第5話 嘘と真実を織り交ぜた買収

 街の中、他の家屋が窓が割れていたり壁にヒビが入っているのに対して、三階建てで傷一つない建物に案内される。


 中にたむろする傭兵たちを怒らせたくないから小奇麗なのだろう。

 奴隷の子供たちと奴隷商を外で待たせ、中へと入っていく。


 屋敷のような内装を進むと大きな扉の前に柄の悪い二人の見張りがいた。

 俺は中に入るため声をかける。


「アンタたちのボスに用がある。通してくれ」


 しかし、見張り達は俺の周りを見てから、奴隷商はどこだと聞いてきた。


「この後の取引は奴隷商とって決まってるんだよ。どこの誰だか知らねぇが、失せな」

「その奴隷商だが、悪いが商品のガキどもは俺が買った。早い話が、アンタらの仕事は変更だ」


 途端に、見張り二人は顔に血管を浮かべて迫ってきた。


「テメェは俺たちから仕事を奪ったってのか? 八つ裂きにされてぇのか!?」

「落ち着け落ち着け、待てっての、そいつは誤解だ。俺は仕事を奪ったとは言ってない。変更だって言ったんだ。それも特上の仕事にな」


 見張りは困惑したように顔をあわせると、まず俺が誰なのか聞いてきた。

 それから金目の物を持っているようには見えないとも。


 実際ポケットと懐の中に金貨と銀貨がいくらか入ってるだけだ。


 しかし、盗人にはディメンションスペースのスキルがある。

 それに俺の存在も、知らせるのは簡単だ。


「盗人のライアと言えば、奥にいる連中ならすぐにわかる」

「……いいだろう、少し待て」


 見張りの一人が扉の先に行っていくらか経つと、騒ぎが起きているようだった。

 そして血相を変えた見張りが半ば強引に中へ連れ込む。

 長机を囲んで居並ぶ傭兵たちは、揃って俺に殺意を向けていた。


「勇者パーティーの一人ライア! よく俺たちの前に顔を出せたな!」

「テメェらのせいで、俺たちの仕事がどれだけ減ったと思ってやがる!」


 やはり、まだ俺が追放されたことは公になっていない。

 世間体を気にするなら、魔王を倒してから、戦いで死んだとかにするのだろう。


 それに、傭兵が勇者パーティーを憎んでいることも予想通りだ。

 なにせ今まで傭兵がこなしていた魔物退治の仕事は、勇者に奪われたのだから。


 金で転ぶ傭兵より、天から認められた勇者を世間が頼るのは当たり前だ。


「テメェを殺せば勇者の野郎もここに来るんじゃねぇか!?」


 一人が叫ぶと、そうだそうだと声が上がる。

 だが俺は、クククと笑ってやった。


「信じるかは任せるが、俺は勇者パーティーを追放された」

「そんなこと信じろってのか!?」

「だから信じるかは任せるって言ったんだよ。でもまぁ考えてもみろ、ただの盗人が魔物との戦いで役に立つか? 誰もが尊敬する勇者パーティーに盗人なんていてもいいと思うか? 自分で言うのもなんだが、俺は勇者パーティーの汚点だった。鼻つまみ者さ。いつまでも勇者パーティーにいれると思うか? 無理だ。だから追放されて、こんな街に来る羽目になった」

「そいつは……」


 怒りに満ちていた場も、俺の言葉に静まっていく。

 ニヤリと笑ってから、よく考えてほしいと切り出した。


「勇者のせいでアンタらはガキのお守みたいな仕事をする羽目になってる。魔物退治で金貨を貰ってたアンタらが、今はどうだ? 奴隷のガキを守って金貨が貰えるか?」


 シン、と傭兵たちが黙った。俺はニヤリと笑ってから続ける。


「アンタらがぶら下げてる剣だとか斧だとかの得物も、すっかり古くなってる。アインヘルムが買い占めようとしているからだ。それもこれも勇者のバックアップのためだ。魔王城に攻め込むって時に、国王お抱えの騎士団も援護に回る。このままだと最新の武具はみんな買い占められちまう」

「……なにが言いたい」


 長机の奥に座る傭兵団の長らしき男が静かに問いかけた。


 場もすっかり静まり返り、俺の言葉を待っている。

 俺は全員の顔をよく見てから、「ここの傭兵を全員買う」と言った。


 静まりは一転笑い声に変わり、長も呆れたように俺を見ている。


「狂ってるな。どれだけの金が必要になると思ってる」


 長がそう言うと、周りの傭兵たちも口々にイカレてるだの言い出したが、勤めて冷静に口にする。狂っちゃいないと。


「俺は盗人だ。説明するまでもなく、得意なのは盗みだ。だが節度をもって、そんなに盗みを働くことはなかった。しかしなぁ、ついこの前、誰もが嫌う盗人の俺の、唯一の友達が俺を突き飛ばした。生涯の決別だよ。俺はその時決めたさ。もう善良な皮を被るのはやめようって。残念ながらまだ皮を脱ぎきれちゃいないが……手先からは引っぺがせた」


 指を鳴らすと、ディメンションスペースが発動する。

 特定の場所だけにしか発動できないこのスキルも、改良してどこでも使えるようにしたのだ。


 その中からずた袋を取り出し、ひっくり返す。

 たちまち金貨が山のように積もった。


 傭兵たちは、たちまち黙りこくってしまう。

 そんな中、俺は金貨の山の中に両手を突っこんで掻き乱した。


「金、金、金――そうだとも、ここにあるのは全部金貨だ。混じり気のない純金だ。まぁ俺は金に執着なんてないが、アンタらは違う。世間は金の犬とも呼んでいる。怒るなよ? 事実なんだからな。さて、事前に調べた所によると、どうやらここにある分だけで、全盛期のアンタらの年収に値するらしいな?」


 金に目がくらんだのか、黙っていた傭兵の一人がナイフを手に身を乗り出した。

 だが俺はもう一度指を鳴らすと、別のずた袋を取り出して盾にした。

 切り裂かれたずた袋からは、金貨が流れ落ちていく。


「俺を殺すのはお勧めしない。こうやって隠してある金はまだまだあるからな。あとそれから、別に傭兵を全員買ってもボスになりたいとかじゃない。頼みごとを引き受けてほしいだけだ。それが終わったら、釣りはいらない。残った金は好きにしろ」


 言葉を失っている傭兵たちの奥から、流石に冷や汗を流している長が聞いてくる。なにをしたらいいのか。


 やはりこいつらは金の犬だ。

 金なんて、死んだら何の役にも立たないというのに。

 いざ自分より強い奴に襲われたら奪われるしかないのに。


 だから俺は奴隷のガキを助けるし、傭兵団を買ったりもする。

 所詮金なんて消耗品だ。目的のために使うだけ。


 俺はもっと、この世界で生きる上で失うことのない『確実なもの』が欲しい。

 そのために、傭兵たちに命じよう。


「アンタらには、俺が魔王城に行く護衛をしてもらいたい」


 それが、この金の使い道だ。

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