5 友達として付き合わないか?

 蘇小卉は、その日のうちに仕事を終えることができず、残業をする羽目になった。黄佑恩は数日前から疲れがたまっていたため、白旗を上げて降参し、午後七時過ぎに退社することにした。帰宅すると謝旻娜からのメッセージに気づいた。「Rodney、社長は動画の長さを五分以内するようにと言っているわ。動画の時間は何分?いい?絶対五分以内に収めるのよ!」

「小卉、動画は完成した?長さは大体どれくらい?」とショートメッセージで蘇小卉に尋ねた。

「だいたい七分十三秒です」と蘇小卉が答えた。

「なんてこった」黄佑恩は頭を抱えた。この長さなら社長は納得するだろうか、いや、その前にあのうるさい謝旻娜が納得するはずがない。

「五分以内にまとめよう」と答える黄佑恩。

「この録音の長さなら……厳しいですね」

「だったら、音声の再生速度を上げよう」

「調節したらちょっと変になったりしませんか」

「とりあえずやってみよう。五分と六分、そしてオリジナルの七分の動画をそれぞれ作るんだ。五つのバージョンを作って明日、社長にこれでいいか見てもらおう」

「あ……はい」

 黄佑恩はすぐに謝旻娜へその旨を返信した。

「素晴らしいわ!これこそが、社長に私たちが会社で一番真面目に働いていることをアピールするために、私たちがすべきことなの。あなたたちはとても素晴らしい社員。愛しているわよ」

 黄佑恩はスマホ越しに吐き気を感じた。


 翌朝、黄佑恩は蘇小卉に完成した再生速度によって五つのバージョンの動画ファイルをすべてクラウドストレージにアップロードし、そのリンクを社長に共有して、謝旻娜と蘇小卉を㏄に入れてメールした。

「昨日は何時まで働いていたの? 」と黄佑恩は蘇小卉に尋ねた。

「午前三時です」と目の下にクマができた蘇小卉は弱々しく微笑みながら答えた。

「うわっ、警備員が施錠しなかったか?」黄佑恩は内心申し訳なさがこみ上げてきた。

「夜十時過ぎに帰って、家で完成させました」

「本当にお疲れ様」黄佑恩は一瞬、半日だけ家に帰って休むように言おうと思ったが、あっという間に溜まる仕事を考え、すぐ思いとどまった。後でケーキでも買ってあげてねぎらおうと思ったのだ。「よかったらコーヒー飲まない?会社のコーヒーメーカーは新しい豆を使ってるみたい……」

「大丈夫です。Leoが今日もコーヒーをくれました」と蘇小卉はPCスクリーンのそばにあるスタバのコーヒーを指した。

 黄佑恩はがっかりした顔で、ケーキを買う計画をキャンセルした。

 一時間くらい経ったあと、湯社長から返信があった。

『音が速いのは不自然だ。七分のを使おう』とメールには一言そう書かれていた。

 黄佑恩と蘇小卉は、互いに顔を見合わせ、疲れ切った表情を浮かべた。

「Rodney、どうして速度を上げたのよ? あんたバカじゃないの!」謝旻娜はほぼ同時に黄佑恩の前に姿を現した。

「でも昨日、こうしますと、報告はしましたが……」あんたがほめたやり方だろうが、黄佑恩はそう言いたいのを我慢した。

「こんなに変になるのを知らないわよ?」

 知らない訳がないだろうと黄佑恩は内心思った。

「もういいわ、少なくとも社長が満足する成果があってね」

 謝旻娜が去ると、黄佑恩は蘇小卉に向かって小さな声で「じゃ五分バージョンは何のためだったか?誰が動画を五分に圧縮しろと言ったんだ?」

 疲れ果てたか、蘇小卉は文句を言うこともなく、ただただ愛想笑いをしていた。


 午後は忙しくてずっとトイレに行く暇すらなかったが、とうとう我慢できなくなり、慌てて男子トイレに行った。用を足していると、隣の給湯室から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 慌ててチャックを閉め、耳を澄ませながらシンクへと歩いていく。

「……申し訳ないので、できないです」蘇小卉の声だった。

「申し訳なく思う必要はないです。それが僕の本意ではないので」と彼女に応える声は、黄佑恩が考えうる最もそうであってほしくない声だった。

「いやあ、まずいなあ。僕のことチャラチャラした変な奴だと思っていませんか?」

「チャラチャラした変な人?」

「その……女の子を喜ばせることが得意な男のような……。でも、本当はそんなことじゃなくて、自分の気持ちを伝えたかった……それだけなんです。ただ、嫌な思いをさせてしまったかもしれません。ごめんなさい」

 黄佑恩の心臓はバクバクしていた。 これはちょっとヤバい。そう感じたのだ。

 蘇小卉は黙っていた。彼女がどんな表情をしているのか、黄佑恩はわからなかった。

「小卉―」李亞駿は勇気を振り絞った口調で、「僕は本気で、あなたと友達として付き合いたいです」と言った。

「友達ならもちろんです!」

「本当? 嫌じゃなかったらよかったですが……」

 二人の声がだんだん小さくなり、聞こえなくなったところで、黄佑恩が恐る恐るとトイレから出てきた。

 なんてことだ。このLeoが!黄佑恩は思わず嫉妬の炎を燃やしながら考えた。 出会ってから三週間も経たないうちに蘇小卉に愛の告白をするなんて、あまりにも軽すぎないじゃないか。これで痴漢じゃん。

 蘇小卉ならOKはしない。そうだよな?

 席に戻ると、黄佑恩はほとんど集中できず、蘇小卉をのぞき込むと、彼女はパソコンに向かって恥ずかしそうに微笑んでいた。

 黄佑恩の手が滑って、動画を爆音で再生してしまった。「あっ!」の叫び声を上げて、慌ててイヤホンを取り出した。

「Rodney、どうされました?」

 蘇小卉をはじめ、周りの同僚たちは皆、首をかしげた。

「な、何でもないよ」とイヤホンを手に取って狼狽しながら耳にかけたが、心中穏やかではなかった。

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