訪れる漆黒の闇

非難した山の上で何が出来るでもなく、時間のみが経過した。

携帯電話も繋がらない。


手にした携帯電話を握りしめながら、何度も母の連絡を試みる。

・・・ようやく繋がった!


「お袋、今どこだ?親父も一緒か?」

「あぁ・・・、2階に避難、して、なんとか無事。だけど、もう・・・」

「もう・・・?」

「水が上がって来て、階段がもう2段しか無いの・・・なんとか・・・」


ブツリ、と電話が切れる。ああ、こんな時に、なんて事だ。

掛け直すも繋がらない。

バッテリーも残り少ない。


どうする

どうする

考えろ

無事を知らせるべき人は、他に誰がいる?


そうだ。

共に歩む事を誓った相手がいるじゃないか。

そう思い、ひと月前に入籍し、札幌で暮らす妻に電話を掛ける。


無事を報告し、簡潔に状況を報告。

妻実家の方にも連絡がつかないらしい。

そう言えば、義両親は仙台港のフェリー埠頭に向かうと言ってなかったか?


チクショウ、状況把握が出来ない。

とにかく情報が欲しい。


焦る気持ちが体を動かそうとする。

一刻も早く、親父とお袋のところに行かなければ。

多少水が来てもなんとか行けるはず。



山を下り、橋を渡って実家に行く旨を伝えると、予想外の反応が返って来た。


「お願い、行かないで。この先の未来を考えて」


「・・・・・・・」


しばしの沈黙の後、回答する。


「・・・わかった。だけど、津波が収まったら実家には行かせてくれ」


「・・・うん。わかった。気を付けてね」


・・・親父、お袋、すまねぇ。

   恨み言は墓の中で聞くよ。悪いけど自分の未来を取らせて貰うわ・・・



妻との会話を終えると、水の音が低くなったことを確認し街へ下りる。

そこにはまるで映画のような光景が広がっていた。


漆黒の闇夜に浮かび上がる、泥と瓦礫。

商店街に並ぶ店舗はガラスが割れ、路上には何台も車がひっくり返っている。

アーケードの柱は曲がり、どこからかバチバチと漏電の音が聞こえていた。


想像を超える状況になった時、人間は冷静になるものだ。


どこからか流れてきていたパイプを手に入れ、

瓦礫と化した車から発煙筒を何本も失敬する。

簡易的なトーチを手に、職場近くの駐車場に向かった。


途中立ち寄った職場に避難していた女性を見回りの市職員に引き渡す。

洗濯機の中状態と化した1Fのオフィスフロアから自分のデスクを探し、

泥の中からなんとかバッグを見つけ出す。

よかった、鍵も財布も無事だ。


職場に突き刺さったパトカーからも発煙筒を失敬し、泥の中を駐車場に向かう。

周辺より高い場所にあるとは言え、間違いなく水が入り込んでいるだろう愛車は、

フロアマットがビシャビシャになってはいたが、何とかエンジンが掛かった。


携帯の充電手段として車のバッテリーを守るため、少しでも高いところを探す。

道中、自宅方面へ向かっていた上司と同僚を見つけた。

水が多過ぎて先に進めなかったようなので、そのまま車に乗せる。

「泥だらけだから」なんて言ってないで、いいから早く乗ってくれ。


石巻駅前の歩道橋をバックで登らせて駐車し、そのまま隣の観光協会へ避難。

中には協会のスタッフさんをはじめ、何人か避難してきた方々もいた。


訪れる漆黒の闇。

パーテーションで囲った中心にストーブを置き、車座に座る。

長い長い夜が始まった。

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