第9話 ついにやり返す時

 空を飛べるガーゴイルから、アインヘルム前に騎士団が展開し、進軍を開始したとの知らせが届いた。


 とはいえなんでも、騎士たちは装備も傷ついている者が多く、隊列も乱れているらしい。


「よし、いい感じだな」


 将校クラスの魔物とすばしっこい奴による先軍を組織し先行させた。

 無理攻めはさせず、混乱を引き起こさせるだけを狙わせたおかげで更なる弱体化にも成功できたようだ。


「小賢しいが、貴様の思い通りか?」

「だな。下級の魔物とキチンと整列した騎士じゃ、個々の力では勝ってても、連携でやられる。そこら辺を乱せたのは計画通りだ」


 こちとら、元勇者パーティーにして孤児院時代から騎士団を見ているのだ。


 どうやって弱い人間が魔物と互角以上に戦っているくらいは知っている。

 これだけの魔物と持ち前の悪知恵を働かせれば、崩すのは簡単だった。


「しかし貴様の仕事はここからが本番だろう」

「望むところってやつだぜ」


 そう、ガーゴイルからの知らせは騎士団についてだけではなかったのだ。


 最前線どころか大きく離れてアーサーがいることと、レオンとエレナがその後方で騎士団の一部を率いていることが分かった。


 やはりアーサーはあの二人を見放した。

 あの勇者はそういう奴だ。


 少しでも役に立たなくなれば捨てる。


 だが俺は路頭に落ちてる傷だらけの銅貨を拾って育ってきた。

 簡単に捨てる奴の捨てたゴミに負けてたまるか。


 決戦は間近だ。

 決着はここでつける。『なにもかも』に。


 意気込んで、指揮官となる魔物たちへ向けて、俺は最後の作戦を告げる。


「魔王軍はこのまま勇者を避けて騎士団を叩いてくれ。決して勇者に挑もうとするなよ。むしろ逃げて少しでも疲弊させろ。その間俺の部隊がレオンとエレナを叩く。勇者を狙うのはそれからだ。いいか? 後続が潰えてから、囲んで叩く! そこに魔王様にも来てもらって、とどめを刺す!」


 グフフフ、と魔王が笑う。

 どうやら勇者を倒す算段がついたのもだが、俺がやること自体が気に入っている様子だ。


「かつての仲間をその手にかけるとはな。これを聞いた時は大笑いしたものだ。どうだ? 今からでも、我に仕えぬか? 更なる力と共に、決してその悪知恵を失わせず、魔物にさせると約束するぞ?」


