第11話 盗人に与えた人

 シエルと向き合う中、ガーゴイルからの知らせが届いた。

 戦況は五分だった。俺の策と魔王軍の力が、騎士団を押している。

 だが、アーサーが一人、最前線で暴れているようだ。

 

 流石は勇者。ついでに戦闘狂。

 タチの悪いことに、この二つが一緒になると、誰にも止められない嵐のように魔王軍を蹴散らしている。


 その遥か後方で、シエルと向き合っている。


「先に言わせてもらうが、そう簡単に計画を止めたりしないからな。ここまで来ちまったんだ。戻るところがないのは、わかるだろ?」

「私たちのところに戻る……ううん、勇者パーティーも魔王も忘れて、やり直すのは、できないの?」

「今更、それは難しいな」


 俺の姿を見た騎士もいるだろうし、レオンとエレナはハッキリ俺が敵だと認識している。

 アーサーに届けば、気に入らないとして殺されるかもしれない。


 この戦いでアーサーが勝てば、俺は逃げるしかないのだ。

 だからシエルと話せるのはこれが最後かもしれない。

 言葉を探しつつ、まずは現状を伝えることにした。


「さてシエル、前にも言ったが俺は魔王へ協力することにしたし、現在進行形で配下になってる。けどな、魔物になっちゃいない」


 魔物じゃないと聞いてホッとしているようだったが、それでも辛そうな瞳で俺を睨んでいた。


「だけど、魔王の仲間なんだよね」

「仲間……ではあるな。今のところは。さっきの魔物は俺の手下だし、魔王軍に属しているとも言える」

「……なんで? なんでなの? 勇者パーティーを追放されたから? それとも……そんなに世界が嫌いなの? 人間のことがそこまで嫌になっちゃったの? 今までより、ずっと……」

「……流石だな。俺が昔から考えてたことはお見通しか」


 孤児院にいたということは、どっかの誰かが勝手に産んで勝手に捨てたのだ。

 親から与えられるはずの愛情なんて、欠片も知ることができなかった。


 孤児院の大人たちも、金のため面倒を見ていた適当な連中だった。

 愛だとか思いやりは微塵もない。


 むしろ邪魔者のように扱い、いつしか虐待が始まった。

 子供が病気になれば迷惑がって、死んだら喜んでいた。


 ガキの頃からずっと、俺はそんな人間が嫌いだった。

 そんな人間を生み出す世界が大嫌いだった。


 大人になっても変わらない。

 望んでもないのに盗人なんかに選ばれて、勝手に差別された。


 シエルだって同じだ。回復だけしかできないヒーラーだと虐げられてきた。


 だから俺たちは世界に反逆した。

 俺は悪知恵を働かせて金を盗み、シエルと分け合った。


 余裕の出来たシエルは浄化魔法を覚えて、見事見返してくれた。

 結果、シエルは勇者パーティーに選ばれるまで這い上がったのだ。


「お互い世界から捨てられた者同士だ。本当なら、そんな連中は孤児院にたくさんいた……俺はお前とだけじゃなく、アイツら全員と世界に知らしめてやりたかったよ。俺たちはここにいるってな」


 親からも、世界からも捨てられた子供たちの存在証明。

 それが俺がガキのころ描いた、いくつかある計画の一つだ。

 今だって、忘れちゃいない。


「アーサーなんかじゃなくて、孤児院の誰かをトップに置いてパーティーを組むとかやりたかったなぁ……あれだけいたんだ、一人くらい恵まれたジョブを与えられたろうしな」

「それができなくなったから、こんなこと考えたの? 魔王の力で嫌いな人間を殺して、世界を壊すの?」


 瞳をウルウルとさせて、それでいて唇をかみしめて、力強く俺を見据えている。


 嘘をつかなくてはならない。

 シエルはこの後の事に必要なのだから、まだ魔王の配下という敵でなくてはならない。


 だというのに、俺の心が嘘を拒む。

 今まで数えきれないほど嘘をついてきた俺が、シエルを前にして言えなくなっている。


「愛、だな」


 聞こえないよう、一人呟く。シエルを一言で語るなら、『愛』だ。


 誰からも愛情を与えられなかった俺に、初めて愛情を与えてくれたのがシエルだ。

 シエルだって愛情を与えられなかったはずなのに、知っていたんだ。


 愛という感情を。


 俺はシエルから、愛を『与えられていた』。決して盗んでのではない。


 純粋な贈り物だ。


 嘘ばかりのどうしようもない俺に、唯一与えてくれた人がシエルだ。


 そうさ、俺はシエルを――。


「……ああクソ、やっぱりお前は特別かぁ」


 たった一人の友達。生涯を共にしてきた相手。そして――、


 ……そして、計画のための最後のピース。


 嘘をついて計画の一端を担ってもらおうと思っていたが、どうにも難しいようだ。


 なら、真実を話そう。俺の計画の、最後とその後を。


 納得してもらって、改めて協力してもらおう。


 二人で成し遂げるのだ。そして俺は晴れやかな世界に旅発つ。


「シエル、あの平原で伝え損ねたこと、聞いてくれるか?」


 俺は嘘のない真実を語った。シエルは驚きながらも、最終的には頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る