Ch.25 初恋

「向兄、僕たちは今何をすればいいの?」曹永賀は心配していた。「それともいっそ村長の事務所に自首しに行こうか?前と同じ様に難破してここにきたって言おう」

「でも、阿月おばさんたちにとって、俺たちは突然彼女の家に現れた見知らぬ人だから、説得力がなさすぎる」向経年は首を横に振った。「それに、難破したって言うなら……十数日前に来たんだけど、俺の船はまだ元の場所にあるのかな?」

 曹永賀はその言葉を聞いて呆然とした後、心を痛める様子で言った。「まさか船までタイムスリップしてなくなっちゃうのか?!僕の仕事、僕の給料……」

「……」曹永賀の奇妙な脳回路は決して期待を裏切らない。向経年は彼を無視した。「それと、譚景山。彼を見つけないといけない」

 タイムスリップに気付いてからずっと黙って何かを考えていた譚雁光は、兄の名前を聞くと、やっと動き出した。彼は顔を上げて向経年を見つめた。「……多分、彼は前から知っていたと思います」

 向経年はそれを聞くと、急いで「どういうこと?」と尋ねた。

 譚雁光は握りしめた手に少し力を入れ、「昨日彼と最後の会話をしたとき、彼が言ったことを今考えると、別れを告げるようなものでした」と言った。

「彼が何を言ったの?」

「彼は……」譚雁光は思い出しながら言葉を選んだ。「彼は僕を傷つけない。解決策を見つけるって言いました」

 彼は、原因不明の恥ずかしさで、譚景山がその発言をする前に彼の病気について話した事を無意識のうちに隠した。

「解決策?彼は何の解決策を見つけるの?」曹永賀は戸惑ったがすぐに目を大きくして叫んだ。「もしかして彼は戻る方法を知っているということ?」

「そんなことはない……」譚雁光は反論しようとしたが、昨日兄が話したときの表情を思い出すと突然断定できなくなった。「その可能性はなくはないです。正直、彼が何を考えているのかわかりません」

「じゃ、お兄さんはこの混乱に前から気付いていたとするならば、彼は俺たちと同じ時空にいるはず」向経年は冷静に分析していた。「もし彼が何かの計画を進めようとしても、彼があなたに対する過保護から見るとあなた一人を放っておくとは思えない」

 譚雁光は一瞬戸惑い、そして複雑な表情をした。

「過保護って?」

「そんなことがないと言わないでよ、雁光兄」曹永賀はすぐに横から割り込んだ。「譚兄さんはあなたのことを基本的に子供扱いしているよね?僕のお母さんですら僕にそんなに優しくないよ」

 譚雁光は自分の病気がその原因だと説明したかったが、そうすると自分の病気を説明する必要があった。少しやましい気持ちもあったから結局黙ることにした。

「整理してみよう」向経年は自分の考えを整理しようとした。「俺たちは最初に嵐に遭遇して六十年前のこの島にタイムスリップした。時間と場所は両方共変わった。でも今回は時間だけが変わって、俺たちはまだ同じ場所にいる。そこがおかしくないか?同じ様にタイムスリップしたのに、どうして今回はこんなに違う?」

「つまり、タイムスリップした理由が異なるということですか?」譚雁光は聞き返した。

「うん、だから俺たちの最優先事項は、譚景山を見つけてこれは一体どういうことなのかをはっきりすること。それから、俺の船がまだあそこにあるかどうかを確認すること」向経年はうなずいて結論を出した。

「待って、船はなくなったじゃないの?」曹永賀は尋ねた。

「それはただ俺の推測なんだが、まだそこにあるかどうかはわからない。何もなく十数日前に時間遡行をしたら、船はそこにあるはずがない。もし船がそこにあったら——」向経年は説明した。「島の人に問題があるということだ。だから見に行かなければならない」

