第37話 復興の兆し





 エルナも新しいメイドのお仕着せをもらい、身の丈よりも大きな木材を肩に載せて、たかたかと街を走っていた。ときおり、エルナルフィア様、とエルナの名を呼ぶ声が聞こえることがあれば、大の大人でさえ持つことができないであろう大荷物を抱えて走るエルナを見て、ひええと驚く声も聞こえる。エルナの噂を知らない人間は少なくても、まさか竜の生まれ変わりがこんな年若い少女だなんてと見ると誰もが自分の目を疑ってしまうらしい。


 注目を浴びることは前世から慣れきってしまっているので、エルナは人々の反応を気にすることなく、復興作業の手伝いに取り組んでいた。メイドとして城でできることもたくさんあるのだろうが、こちらの方がより力になれると判断したためである。


「あっ、フェリオル。お疲れ様」

「エル……うわ、ひいい」


 運んでいる最中、兵士とともに視察を行っているフェリオルとすれ違ったので挨拶をしたのだが、「だ、大丈夫だとはわかっているんだけど。エルナ、見ていてちょっと怖いというか。も、申し訳ない……」と、エルナが持つ木材を見て、口元を引きつらせている。たしかに持ちながら挨拶するものではないな、とエルナは判断して、よいしょと地面に置くと、ぶわりと土埃が舞い上がり、「けふっ」とフェリオルは可愛らしいくしゃみをした。


「毎日大変そうだな……。怪我の具合はもういいのか?」

「そっちもね。もともと大した火傷じゃないから。大丈夫、ちょっと痛いだけ」


 それは大丈夫と言うのか? とフェリオルは曖昧な表情のままエルナを見上げている。それからなんとなく言葉につまり、ほんの少しの間の後、エルナはぽつりと呟く。


「クロスから、連絡はあった?」

「……いや」


 フェリオルの近くに佇んでいた兵士は、今は少し距離をあけてこちらを見ないようにと視線をそらしてくれている。エルナたちに気を使ってくれたのだろう。


「おそらくまだ、帝国軍に向け進軍を続けているのだろう。伝書魔術は便利だけれど、下手をすると敵に情報を伝えてしまう可能性もあるから……」

「そっか」


 少なくとも、なんらかの決着がつかねばこちら側にあちらの情報を知る術はないということだ。出てきそうになるため息を、すんでのところで呑み込んだ。クロスを心配しているのは、何もエルナだけではない。フェリオルにとってクロスは実の兄なのだから。

 不自然になってしまった自身の様子をなんとかごまかそうと別の話題を探した。

 すると元気な声が辺りに響いている。わっしょい、わっしょい。どっせい、どっせい。

 自称自警団のリーダーと、その仲間たちだ。


「さー! 今からこの建物は取り壊すぞ! おいそこのガキンチョ、さっさとどっかに行かねぇか! ぶっとばすぞ!」

「言葉遣いがわるーい! 危ないから下がっていてください、だろうがぁ!」

「下がっていてくださぁーい!」

「さぁーい!」


 慣れない敬語を駆使しながら、彼らは必死で街のためにと汗水を垂らしている。

 エルナを誘拐したり、街で乱暴を働いたりと決して褒められる行動をしていない彼らだが、逆にいうと問題なのはその言動だけだ。今はクロスが戻るまでの間、フェリオルが一時的に彼らの騎士団見習い入りを許可し、びしばしとしごかれている最中である。クロスが戻ってきた際に改めて判断が下されることになるだろうが、今も必死に働いている彼らのことを決して悪いようにはしないだろうとエルナは思っている。


 ちなみに、今日の指導官はジピーらしく、少しだけ微笑ましく思ってしまった。

 すっかり変わってしまった街の風景だが、エルナとフェリオルが立つこの空間だけは以前とそう変わらない。水の精霊と出会った場所であり、彼女の守護が強い場所だからこそ、強く炎が燃え上がることはなかったのだろう。


(水の精霊はあのとき、私に力を貸すだけ貸してすぐに消えてしまったけれど……)


