1-2 それから、彼の夢に残っていたのは、延々と燃え続ける炎上しているマンションだった。

 冀家のチャイムが再び鳴ったのは、一週間後の午後だった。冀楓晩はタバコを消し、ノートパソコンを置いてモニター越しに一名の配達員と二つ大きすぎて画面に収まらない合金製箱を見て、眉を顰めてインターホンを押した。「何も注文していませんが」

「代引きではありませんのでご安心ください」

 配達員は右手を挙げ、有名なケーキ屋のロゴが印刷されている紙袋をカメラに見せながら言った。

「早く受け取っていただけないでしょうか?冷蔵物なので」

 しばらく躊躇った後、冀楓晩はドアのロックを解除し、配達員のタプレットに素早くサインした。相手から紙袋を受け取ったところ、眼の端で合金製箱が前方に移動するのを捉え、肩が震えて反射動作のように引っ込んだ。

「あの箱の下はゴムクローラーが付いているので、自力で前後移動できますよ」

 配達員は通路を合金製箱に譲りながら説明した。「全ての大型荷物が自力で歩けるようになってくれたらありがたいですね」

「こいつは自分で移動する以外に他にできる事がありますか?」冀楓晩は表情が硬そうに合金製箱をじっと見つめていた。

「坂や階段も登れますし、トラックから降りて自分で道を横断することもできますよ」

 配達員が回答する時合金製箱は奇妙な角度で上向きに傾き、玄関とリビングの間の階段を楽そうに登り、白いタイルの床に黒い跡を四つ残した。

「……」

「……」

「サインありがとうございました。配達待ちの荷物がありますので、お先です」配達員は手を振ってすぐに逃げた。

 冀楓晩は玄関からリビングまで昨日彼が頑張って掃除した成果を真っ直ぐに切り取った灰色の跡を睨み、内扉と外扉を閉めてから紙袋のままで冷蔵庫に詰め込み、最後バスルームに急いで雑巾、ブラシ、バケツと洗剤を取り出した。

 灰色の跡を完全に取り除き、合金製箱のゴムクローラーや外側の砂を払うのに十分以上かかった。綺麗で明るい床に座って汗を拭き、顔を上げると箱の上に銀白色の半仮面のイラストが見えた。

 それが安科グループのロゴであり、該当グループの最も有名な製品はアンドロイドだ。

 ──コンパニオンアンドロイドでも買って家に置こうか?

 一週間前の林有思の提案が冀楓晩の脳内に浮かべ出した。彼は目を丸くして立ち上がり、箱を二周回してもメッセージまたはカードを見つからず、冷蔵庫に駆け寄って紙袋を取り出し、しばらく探した後ようやくカードを見つけた。開くと見慣れたて手書きの文字があった。

「『クソ冀大先生様へ、誕生日おめでとう、誕生日プレゼントを手に入れるまでに生きてほしい。PS.神様のために、社会的動物がするような事をチャレンジしてみて。林有思より』」

 冀楓晩はカードのメッセージを読み上げ、俯いて袋の中の六インチのフルーツケーキを見て、そして頭を上げて十ヶ月の給料かからないと絶対手に入らないハイテク製品を見て、喜ぶべきなのか親友が宇宙人に代わられる事を疑うべきなのかわからなかった。

「僕のことを心配でこんなに大金を使ってアンドロイドを買ってくれるなんて……やばいな……今後原稿が間に合わないと申し訳ない気持ちになるじゃん……」

 冀楓晩は独り言を呟き、ケーキを取り出して冷蔵庫に入れ、合金製箱を確認した。

 高さ約二尺、幅約一尺の合金製の箱には、安科グループのロゴ以外に、デコボコ、隙間またはボタンが一切見えない。冀楓晩は数秒躊躇った後、手を伸ばして箱に触れた。手で箱に触れた瞬間、耳元にビーという音がした。

 二つ合金の箱の上部が先に開かれ、外箱が次々と折り畳まれ、積み木のように重なっていた金属部品と半身大の透明な正方形の箱が現れた。

 四角い箱の内側にはコットンのように柔らかい衝撃緩衝材を覆いでおり、真ん中には膝を抱えて座っている少年のようなアンドロイドがいる。色白でスレンダーな体型、薄茶色の髪は子猫のように柔らかく、めでたきまでに玲瓏とした顔は手のひらサイズでまるで陳列ケースに入っているアンティーク人形のように精巧で繊細だった。

