Chapter 5 ●ベイル海峡➡️バリアントシーグルへ

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           ダイビング・コミュニケーション

水中でのコミュニケーション方法は、その深度によって3つの手段がある。

まず0〜200ファゾムまでのエリアでは、ワイヤレス・インカムによる無線交信が可能である。

200ファゾム以下になると、(海域によって多少異なる)水中微粒子・マリンスノーや、重圧力による電波障害が起こるため、おもにPCCBスーツのワードプレートを使用することになる。ワードプレートはスーツの6箇所にあり、どの方向からも確認出来るようになっていて、マイクロコンピュータコンソールの、キーボードによって制御する。いわゆる(多方向対応型メッセージボード)である。

だが、この方法も深度300ファゾムあたりで必要レベルの露出光量が不足し、使用不可能になる。

したがって深度300ファゾムを以下では、“第3の手段”すなわち、きわめて古典的なハンドサインに頼るほかなくなる。

このような理由から、特に300ファゾムを越えるダイビングを難易度の高いダイブとし、Jランクダイブと呼んでいる。

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 圧力カプセルは中央の一部を除き、70パーセントが超耐圧クリスタル樹脂でできていて、水中が360°見渡せた。

 そのため閉鎖症的な圧迫感はまるで感じられず、そこに圧力の境があることさえ忘れさせるほど、ただ圧倒的な解放感があった。


 全表面積の大半が海洋部に占められたこの世界では、旧紀元から海であった部分をバドゥラドゥラ(古代パギラ語で絶海の意)と呼んでいる。

 そのバドゥラドゥラの北半球のほぼ中央に、東西1300kmに渡る裂け目がある。

 もし、衛星軌道上から正視すれば、それはまさしく地球が負った裂傷に見えるだろう。バリアント・シーグルやベイル海峡を含むこの辺りの海淵郡は、世界有数の秘境と呼ばれ、まだ多くの謎をひめていた。


 ダイシュナルは、圧力カプセルの水圧ゲージが30barに近づくと計器類を再チェックし、マリンジェットのエンジンを作動させた。

シュルルルルルルゥ——と、消音ノズルから微かな音をさせ、フワッと浮かび上がった。

「よし! 外洋水圧30barジャストだ。ハッチオープン、外洋へ離脱する」

 ダイシュナルはマリンジェットにへばりつき、直径1mほどのハッチから外へ飛び出した。女史もシー・ゴリラに手を引かれ、すぐ後に続いた。

 外洋の程よい海流にまかれ、3つの影は藍色の深みに向かって、潜行を始めた。

 ダイシュナルたちが、水中エントリーしてからわずか1〜2分たった時だった。海上から差し込むターコイズブルーの光が、突然サーモンピンクの輝きに変わった。

グルウッとひと声唸って、シー・ゴリラは水中停止し、手をつないでいた女史は一瞬バランスを崩して、あおむけになってしまった。

その途端、女史の視界に、“宇宙的”と呼ぶにふさわしい光景がひろがった。


「うわぁ! きれい」……という女史の声が、インカムを通してダイシュナルに伝わった。ダイシュナルもすぐに水上からの光線の異常に気づき、水中姿勢を逆転させ水面に視線を向けた。

 ダイシュナルの視界いっぱいに、サーモンピンクにきらめく巨大な帯が、複雑に絡み合いながら揺らめいた。微妙に色彩を変化させながら、オーロラのように明滅している。

 やがて、スーッと南西方向へ消えていった。

「ダイちゃん、なぁに? いまの」

「イカだよ。オレも見るのは久し振りだが……あの“足長さくらイカ”は産卵期になると、ああやって帯状の群れをつくり亜熱帯還流にのって温かい海域に移動していくんだ」

音のない浮遊状態……。

この第2の宇宙では、だれでも同じような神秘を体感する。

 感動と恐怖をふたつながら、あらためて感じつつ、女史はダイシュナルの後へ続いた。

「現在深度186ファゾム、水圧35bar……リーボス回虫のテリトリーに侵入する。コンプレッサーをスタンバイしろ!!」

 ワイヤレス・インカムから、ダイシュナルの声が響いた。

「OK!」

 女史は元気に答えると、巧みに水中姿勢を保ちながら、コンプレッサーを右手に構えた。2人は、レギュレターのマウスピースにコンプレッサーを取り付けた。

「よし! ブレスト深く、ゆっくりと……。コミント・システム(対異生物情報解析装置)及び、ムービング・キャッチ(水中レーダー)作動。コンプレッサー始動! エアー漏れに注意。コンソール確認、自分の水中位置を正確に把握しろ。これより、リーボス回虫テリトリーに突入する。360°全視界警戒体制をとれ。やつらは必ず死角から襲ってくる」

