第一話 墜落事故のニュース
明日は赤木家にとって最も特別な日、クリスマスイブだ。なぜかと言うと、彼らの家族構成が確定した日だからである。娘が生まれ、家族が四人に増えた。
「二人って、とてもバランスが良いわ。アダムとイブみたいで」と妻が言って、子作りは打ち止めになった。
赤木という名字だからかもしれないが、余計にクリスマスと縁深いような気がしている。なのにも関わらず、明日の予定は白紙。
本来なら赤木家の大黒柱である自分が旅行か何かを発案、企画しなければならないのだが、そんな余裕もない。その理由は後述しようと思う。
ふとキッチンを一瞥すると、妻の祐子がいつもと同じように同じような朝食を作っていた。いつもはピンクのエプロンをしているのに、今日は漆黒だ。「家族サービスをしろ!」と、背中で語っているつもりなのだろうか。
赤木貴史は、悶々とした感情を抱えたままコーヒーを啜った。祐子がフライパンを振り回し、油が弾け、香しい匂いとコーヒーの匂いが混じり合う。それが、貴史にとっての朝の香りだった。
しかし今日は落ち着かない。貴史の頭には、『家族サービス』という文字が浮かび上がっていた。一文字一文字が頭の中を駆け巡り、脳味噌にちょっかいをかけてくる。コーヒーもあんまり味がしない。
確かに家族サービスは大事だ。父親の立派な仕事であるに違いない。実際、これまではきっちりとこの勤めを果たしていた。毎年クリスマスイブには、遊園地やら、遊園地やら、遊園地やら、色んなところに家族を連れて回ったものだ。
「遊園地ばっかりじゃない!」と祐子は言うが、子どもは遊園地が好きなんだ。そうに決まっている。
「もうご飯できるよ~」
祐子が声を上げた。フライパンを振る音が止まる。貴史は思考を中断して、声にならない声で返事をした。机の上をなんとなく片付けながら、これまたなんとなく点けていたテレビをチラ見する。華やかなアナウンサーが、にこやかに語りかけてきた。
『十二月二十四日。遂に明日はクリスマスイブです。プレゼントを待つ子ども達にとっては、一年を通して最も特別な日だと言えるでしょう。しかしここ数年、サンタクロースの墜落事故が相次ぎ、負傷者を多数出しています。去年には、なんとクリスマスプレゼントを蹴り飛ばす様子が防犯カメラに記録されてしまうなど、問題続きのサンタ業界。果たして今後はどうなっていくのでしょうか。この時間からは、サンタ業界に詳しい、池上あきらかさんに解説していただきます』
『あなたの知識をハイジャック! どうも、池上あきらかです!』
ふざけた格好の老人が、手を銃の形にし、カメラに向かって撃つ動作をした。周りのアナウンサー達が、「うわあ!」とおどけてみせる。とんだ茶番だが、朝定番の光景である。
「墜落事故、怖いわね」
祐子が机に料理を置きながら言った。「そうだな」と、出てきた料理を眺めながら返す。
「そういえば、お隣さんの親戚の話なんだけどね、墜落したサンタに巻き込まれて、全治半年の大けがを負ったんですって」
「ああ、ニュースで見たよ。あれってお隣さんの親戚だったのか。驚いたな」
「そうなの。身近な人がニュースになるって、すごい確率よ。私たちラッキーね」
祐子には、不謹慎なところがある。多分悪気はないのだろうが、何も考えずに話しているのだろう。ご近所で嫌われているのではと、少し不安になる。
『今年は警察官たちが全国を警備するみたいだネ! 道路だけじゃなく、航空パトカーでの警備も行うらしいヨ! サンタクロースの問題も、これで解決するといいんだけどネ……』
テレビの中から、池上あきらかの声が聞こえてきた。高音で耳に響く、やけに嫌な声だ。朝の番組にしては、衣装が奇抜すぎる。寝起きに蛍光色は駄目だ。胡散臭さが増してしまう。
貴史はコーヒーに目を落として、一度目を落ち着かせた。
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