 曹永賀はわかったような、わからないような感じでうなずいた。「わかった。つまり船があると確認できたらいいんだろ」

「……どっちも良くないよ」向経年は曹永賀の理解力には頭が痛いが、これ以上説明するのを断念した。「もういい。とにかく一回見に行こう」

「確認してからはどうしますか?」譚雁光は尋ねた。

「あとはお兄さんに聞くしかないよ」


 #


 小さな公園の外を歩く島民の声がかすかに聞こえたので、外に出たら会ってしまうのではないかと恐れた三人は、もうしばらく小さな洞穴に留まることにした。

 狭い洞穴に体を寄せ合った大人の男三人は、話すことがなくて気まずかった。その中で、沈黙に耐えきれず、じっと座っていられなかった曹永賀が、十五分も経たないうちに小さな声で騒ぎ出した。

「向兄、僕たちが帰ったら、この経験を誰かに話すことができると思う?」

「話しても信じる人がいる?」

「信じなくてもいいけど、めっちゃいいネタじゃん!将来この経験をネタとして女の子とデートしよう!」

 向経年は無言になり、そして突っ込まずにはいられなかった。「これでお前とデートする女の子がいないと思う」

「どうしてこれでデートしてくれる女の子がいないと思う?向兄も経験ないのに、和寧港の近くにある一番大きな海鮮レストランのオーナーの娘は、向兄に散々アピールをしたにもかかわらず、向兄はまったく気づいていないじゃん!」

 なんでまたこの件を持ち出すんだ?彼は曹永賀の口を縫うべきだ!向経年は怒りながら考えた。彼は独身主義ではないし、理由はわからないが昔からあまり女性と接する機会がなかった。高校三年間は男子校に通い、大学の専門も男子の割合が多かった。社会人になってしばらくすると、彼はほとんど男性しかいない海運業に飛び込んだので、もちろんあまり女性と接する経験もなかった。

 しかし、それは彼が女性と仲良くなる方法を知らないという意味ではない。少なくとも彼は、女性とデートするときにわけのわからないタイムスリップの話ばかりすると、間違いなく振られることを知っていた。

 向経年は譚雁光を密かにちらりと見て、相手はまるで聞いていないかのように足元の床をまっすぐ見つめていた。しかし、この山の造形物は非常に狭いので、譚雁光が聞こえないことは有り得ないと向経年は誓うことができる。

「……永賀、もう黙ってくれない?」向経年は歯を食いしばって警告した。

 しかし、曹永賀は向経年の意思をまったく認識できず、「バレたでしょ」という表情を浮かべた。「向兄をとても尊敬しているけど、女の子と仲良くなる方法については、僕は完全に経験を信じる」

 向経年は鼻で笑って、彼に愛のパンチを一発食らわせようとしたが、曹永賀は急に話を変え、隣の譚雁光に話題を投げかけた。

「雁光兄にはきっと元カノが多いじゃん?」曹永賀は振り返って譚雁光に尋ね、好奇心に満ちた目で見ていた。「だってイケメンで金持ちだし」

 ――この話題はさらにやばいじゃん!向経年は思わず心の中で叫んでいた。

 元々無言で耳をそばたてただけだったが、いきなり話題の中心に引き込まれた譚雁光は慌てて目が泳ぎ、言を左右にした。「あ、うーん……実は僕もあまり経験がないんですけど……」

 曹永賀は驚きを隠せずに叫んだ。「嘘でしょう?!雁光兄こんなにかっこいいのに!女の子と付き合ったことは絶対あるよね?」

 そう聞かれると、譚雁光はさらに不自然になり、気まずそうに言葉に詰まっていた。

 向経年は譚雁光の消極的な態度や恥ずかしがる姿を見て、心の中で曹永賀の代わりに謝罪し、同時に……もっと知りたいとも思った。

 それで彼も意地悪くて口を開いた。「ええ、雁光もきっと好きな人がいたはずだよね?初めて誰かを好きになったのはいつ?」

 これを聞いた譚雁光はすぐに目を大きく見開いた。見開いた丸い目で人間を非難した裏切られた猫のように信じられない顔で彼を見つめた。

 曹永賀はすぐに興奮して話を続けた。「そうだよ、雁光兄の初恋はいつなの?昔は学校の人気者だったに違いないよね?」

 譚雁光はどうしようもなく二人を見て、口籠もりながら少し無力感のある口調で言った。「あの、僕は……」

 彼は『自分が初恋さえしたことがなく、もうこれ以上からかわないで』と言いたかった。しかし、彼はすぐに自分の論理的な問題に気付いた――もし、彼は誰かを好きになったことがなければ、どうして自分は男性が好きだとわかるのでしょうか?