 マリンジェットを駆り、ダイシュナルは先頭をきって潜行した。

 彼の水深メーターはついに190ファゾムを振り切った。

 女史は、言い知れない不安と恐怖を押し殺し、シー・ゴリラと共にその後に続く。

 藍色の魔境は、更に色深く変貌していった。

 水深192ファゾムに差しかかったその時、マリンジェットに搭載したムービング・キャッチが反応を示した。

 圧力障害のためか、ノイズまじりの電子音声がダイシュナルのインカムに流れた。ジ……ジ……ジジ……海洋生命郡……緊急接近……ジジ……捕捉速度10ノット……ジ……ジジ……距離15……ジ……依然加速接近中……コミント・システム……ニヨル解析ヲ……急ゲ……ジ………ジジジ

 ダイシュナルは、既にコミント・システムのスイッチをいれ、解析を始めていた。

 すぐにその解答が、マリンジェットのフロントモニターに表示された。

「くそ! やっぱりリーボス回虫だ……」

 リーボス回虫は、ダイシュナルの予想をはるかに越えた酸素探知能力を備えていた。

 解析結果を示すモニターには、明らかに2人の発散する酸素への牽引反応が表れていた。しかし、現に起こってしまった状況を元に戻すことはできない。

 危機は、すぐそこに迫っているのだ。

『現在位置:水深193ファゾム。リーボス回虫との接触まで6分……この短時間でテリトリーを脱出するような急潜行は不可能だ』

 ダイシュナルの頭脳はめまぐるしく動いた。

 時間にすれば一分と経たないうちに、彼は少しは見込みのありそうな方法を見つけ出した。酸素だ……と、彼は考えた。自分たちが吐き出す酸素から、リーボス回虫の注意をそらせればいい。どこか———そう、自分たちとは逆方向に、大量の酸素を発生させるのだ。時間稼ぎにしかならないかもしれない。が、何もせずにリーボス回虫のまっただなかに入り込むよりはマシだ。

 次の瞬間、ダイシュナルは、女史を呼び寄せていた。

「あんたの緊急エアタンクを貸してくれ。説明は後だ!」

女史のエアタンクに自分の分を接続し、セミアクティブ・ホーミングの弾頭に取り付けた。「よし、距離3000、ターゲットは南西の海底火山壁」

コンソールを通じ弾道を設定すると、ダイシュナルはすかさず発射した。

 ミサイルは急接近するリーボス回虫の鼻先をかすめ、反対側の火山壁に命中した。

 微かな水中振動が、3000メートル離れたダイシュナルたちにも伝わった。ダイシュナルは、食い入るようにムービング・キャッチのモニターを見つめている。

「どう?」

 女史も心配そうに、画面を覗き込んだ。

 一瞬の沈黙のあと、リーボス回虫を示すモニターの赤い点滅は、徐々に南西方向へ移動を始めた。

「成功だ! やつらまんまとひっかかったぜ」

 ダイシュナルと女史は、ガッチリと手を組み合わせた。

 ただシー・ゴリラだけが何事もなかったように、ゆったりと2人の回りを回遊していた。「よし、今のうちに200ファゾムまで潜行する。スピードアップだ、早いとここのやばい海域から脱出しちまわなきゃ」

 ダイシュナルは、再びマリンジェットのアクセルを全開した。

もちろんムービング・キャッチのモニターを睨みながらの、急潜行である。

リーボス回虫がこの偽装に気づき、いつUターンしてくるかわからない……依然緊迫した状況は続いているのだ。

 視界はすでに非常に悪く、2人はマスクを赤外線モードに切り換え、さらに音波ソナーを併用していた。そして深度200ファゾムを越えると、ワイヤレス・インカムも不能となる。そうなれば、ダイブランクはGランクとなる。