 冀楓晩は身動きせずに少年を見つめていた。しかしその理由は、相手の顔に魅了されたのではなく、目の前のアンドロイドは服以外に、二週間前に雑誌で見た安科グループの筆頭株主である安卓未と全く同じだったからです

「有思はあまりにも……安卓未みたいなアンドロイドが欲しいと適当に言ったのに、まさかここまで似てるとは……いや、似てるじゃなくて全く同じだ」

 冀楓晩は透明な四角い箱に近づき、雑誌写真とほぼ変わらないアンドロイドに驚いたところ、膝が当たった。

「うわ!何これ?」

 冀楓晩は頭を下げると、足元に犯人を見た──本と同じサイズの電子書籍リーダーだった。彼は膝を撫でながら持ち上げた。

「箱から飛び出したか?力が強すぎ……電源が入った!保護ケースのおかげかな……あ、取扱説明書だ」

 冀楓晩は画面をスワイプし、ざっくりと取扱説明書に目を通した。

 取扱説明書最初の三ページは合金製箱の内容物の紹介だった。少年型アンドロイド、お座り式充電スタンド、工具箱、固定式や移動式の7GポケットWIFI、次の三十五ページは組立説明だった。

「……時間がかかりそうだな」

 冀楓晩は呟きながらリビングの掃き出し窓の外の夕日を見上げ、肩を動かし、夕食までに組立作業を完了させると決めた。


※※※※


 実際、冀楓晩は自分の筋持久力を過大評価し、取扱説明書の言葉遣いの難しさを過小評価していたという事実を証明されていた。

 運動習慣のない作家として、彼の日常活動はベッドから椅子まで歩くだけだった。冀楓晩はパーツを取り外して分類するだけで疲れ果てていた。工具箱に自動ドライバーがなければ、彼は手の痙攣の単日最高記録を挑戦できるはずだ。

 冀楓晩に「一字一句理解できるが、まとめたら理解できない」ということを深く体験させた取扱説明書は、三十五ページに大量の固有名詞、業界用語と組立に全く役に立たない運行原理が書かれており、著者が一生をかけて知識の研鑽に費やしたが人間の話し方を学ぶことを忘れてしまったようだった。

 このおかげで、冀楓晩は夜食の時間を過ぎてからやっとポケットWIFIやリクライニングチェアの充電スタンドを完成した。痙攣直前の手でアンドロイドを乗せ、疲れ果てていた彼は食欲がなく、シャワーを浴びてからベッドに身を投げた。

 さらに残念なことに、ほとんどの人は疲れた場合、夜明けまで夢を見ないが、冀楓晩は逆だった。彼は疲れれば疲れるほど多く夢を見る、しかも悪夢ばかりだった。

「……またこれか」

 冀楓晩は低い声で呟いた。彼は真っ黒の道に立ち、空には星や月はなく、左も右も街灯は灯っていなかったが手を伸ばすと五本の指が見え、見上げると遠くに建物の影が重なっているのもぼんやりとわかっていた。

 しばらくして、遠くのマンションが炎上し、消防車の群れが遠くから近くまでサイレン音を鳴らし、暗い夜を静寂から喧騒に変えた。

 冀楓晩はサイレン音を辿った。彼はその場に留まったり、音の反対方向へ走ったりすることを試してみたが、結果は同じで、サイレン音は遠く消えず、燃えているマンションはいつも彼の前に来る。

 それで彼は自ら向かった。消防車、消防士、パジャマと下着を着た人々を通り過ぎて燃えているマンションに向かい、見えない壁に遮られるまでだった。

 火の炎が横をすれすれに舞い上がっていたが、冀楓晩は氷室にいるように寒くて、熱を全く感じられなかった。それは彼が夢の中にいたからではなく、現実だったからだ。──現実で彼を迎えたのは炭黒で冷たくてドアや窓がボロボロで消防用水しか流れていないマンションだった。

 それから、彼の夢に残っていたのは、延々と燃え続ける炎上しているマンションだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る