第25話 システム・アームド

「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん」


 応接間のドアを吹き飛ばして入ってきたのはゆゆこだった。

 両手にゴツいガントレットのような武装。アレで吹き飛ばしたのだろうか。

 じゃじゃーん、とばかりに決めポーズを取っている。


「呼んでないがな」


 カーミラが目を細めてツッコむ。

 そうだ呼んでなどいない。なんでここに居るのだ? と思っていると、ゆゆこの後ろからチルディがひょっこり顔を出した。


「なんか胸の奥がソワソワしてまして!」

「ちーちゃんが言うんだよね、『とーさまが困ってそうです』って。だから来たよ」


 困ってはいた。カーミラが暴走しないかと心配で、困ってはいた。

 だけどやり過ぎたのは彼女じゃなく俺の方で、ゆゆことチルディが来たとなると問題の規模が大きくなってしまい、より困る。


「そ、その方ら! どうやってここまで入って来たのだ!」

「腕力で」

「光線で」


 エクレイン領主の問いに答えるゆゆことチルディ。

 ほらほらほら! 規模が大きくなった! すごく困る!

 俺がアチャーという顔をしていたのだろう、隣りのカーミラがニヤニヤと笑った。


「な? もう思い知らせるしか道はないんだ」

「なんてこった……!」


 この六年、この街で平和に暮らしてきたつもりだった。

 まさか、こんなに簡単に平和が崩れてしまうなんて。しかもうっかり自業自得と来た。

 そんなことをブツブツ独り言ちてしまっていると、やはり楽しそうな顔でカーミラは笑うのだ。


「いいではないかソルダム。この辺でしっかり平和とやらを勝ち取っておこう。流れに任せての平和なぞ、他人に舵取りを任せているようなものだ。これからは自分たちで管理しようじゃないか」


 もう、やるしかない。俺もさすがに切り替えた。


「わかった! ただし人死にはナシだ、絶対にそれは守ってくれ!」


 皆が頷く。

 俺とカーミラも、ソファから立ち上がった。


「ソルダム、その方正気か!?」

「すみません領主さま、尻に火が点きました」

「ぬぬぬー! であえ、であえ! 館中から衛兵をかき集めよ!」


 ああ、どんどん大ごとになっていく。

 完全武装でこそないが、剣を握った衛兵がぞろぞろとやってきた。


「ソルダムさんの意図を汲んで、ミニマムな力でいくよー」

「とーさま、ちゃんと手加減しますので!」


 そういうと二人は武装衛兵に躍りかかった。

 ゆゆこはデカいガントレットの手で指一本だけを使う。ピン、と衛兵の銀鎧を弾くと、その衛兵は壁まで吹っ飛んでいく。


「おい手加減!」

「あれれ? 仕方ないですね、『システム・アームド、ショックハンド』」


 ゆゆこがなんらかの呪文のようなものを唱えると、その武装が切り替わる。

 その光景は不思議なものであった。彼女が着けていた大型ガントレットが一瞬粉々に崩れ散っていったかと思うと、その塵が再度集結して新たな形を形成していく。

 今度はさっきより小さいガントレットであった。


「ボルトアクション、ライトパッケージ」


 声と共に彼女のガントレットから、なにか箱のような物が排出された。それは空中で塵になりながら消えていく。


「シュート」


 ズバァン! と空気を裂くような乾いた音が響いた。

 ゆゆこが構えた手のひらから、青白い稲光が衛兵に向かって伸びる。イナズマを受けた衛兵が倒れた。


「だから手加減!」

「大丈夫、気絶する程度の威力にした」


 ガントレットのまま、俺に向かってブイを作ってみせる。

 横でチルディが笑った。


「やりますね、ゆゆこちゃん!」


 そのチルディはというと、集まってきた衛兵たちを、片手で掴んでは投げ、掴んでは投げしている。ポイポイ、と宙を舞う衛兵たち。「ギャー」とか「うわぁ」とか声を上げながら、チルディが近づくと逃げるものさえいた。