『海洋実験程度のキャリアしか持たない女史が、はたしてついてこれるだろうか?』

 ダイシュナルは改めて、トーキンが自分にとって最高のバディペアである事を、痛感した。

『ヤツを失うわけにはいかない。そのためにも、なんとしてもこのダイブを成功させなくては……』

 ダイシュナルは、レギュレーターをかみしめた。


 深度197ファゾム。依然リーボス回虫は追ってこない。『どうやら回避できそうだ……』ダイシュナルがそう思った時だった。

 後をついて来ているはずの女史の声が、途切れ途切れにインカムに響いた。

「……ダ……ダイ……ゃん……シ……ちゃん……が……動かな……なっちゃ……たの…」

ダイシュナルは、急いでワードプレートにメッセージを流した。

直接思考をメッセージに変換してプレートに表示するため、あっと言う間に文字が現れた。

“どうした! なにが起こったんだ? インカムはもう無理だ使うな、ワードプレートに切り換えろ。こっちの指示が確認できたら、プレートにOKサインを出せ!”ダイシュナルの赤外線マスクは、暗闇の中に“OK”の赤い文字を捕らえた。

 その文字は2ファゾムほど上で、不安定に揺らいでいた。

 浮上接近すると、女史とシー・ゴリラの揉み合う姿が、ダイシュナルの赤外線マスクに浮かび上がった。

 ダイシュナルはプレートを使って話かけた。

“どうしたんだ? いったい”

 女史は暴れるシー・ゴリラを、どうにか取り押さえようと必死になりながら、メッセージを返した。

“わからないわ……、なにかに脅えてるみたいなの……これ以上潜ってくれないのよ”

 ダイシュナルは深度計に目を走らせると、レギュレーターの奥でチッと舌を鳴らし、すぐに答えた。

“しかたない、置いていけ! 今はとにかくリーボス回虫のテリトリー

から出なきゃならない。

 ゴリちゃんは鰓呼吸してるから、酸素による牽引は避けられるはすだ。

 だが、オレ達にとってここは危険すぎる、あと5ファゾムで脱出できる。それから対策を考えよう”

 ダイシュナルは、女史の手をグイッと引っ張った。

 しかし、女史はフィンをばたつかせ抵抗する。

“いや! 嫌よ……シーちゃんを置いて行くなんて。シーちゃんがリーボス回虫にやられないって保証はどこにもないわ……シー・ゴリラがリーボス回虫に襲われた症例は、今までに幾らでもあるのよ”

 女史は、マスクの下の大きな瞳に涙をうかべ、すっかり取り乱していた。


『——もう何を言っても聞きそうにないな……』

 ダイシュナルは、そう思ってついに実力行使にでた。

 あばれる女史の腹部に、ひじてつを一発かまし気絶させると、女史のレギュレーターを口から外れないように固定し、ヴァルブのモードをオートブレストに切り換えた。

(これは、パニックに陥ったダイバーを救助する時に使われる、レスキューテクニックの一つである)

 ダイシュナルは、彼女の頭を右手でしっかりヘッドロックすると、左手でマリンジェットのアクセルを全開した。

———その時、再びムービング・キャッチに反応が表れた。

……ジジ……海洋生命郡……再接近……ジ……ジジ……捕捉速度  ……20ノット……距離……10……ジ……殺意アリ……危険……ジ……緊急回避セヨ……ジジ……


『なに! ついに気がつきやがったな…現在位置 196ファゾムか、

くそっ!フォースアウトのタイミングだ』

 ダイシュナルは、コンソールの深度計とムービング・キャッチの点滅を、せわしなく見比べながら200ファゾムを目指し急降下していった。

———暗闇にシー・ゴリラを残して……。


ジ……ジジ……距離……1000メートル……回避セヨ……回避……セヨ……ジ……ジジ

『ちくしょう! わかってるって、今やってるんだ』

だが女史を抱えているぶん、マリンジェットの速度は思うように上がらなかった。

 背後から、シャワシャワというリーボス回虫の水切り音が迫ってくる。

『深度198ファゾム……もう一息だ、ガンバレ!』

…ジ……ジジ……距離600……ジジ……

『199……』

……ジジ……距離200……ジ……回避不能……回避不能……接触スル……ジジ……

恐怖が、ダイシュナルの背筋を貫いた。


ガクン!!