 そう、魔物化した傭兵三十人を使って、俺はレオンとエレナを倒すのだ。


 仲間だったとか、同じ人間とか、そんな価値観はどうでもいい。


 しかし利用できる。だから誘いを断らせてもらうことにした。


「目には目を、歯には歯を、人間には人間を。俺が魔物になってしまったら、この先魔王様が別の国を攻める時に不便だ。まだしばらくは人間でいさせてもらうぜ」

「カカカ、本当に悪知恵の働く奴だ。この先のことまで、その頭には描かれておる」

「描かれてるとも! 俺の黒く輝かしい未来が!」

「黒い未来とは、面白い物言いをする奴だ」


 今のは全部本当だ。描かれているさ。黒く、力強く、どこまでも自由な未来が。


 そのためにこの戦場を作った。

 計画当初は上手くいくか不安だったが、ようやくたどり着いたぞ――まずはザマぁ見ろと言ってやる。

 このステージで。


「それじゃ作戦開始! ここで勇者もろとも叩き潰すぞ!」



~~~



 偉そうに作戦開始などと言ったが、俺は魔物となった傭兵三十人を連れ、先行する魔物たちに隠れながら進んでいく。

 遠眼鏡で騎士団を確認し、レオンとエレナを探す。


 慎重に、決してあちらから見つかることなく、先に見つけて近寄るのだ。


「……よし、見つけた」


 騎士を連れながら、顔に疲れが見える。

 結構無理をして出てきたようだ。


「それじゃお前ら……って、魔物になったが言葉は通じてるんだよな? とにかくいいか、あの二人が率いてる騎士を引っぺがせ。時間は少しでいいし倒さなくてもいい。とにかく俺があの二人と話す時間をくれ」


 真っ黒い肌になった傭兵たちは頷くと、言った通り周囲の騎士たちに襲い掛かっていく。


 レオンとエレナは指示を出せばいいのか援護すべきなのか分かりかねているようで、段々と周りから騎士がいなくなっていく。


「さぁて、行きますか」


 マントを脱ぎ捨てて、仮面をつけたまま二人の元へ。

 正直この二人には『利用価値』はないに等しい。

 ただこれまでの事を考えると、どうしても、どうしても……


「見返さないと、スッキリしないんでねぇ」


 二人の前に躍り出た。

 困惑する二人へ仮面を外すと、動揺へと変わっていく。


「なんで、テメェが……」

「え? ホントに、なんで?」


 気付かないか。やはりこいつらは金魚の糞だ。

 とことん仕返しをして、とっとと本命へ向かわせてもらおう。


「久しぶりだな二人とも。元気にしてたか? 俺は元気だった。生まれて一番ハッピーな時を過ごしてる」

「えっと……ここに来たってことは……」

「まあ待て! まだ言いたいことが山ほどある。だがあんまり長いこと話してると、時間が無くなっちまうなぁ――そこの俺の部下が、いつまで騎士を足止めしておけるかわからないしなぁ」


 流石に二人も勘付いた。信じられないような顔をして、その手に剣と杖を握った。


「寝返ったってのか!? テメェ魔物の仲間になったのか!?」

「ほんと信じらんない! クズだとは思ってたけど、そこまでするとは思ってなかったよ!」


 いいぞ怒れ怒れ。

 それだけ追い詰められた時の絶望も、俺に負けたという敗北感も大きくなる。


「いや実際、俺はまだ魔物じゃないし、盗人のままだ。だけど――お前らが追放してくれたおかげで、こんなに強くなった!」


 両手を広げて宣言すると、続けて俺は唱える。


「バーグラライズ! 泥棒の時間だぜ」


 一瞬にして俺の姿は透明になると、風のように二人の間をすり抜けた。

 何をされたか分かっていない二人へ、こっちだと声をかける。


「盗ませてもらったぜ? お前らの剣も、杖も、魔力さえもな」


 言われ、二人は持っていたはずの剣と杖がないことにようやく気付いた。

 エレナに関しては、フラッとその場に倒れてしまう。


「テメェ、何を!」

「知らないのか? 盗人の最上級スキル、バーグラライズを」

「最上級スキルだと……!?」


 『ディメンションスペース』が中級程度のスキルでも十年は修行しないと使いこなせない。ほんの少し闇の魔力を得た俺でようやく多少応用ができる程度だった。


 スキルや魔法とはそれほど習得と上達が難しい。


「だが! 俺は圧倒的な闇の魔力を手にした! 凡人が生涯かけても習得できない最上級スキルを、俺は一日で習得した! もはや、俺より弱い奴は一方的に盗まれるだけだ……そう! エレナの魔力も盗んでやった! 魔力も杖もない魔術師なんて、もはや戦場では死ぬのみだ!」

「テメェ……偉そうに言ってるがなぁ、剣士は拳だけでも充分にたたかえっ……」


 またも一瞬、レオンの横をすり抜けた。

 同時に、その身体が地面に付した。


「詠唱破棄もとっくに会得してる。今ので体力を盗んだ。これでお前らのなにもかもは、俺の物になった! さぁて、あとは殺すだけかな?」


 お楽しみの時間が来た。二人からの命乞いの時間だ。

 俺はナイフを手にすると、二人に向けてやる。


 今ならこれだけで、まともに抵抗もできずに殺せるだろう。


「ま、待て! 追放するときに賛同しちまったのは謝る! だからナイフなんて出すなよ!」

「私も、その、あの時ムカつくとか言って悪かったって!」


 必至だ。二人は必死に俺へ懇願する。

 頭を下げ、生き残ろうとしている。

 魔王に言ったとっておきの策は、勇者パーティーのこの二人を殺すこと。


 ついでに見返してやろうと思っていたのだが――なんだろうな、この感覚は。


「んーーーーーーーー……んん?」


 なんか違う。

 俺の求めていた「ザマぁ見ろ」とは何かが違う。


 もっと、こう、スカッとすると思ってた。

 いや違うか? 俺がいないせいで勇者パーティーそのものが壊れるとかを願ってたか?


 後になって俺の重要性に気づいたり、実は俺が真の力とかに目覚めて「追放しなきゃよかった」って後悔されたりとかもだ。


 他人の不幸は蜜の味ではないが、そういうのを求めていた気がする。

 追放したアーサーがこの二人から糾弾されるとかもアリだ。


 だがこれでは虐めと変わらない。

 そもそも力が上回っている時点で、こちらから手を下すのは「ザマぁ見ろ」ではない気がする。


「なんか冷めた」


 ポイっとナイフを捨ててやる。二人は安心したかのように胸をなでおろしていた。


 このまま捨て置くか……いや、それもつまらない。

 というか、この二人に馬鹿にされ蔑まれ虐げられてきたのも事実。

 それらは罪に値する。


 罪には罰を。それと俺からのささやかな復讐を。時間もないし、とっとと始めよう。


 ディメンションスペースで、中から粗悪な剣と杖を取り出した。

 それからプラペアという、盗んだものを相手に仕込むスキルを発動した。


「お前たちに魔力と体力を少しだけ返してやった。だからって許したわけじゃない」


 立ち上がる二人に、取り出した剣と杖を放り投げる。


「そいつでどっちかを殺せ。生き残った方はここから逃がしてやる」


 あー、なんかこれも違う気がする。

 でも、二人にはなにかしらの形で償ってもらわないと気が済まない。


「ほらどーしたー? とっととやれー」


 しかしもう気分も乗らない。いっそのこと、手下に襲わせるか。


 なんて思ってる時だった。二人の周りを緑色の光が――回復魔法が包んでいく。


 まさかと思って振り返ると、そこには杖を手にしたシエルがいる。


「……もうやめて、ライア」


 こんな時に、来るとはな。

 つくづく、シエルとは縁があるようだ。


「邪魔をするのか、シエル」


 生涯の友と、戦場で敵として相対した。

 笑えないジョークだ。

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