「ちーちゃんも、やるね」


 二人は顔を合わせて互いを褒め合う。

 その間、カーミラはというと、迫りくる衛兵たちの身体に触れて歩いていた。


「うーん、久々の生気は美味いものだな」


 触れられた者が、パタリパタリと倒れていく。

 俺が驚いてカーミラのことを見ていると、視線に気づいたらしく解説をくれる。


「これは生命力吸収ドレインライフ。大丈夫だ、一週間も寝てれば起き上がれるようになるよ」


 部屋の中に溢れていた衛兵たちの数がみるみる減っていく。


「ば、ばかな……! まさかここまでとは……」


 エクレイン領主は驚愕の表情を浮かべた。

 俺は少し申し訳なくなって、同情的な気持ちで頭を下げる。


「なんかすみません。なんというか、これで懲りて頂けるのなら助かるのですが……」

「くそっ! 舐めるな!?」


 倒れた衛兵たちの身体を蹴飛ばしながら、大急ぎで部屋を飛び出すエクレイン領主。


「ここで逃がすと面倒だぞ!? 追えソルダム!」

「あ、ああ!」


 足元に横たわる衛兵たちに気をつけながら、俺も部屋を出るために走った。

 廊下には戦意を失った衛兵や使用人たちが立ち尽くしている。

 彼らの合間を縫うようにして走り、エクレイン領主を追った。


 エクレイン領主は中庭に出たようだ。

 俺も中庭に出て――驚かされた。


「はーっはっはっは、ここまで追ってきたかソルダム! ならば見せてやろう、太古のチカラ、巨大な魔法人形マギアドール『ゴーレム』のチカラを!」


 そこには五メートルを超える、ずんぐりとした異形のヒトガタが立っていた。

 身体の部分が太く、腕や足が異様に細い。その割に手の平だけは大きいのだ。


「ゴーレム!? まさか個人で所有しておられるとは!」

「くくく、これがコネというものよ。元とはいえS級冒険者ともなれば、こいつの強さは身に染みておるだろうて!」


 ゴーレムは、主に超古代の遺跡を守っている魔法人形マギアドールだ。

 動く原理はわかっておらず、表面装甲の材質も謎。弾性と硬性を兼ね揃えた不思議な金属で覆われている。その装甲は剣も通らず魔法も跳ね返す。


 発掘されたゴーレムは、だいたい国の軍が持っていってしまうため、貴族であっても個人で所有している者などそうそう居ない。

 拙いな、盾もなく耐えていける相手じゃないぞ?


「いけゴーレムよ! 生意気な我が敵を打ち倒せ!」


 エクレイン領主が叫ぶと、ゴーレムの顔の中に光が灯った。

 一つ目が光ったのだ。これは起動を意味している。

 キュウゥゥン、という駆動音が全身から発せられた。


『コマンド・アクセプテッド、システム・グリーン、ウェポンコントロール・グリーン、コンバットレディ』


 ゴーレムが、なにか言葉を発した。

 意味はわからないが、剣呑なものなのだと言うことはわかる。

 なぜなら顔をキョロキョロと動かしたゴーレムが、俺の方に向いて視線を固定させたのだ。ターゲットが設定されたであろうことは、察しが良くない俺でもわかる。


 ゴーレムが歩いてきた。俺に向かって手を振り上げる。


「おおっと!」


 振り下ろされた拳が、勢い余って地面に穴を開けた。

 盾もなしに受けたら、これは即死だ。


 逃げ回る俺に、追いかけてくるゴーレム。それを数回繰り返していると、やがて俺は中庭の端に追い詰められつつあることに気がついた。こいつ、なかなか動きが計算されている。広い方向へと逃げようとすると、絶妙に反応をして退路を断ってくるのだ。


 俺を中庭の端に追い詰めたゴーレムは、動きを止めた。

 ゴーレムの前方に、マナが集まってくる。いかんな、大技がくるぞ!?


「ソルダムさん!」


 そのとき名を呼ばれた。中庭への入口から現れたゆゆこが、俺に向かって盾を投げてよこしたのだ。俺はその盾を受け取り、構える!

 構えたのと、ゴーレムの攻撃が行われたのはほぼ同時だった。

 まるでチルディのブレスのような光線が、ゴーレムの胸の辺りから俺に向かって照射される。


「うおおおおおっ!」


 盾で上空に向かって光線を逸らす俺。ゴーレムは照射をやめた。


「ちいっ、惜しい!」


 エクレイン領主が指を鳴らして悔しがる。そんな簡単にやられてたまるか。

 ホッとしていると、俺の前にゆゆこが走り込んできた。


「大丈夫ですかソルダムさん」

「助かったよ、盾がなかったらヤバかった」

「ここからはボクに任せて欲しい」

「いや、だが……!」

「平気、任せて」


 ゆゆこがゴーレムの正面に立った。

 そしてエクレイン領主の方を見る。


「エクレイン卿、今すぐゴーレムを止めるべき。せっかく教会から流してもらった戦力、無駄にする必要はない」

「止めてもいい! だがそれなら、その方は私のモノとなれ! それがこの場を収める条件だ!」

「それはできないんだ、ボクには目的がある。それに……」


 ゆゆこが俺の顔を見た。


「ありがとうソルダムさん。ボクのことで怒ってくれたって。その為にこういう事態になった、ってカーミラ・ウィルキナスが言ってた」

「いや、俺は……!」


 ゆゆこの事は切欠にすぎない。

 どちらかと言えば、祝福されもせずに生まれてくるであろう子供の境遇に怒りを覚えたのだ。


「そっか……、それでもボクは嬉しかった。うん、嬉しかった。だから急いでこちらに来た」

「あとの二人は? まだ戦ってるのか?」

「戦いはもう終わった。二人は倒れた衛兵たちを介護してる」


 ゆゆこの話を聞いて、いきり立つエクレイン領主。


「終わっただと!? まだ終わってない、このゴーレムが残っている!」

「エクレイン卿、あなたが教会の所有物であるボクを手に入れようとしたことは黙っててあげるから、これまで通りに教会に忠誠を尽くして。それが一番平和だよ」

「うるさい生意気な小娘が!」


 エクレイン領主が怒声を上げた。


「やれ! ゴーレム!」


 同時にゆゆこが呟く。


「システム・アームド」


 意味はわからないが、どことなく、ゴーレムが喋っていた言葉と雰囲気が似てる気がした。ゆゆこは続ける。


「エクスカリバー」


 光り輝く剣が、彼女の手の中に現れた。

 剣身が、大きく輝く。輝きはどんどん増していき、彼女が上段に剣を構えたときには五メートルを超える長さの大きな輝きになっていた。


 ゴーレムが再び前方にマナを集める。

 ゆゆこが巨大な光る剣を振り下ろした。集まったマナごと、その剣身がゴーレムをぶった切る。

 剣も魔法も通さないはずのゴーレムの装甲が、まるで柔らかい卵焼きのようだった。


「ば、ばかな……! 私のゴーレムが、こんな……!」


 エクレイン領主は呆然と立ち尽くす。

 こうして俺たちは、彼に『わからせた』のであった。



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