 最初の一匹が、マリンジェットのブースターに飛び込んだ。

『クッ!』

 片方のブースターをふさがれ、マリンジェットは急激な右旋回を始めた。

ダイシュナルは、ものすごいGを受けながらそれでも潜行を続け、女史を離さないように右手にいっそう力を込めた。

次の瞬間————————

 キリモミするダイシュナルの目の前に、蛍光グリーンの半透明のボディをしたリーボス回虫の一群が現れた。

『はさみうちか……どうあってもテリトリーから出さないつもりだな』

 ダイシュナルは、無意識のうちに左手のハンドルに付いているMH250水中マシンガンのトリガーを引いた。

 急旋回しながら発射されたマシンガンの弾丸は、気が狂った打ち上げ花火の火の粉のように、そこらじゅうに飛び散った。

 オレンジ色の閃光が、四方八方で輝いた。

 それでもその閃光をくぐり抜け、何匹かの回虫の触手がダイシュナルの体をかすめていった。


ジジ……210ファゾム……危険ハ回避サレタ……ジ……ジジ

 ムービング・キャッチのノイズ音で、ダイシュナルは意識を取り戻した。

なぜか、体じゅうにフワフワしたスポンジのような感触がする。

 マスクをトントン指で弾くと、接触不良になっていた赤外線モードが再び働きはじめ、ダイシュナルは視界を取り戻した。

 どうやら、岸壁に張り付いた巨大な海綿生物に突っ込んだらしい。

 まったくの偶然だった……まさにこの海綿が、ショックアブソーバーの役割をはたしてくれたのである。もしそのまま岸壁に激突していたら、2人の体はおそらくバラバラに砕けていたことだろう。

 海綿生物は2人の命と引き換えに、マリンジェットとの衝突のショックで、すでに事切れていた。

 かたわらに横たわる女史も、しばらくして意識を回復した。

 ダイシュナルはそれに気づくと、レギュレーターのオートブレストを解除し、彼女を抱き寄せた。

“わたし……どうなったの?”

 まだ虚ろな目を半開きにして、女史はメッセージを伝えた。

“大丈夫さ、リーボスのテリトリーからは脱出できたよ……ほら、これをごらん”

 ダイシュナルは、コンソールの水深計を女史に見せた。

 女史は 210ファゾムを示すメモリを見て、一瞬ホッとした顔を見せたが、すぐにまた表情を曇らせた。

“シーちゃん……やっぱり置いてきたのね、心配だわ”

 ダイシュナルは少女をなだめるように、女史の肩をさすりながらメッセージを送った。

“あの状況では……あれしか方法はなかったんだ。きっと後からついて来るよ”

 俯いたまま女史は返した。

“ええ……さっきはゴメンなさい、どうかしてたわ……こんなことじゃもうBランクだなんて偉そうな事言えないわね。——それにしても

シーちゃんは、いったい何に脅えてたのかしら……私たちと違ってシーちゃんにとって、リーボス回虫はそれほど怖がる相手じゃないだろうし……”

“オレは、たぶんマリン・ローズだと思う。ヤツは本能的に、この下の海域に群生するマリン・ローズを感知したんじゃないだろうか……オレはそう思うな”

“それなら、私たちがバルチコイドでマリン・ローズを退治すれば、シーちゃんも安心して降りてくるかしら”

 ダイシュナルは、彼女の楽天的な考え方に少し呆れた。

———が、まあ心配しすぎてさっきのような興奮状態になるよりはマシだと判断し、その意見に同調することにした。

“そうだな……ヤツが本能で恐怖を察知しているいじょう、その対象物を撃滅すればおそらくこっちへ潜って来るだろう。あんたにあれだけなついていたんだからな……ゴリちゃんだって一緒にいたいはずだ。とにかくマリン・ローズの群生域(トンネルの入り口)までは目と鼻の先だ、いっきにかたづけちまおう”


 ダイシュナルは、マリンジェットを海綿生物から引き抜き、手早く各部のチェックをすませた。

 あの凄まじい戦闘から考えると、その損傷は驚くほど軽く、フロントノーズに傷がついた程度で、装備と操縦装置にはほとんど異常はなかった。

 作動不能になっていたブースターも、内側にへばり付いたリーボス回虫の死骸を剥ぎ取ると、元通りに作動するようになった。ダイシュナルは、気味悪そうにその焦げた死骸を捨てようとした。

 その時———以外にも女史がそれを取り上げた。

 女史はその焦げた固まりを、サンプルケースの中にポイッと入れた。

 ダイシュナルは面食らってメッセージを送った。

“まったく学者さんてのは、どーも変な物ばかり欲しがるな……。

だけど、その黒焦げじゃ晩飯のおかずにはならないよ……ちょっと焼き過ぎだ”

“あら、私は昔からステーキはウエルダンって決めてるくらい、焼き過ぎが好みなの……ごめんなさい、せっかくのご忠告ありがたいけど、これはいただいてくわ。けっこうイケルかもよ……この虫”

 女史は、ニタッと凄みのある笑みを浮かべた。

『まったく……このドクターはいったいどういう性格してるんだ。深度 200を越えて言える冗談じゃないぜ……よっぽど図太いか、それとも人並み外れたマインドコントローラーなのか……』