 突然、彼の頭の中にある画面を浮かび上がった。どこまでも続いて雲一つない青空、しょっぱい潮風、足を覆う波、一握りの貝殻、フルーツキャンディーのブリキ缶、ある少年の背中。

 これは何だ?譚雁光は唖然とした。


 譚雁光が沈黙しているのを見て、向経年はこれ以上からかうのをやめようと思い、話題を変えた。「じゃあ、永賀、お前の初恋はいつなんだ?失恋でお終い?」

 曹永賀はそれを聞くとすぐ怒って反論した。「誰が失恋したんだよ!あのとき、告白は成功したよ!」

「お?何歳だった?どれくらい付き合った?」

「……幼稚園年長さんの時、三日間」

 向経年は吹き出して笑ってしまった。

「おい!尊重しろ!」曹永賀はすぐに不満を表明して抗議した。「じゃあ、向兄は?」

「外はもう大丈夫そう、行こう」向経年は彼を無視して洞穴から押し出した。

 曹永賀は文句を言いながら痛そうに叫んで出て行った。

 向経年は振り返って譚雁光を見て言った。「先に出ようか?」

 譚雁光は静かに彼を一瞥し、向経年はなぜだかその表情に憤りを感じた。

 向経年は笑いを止めることができず、彼は低い声で「ごめん」と囁いた。

 譚雁光が反応してくれたが、向経年は彼の意思を考えて理解する前に、足から激痛を感じた――譚雁光が出る時、途中で彼を踏んだのだ。

「ヒッ!――」 向経年は苦痛に喘ぎ、そして思わず低い声で笑った。


 #


 公園の周りに人がいないことを確認した後、三人は慎重に路地を出て、本当に卑劣なことをしたかのようにこっそりと周りを見回した

「さっき目的もなく走ったから、今どこにいるのかもうわからない」曹永賀は周りの似たような建物を見回してため息をついた。

「大体、岩礁海岸の方向を知っているからその方向に行けばいい。ここの道は全て格子状だし」向経年は答えた。「陳さんがくれた地図を持ってこなかったのは残念だ」

 三人はそろそろと歩いたり止まったりしていた。路地を通るために誰かが先に出て確認してから他の二人に声をかけなければならず、とても面倒だった。

「ねえ、直接村長のところに行けないの?」曹永賀は走りながら、警戒して囁き声で尋ねた「直接自首するならこうやって逃げ隠れする必要はないよ。しかも我々は何も盗んでいないもん」

「話自体がいいけど」向経年は答えた。「でも泥棒として捕まえられたらどうなるかわからないよ。ここは六十年前だぞ」

 さらに、彼は何となく村長の黄土明に何か問題があると感じていた。岩礁海岸に島民がまとめてクラッシュしたことは、今でも鮮明に覚えていた。その時、彼らの口々に「村長が言った」という言葉を何度も口にした。向経年は、村長がまったく問題がないと信じていなかった。

 曹永賀はそれを聞いて、思わず大声で叫んだ。「今日中にもう一度タイムスリップして戻らなければ、今夜は路上で寝なきゃ行けないんじゃないの?」

 誰もいない路地に感嘆の声が響き渡った。

「永賀!シー!」向経年は囁き声で呼んだ。

 しかし時すでに遅し。近くのある家はこの声に反応した。庭で物干しをしていた女性が頭を突き出し、 彼らと目を合わせてしまった

 女性は一瞬凍りついた後、高デシベルの悲鳴を響かせた。「泥棒だ!――」

「くそっ!」 向経年は罵った。「逃げろ!」

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