 金の髪と緑の瞳を持つ美しい少女の姿だったが、変わり者の精霊だった。きっと自身の言葉通りに、エルナに力を貸すのはただの一度きりなのだろう。噴水近くにいる今も、すっかり気配は感じない。

 あのときは水の精霊からエルナへの手助けを提案されたが、逆だったのならどうだろう、とエルナは少しばかり考えた。助けてくれ、と精霊に祈ったのだとしたら。……おそらくだが、彼女はきっとそっぽを向いていたに違いない。滑稽なほどにあがく人間(エルナ)が愛しくてたまらないのだと、彼女は全身で叫んでいた。

 ただ一人、炎の中に飛び込むような間抜けでないと助ける気にもならなかったかもしれない。


(それにしても、あの金の髪……。今更だけど、どこかで見たことがあるような)


 うーん、と歯の奥に何かが詰まったような、喉の奥につっかえているような気持ち悪さを感じて考え込んでいると、「なあ、エルナ」とフェリオルは訝しむような声を出してじっとエルナを見つめた。具体的にいうと、エルナの頭の上を見ていた。


「ところでさっきから気になっていたんだが、そのハムスターは一体どんな状態なんだ?」

「ああ、これ?」


 そのときハムスター精霊は、まるでモモンガの如くエルナの頭にべったりとくっついていた。カイルと一緒に城で待機をお願いしたのちに再開してから、常にこの体勢である。

 離れてたまるものかという主張の表れらしいが、制服であるキャップが被りづらいのでちょっとやめてほしくもある。


「まあ、色々あって」

「いろいろ」


 フェリオルは真面目くさった顔で、一体どういうことかと舌の上で言葉を転がしている。


「あっ」

「ん?」


 そんな彼の顔を見ていると、水の精霊の姿と重なった。フェリオルはクロスとよく似ているが、やはり幼さがある分、雰囲気がどことなく異なる。そして水の精霊は幼い少女だった。性別が違うためにすぐに思いつきはしなかったが、こうして改めて見るとなぜ思い至らなかったのかと自分に驚いてしまう。


「そっか……。人間の姿をしていたということは、人形の手本となる存在もいたはず……。ならそれが王族の血族の可能性もあるのかしら……精霊だから、それがいつの時代の人間なのかわからないけど」

「あの、さっきからなんなんだ?」

「ごめんなさい、ものすごくこっちの話。ねぇフェリオル。女性で、フェリオルによく似た親族は……まあいいか。やっぱりなんでもない」


 必ずしも知る必要のあることではないだろうとエルナは考え、途中で言葉を止めてしまった。精霊にも、精霊の物語があるというだけの話だ。フェリオルは一瞬不思議そうな顔をしたが、それほど気になるわけではなかったのだろう。会話が止まると、自然と二人して空を見上げてしまう。

 そのことに気がついて、あっと二人で目を合わせた。


「……だめだな、どうしても気になってしまう」

「私も。鳩が飛んでくるかなって。いつも空を見上げちゃう」

「大丈夫だ。兄上は、きっともうすぐ戻ってきてくださる」


 それは願うような口調ではなく、確信した言葉だった。エルナだってクロスが傷一つなく戻ってくることを願っているが、フェリオルの口ぶりは、少しだけ奇妙に感じた。

 どうしてだろうと瞬きながら見つめると、フェリオルは珍しくにんまりと笑った。その顔は少しだけクロスを彷彿とさせる。


「だって、兄上は一人きりではないからな。もちろん、連れ立った多くの兵は兄上を守り、また兄上も彼らを守るだろう。けれど、兄上にはさらに強力な支えがいる」

「強力な、支え……?」

「ああそうだ。僕はまだ幼かったから、本当はよく知らないけれど。でも」


 強く、フェリオルはどこか遠くを見つめた。まるでその向こうにいる、クロスの姿を目に留めているかのように。


「絶対に、彼女は。あの人は。兄上の、力になってくださるはずだ」






 ***





 見通しの悪い鬱蒼とした森の中で、気配を殺すようにゆっくりと進んでいく。


「先に出した斥候は、戻ってこないか……」


 そう呟くクロスの額には、じわりと汗がにじんでいた。


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