させました」

 冀楓晩の肩は一瞬震え、彼の目つきは驚きから驚愕に変わった。

 女性店員は、冀楓晩の表情変化を誤解し、背中を強張らせて言葉を追加した。「もちろん、お客様のほうがかっこいいです。少し憂鬱な雰囲気があってそんなに子供っぽく見えません」

 ──だからファンデーションを厚塗りしすぎたって言ったじゃん。

 冀楓晩の頭の中でテレビ局のメイクさんに対する愚痴を思い付き、話題を変えようとした時、小未は店員の肩に手を置いた。

「あなたは見る目がありますね!」

 小未の目はキラキラして、誇らしげに冀楓晩を指差して言った。「楓晩さんは霜二月様ご本人ですよ」

「小未!」

 冀楓晩が口を開くとすぐに後悔した。彼の声が大きすぎて、店内のすべての男性や女性に驚かせただけでなく、店を通りかかった通行人でさえ立ち止まった。この反応はどう見ても認めたという意味だった。

 案の定、短い沈黙の後、もう一人の女性店員がおずおずと前に出て、「本当に霜二月様ご本人でしょうか?」と聞いた。

 冀楓晩は口を開いたが声を出ず、こうやって十秒以上に固まり、彼は目をそらして、「騒がないでください」と囁いた。

 最初、店内で感嘆の声が上がり、そして他の人に静かにするように「シー」の音が聞こえた。最初に話した女性店員と他二名の男性店員が突然立ち上がって店内に駆け込み、それぞれスーツジャケット、マフラー、ベルトとサングラス一枚ずつ持ってきた。

「霜二月様、厚かましいお願いですが……」最初に話した女性店員はシルバーチェーンのついたスーツジャケットを手に持った。

「こちらのマフラーをお試しいただけますか?」男性店員一号は、手に持っていた黒い縞模様のグレーのマフラーをあげた。

「それと、こちらのベルトとサングラスもお願いします!」男性店員二号は、細縁のサングラスと革彫りのベルトを持っていた。

 冀楓晩の口角がひきつり、彼は本当に頭を振って「いいえ」、「無理」、「いや」と言いたかったが、期待、敬慕と熱望が混ざった十数人の視線はあまりにも熱いため、彼は一分間もがいた後にかすれた声で言った。「これだけなら、あと撮影をやめてアップロードしないことを約束して」

「問題ありません!」

「くそ──私も取りに行けばよかった!」

「いい加減してよ、まだ勤務時間だぞ、サインをお願いするだけでいいよ」

「あ、そうだね!サインをお願いしよう!」

 冀楓晩は小未、店員と顧客たちが興奮したり残念がったりしているのを黙って聞くと、半分無力で半分逃げで試着室に戻り、隅に置いた丸い腰掛けに腰を下ろし、深くため息をついた。

 彼のファンはどれもおかしい。

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