 ダイシュナルにとって学者という種族は、最も理解しづらい生き物に思われた。

 それに比べたら、未知の海洋生物のほうがよっぽどわかりやすかった。

 ダイシュナルは、マリンジェットのエンジンを作動させ、水中照明ミサイル(アクティブ・ホーミング)を一発、海峡の狭間に向けて発射した。

ヒュル ヒュル ヒュル と甲高い摩擦音をたて、細かい発光体が水中に充満した。

 200ファゾムを越え、海峡自体がかなり狭くなっているせいもあり、その光は四方を取り囲んだ深海珊瑚(ボトム・コーラル)の銀色の枝に反射して、眩いばかりにきらめいた。

“よし、これで10分は視界が効くぞ! マスクモードをノーマルに戻せ”

 女史は、ダイシュナルのボードを見ると、OKサインを出して了承した。

“現在位置…… 201ファゾム。これより海底トンネルの入り口まで、さらに2ファゾム潜行する”

 ダイシュナルと女史は、マリンジェットに2人乗りすると、今度はゆっくり慎重に潜り始めた。

 PCCBスーツの内ポケットから、バルチコイドを入れたカプセルを1つ取り出し、スモール・アスロックの弾頭にセットした。

銀色の世界の所々に、赤い部分が目立ち始めた…………

“マリン・ローズね”

 女史がそのうちのひとかたまりを指さした。

 ダイシュナルは頷くと、なるべくその赤い部分を遠まきにしながら、マリンジェットを沈めていった。————幸い今の所、種子を飛ばす気配はなかった。

“あれだ! あったぞ”

2人の斜め下方に、ポッカリと黒い穴が口を開けている。

———バリアントシーグルへ抜ける海底トンネルの入り口である。

“バルチコイドを発射する。ターゲットが近いから、水中振動が強いぞ!しっかりつかまってろ”


ドキューム……


 一瞬の衝撃波で、体が吹き飛ばされるほどのあおりを受けた。

 2人は、マリンジェットにしがみつくように身を伏せ、かろうじてその衝撃をかわした。しばらく珊瑚の粉が宙に舞い、視界を閉ざした。

 そして緊張して穴のあった方向を見つめ、珊瑚の粉が沈澱するのを待った。


———やがて、視界を取り戻した2人の目の前には、珊瑚をえぐり取られたトンネルの穴が、さっきの2倍の大きさに広がって表れた。

ダイシュナルは、トンネルの入り口がちょうど目の高さになる位置まで、さらに潜行した。そこで、だめおしの照明ミサイルを、もう一発トンネル内に打ち込んだ。


ピカ —————ッ


 マグネシウム発光体の青白い光りに照らし出されたトンネル内は、赤と紫のマーブル模様に見える。

それはまさに、赤いマリン・ローズを紫のバルチコイドが、分解してゆくさまであった。みるみるうちに、赤い色は紫色に染変えられてゆく……恐るべき生命兵器の浸食速度だ。トンネルの奥の方で、ダダダダッというマシンガンのような音がした。

 マリン・ローズが種子を拡散させ、最後の抵抗をしているのだ。

 しかし、その威勢のいい音も数10秒で沈黙してしまった。


 やがてバルチコイドは、トンネルの向こう側へさらにエサを求め、消えていった……。

トンネル内には、生き物の残骸すら残らず、ただ珊瑚の粒子がただようだけだった。

 照明ミサイルに映し出されたトンネルの構造は、ただ入り口から見るだけでも、かなり複雑に見えた。

なんの下調べもなくこの中に入れば、間違いなく迷い込んでしまうだろう。

 だが、充分なシュミレーションを繰り返した2人にとって、不安はかけらもなかった。

 トンネルの入り口を睨みつけるダイシュナル……

いっぽう女史の視線は、水上に向けられ、シー・ゴリラの影を捜していた。

 ダイシュナルは、女史にメッセージを送った。

“今は考えるな……そのうち追いかけてくるさ。とにかく先に進む……残りのエアーと潜水可能時間を考慮すると、それほどのんびりしちゃいられない。オレたちはリーボス戦で、既に予備タンクを失ってるしな”

 女史はメッセージを読み終わると、しおらしく頷いて答えた。

“わかったわ……ダイちゃんの言う通りよ。……今は先に進まなきゃね”


 2人はマリンジェットに乗り、いまだきらめき続ける横穴の中へ姿を消した。


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