そして僕は目を瞑り腕を突き出し集中した。

 今日は納品日だった。


 今回のお客様に頼まれたのは、これで三作目。個展とは違ってまた独特の緊張感でいっぱいになってしまう。


 完成した絵を、彼はじっと黙って見ている。


 怖え。


 ひとしきり眺めた後に、彼は僕に言ってきた。



「ところでキョンシーって知ってるかい」


「……急になんです?」



 もちろん知っているが、昨今聞かない単語に、一瞬戸惑う。


 何せ子供の頃に見ていたものだ。


 強烈なインパクトはあったから、ビィジュアルは浮かぶが、ストーリーは曖昧だ。


 それと、もちろん僕はそんな絵を描いていない。


 何の話だろうか。


 そこまで詳しくは覚えてないと言うと、彼は思ってもみない話をしてきた。



「どうやって飛んでいるか、知ってるかい?」



 確かにキョンシーは飛ぶ。だが、どちらかというと跳ねていたような。


 思い出そうとするも、札と腕を前に伸ばしたポーズのインパクトで、どうも足元の記憶はぼんやりしている。


 なんというか、薄いペタペタの靴を履いていたような。



「どう…やってですか? 膝は…曲がってない…ような…足裏のバネを使うとか?」


「違うね」


「違うんですか…」



 今日の顧客はちょっと変わった人だった。


 宗派は知らないが、お寺の方。なのにムーとかバーンとか読んでる人だった。


 いや、それは偏見か…


 というか、絵は気に入らなかったのだろうか。


 というか、何の話だろうか。



「実はキョンシー、関節は使えないんだ」


「使えない…使わないではなく…ああ、死体だからですか?」



 死後硬直的な?


 そういえば固まってるのにどうやって飛ぶんだ? というかそんなこと言ったら腕も突き出せやしないか。



「そうだね。でもそこじゃなくてね。三魂七魄って知ってるかい?」



 さんこんななはく?


 なんか難しそうな話が出てきたぞ…


 というか、なんかお札貼ったら止まる、剥がす、暴れる、ぎゃーみたいな話じゃなかったっけ?



「…そんな難しそうな話なんですか?」


「まあ、難しいというか、今言った魂と魄を失っているのが死体の状態でね」


「…コンとハク…ですか」


「そう。それは人を構成する要素でね。魂、すなわちタマシイのことで、これは三つあって、その内の二つ欠けると死ぬ。魄は身体でこれも七つの内四つ欠けると死ぬ。それが人って考えなんだ」


「はあ…」


「その魂と魄のどちらかが欠けると死ぬわけだけど、キョンシーで言えば魄は無事で、魂だけを失った状態と言える。そこにお札で他人の魂をインストールして動かす」


「え? あれ本人じゃないんですか?」


「そうだよ。あの元の死体は要はロボみたいなものでね。お札はまあプログラムみたいなもので、ガチャガチャ動かしてるんだ」



 そんな設定あったの?


 というか全然興味ないんだけど…コンパクは気になるけども。



「へー…って、じゃあお札ってAIみたいなものですか?」


「うーん、まあそんな感じ」



 本当かなぁ…



「そして飛ぶなんだけど」


「あ、そうそれ。なんで飛べるんですか?」


「あれは反発みたいなものだよ。地面を押してその反発で飛んでいる」



 また何かわからない話をされたぞ…


 つまりあれか? スケボーみたいな? BMXみたいなやつか?


 いや、あれも身体というか、関節のバネ使ってるのか。


 いや、どうだろう。


 あれ? なんだか出来る気がしてきたぞ。



「出来たら感動なんですけど…」


「やってみてごらん」



 僕は目を瞑り、息を吸い、膝も足も曲げず、ただ地面を押すような気持ちで立ってみた。


 腕はなんか恥ずかしいからナシだ。



「そう、いいね。7秒集中して。いーち、に──」


「………」


「……」


「…」



 ピロン。



「何撮ってんですか…」


「あははは。まさか本当にするなんて」


「え…? 出来ないんですか?」


「出来たら達人だよ。原理は言ったとおりだけど、言われたからって出来ないよね」


「なんですかそれ…」



 もう少し詳しく聞くと、ブワっと説明が始まった。


 道教についてだとか、実はコンシーだとか、あまりよくわからなかったが、どうやらお札には仙人クラスの達人の魂がコピーされていないとあの動きは出来ないし、三魂七魄的におかしいと言う。


 ていうか、何の話?



「や、君の絵を見て魂が抜けそうになったからね。君の魂をキョンシーにでも入れたら死後も描いてくれそうだなって。もちろん創作の方のだよ。関節曲がってるし。あははは」


「…お寺の人が怖いこと言わないでください」



 どうやら褒めてくれていたようだ。


 普通に褒めてくれよ!


 何故キョンシーからそれに繋げたのかわからないと言うと、どうやら仏教において宗派ごとに性格があり、仕方ないと言いだした。



「僕のところはむっつりだからさ。みんなそうなっちゃうんだよ。あ、これで何宗かバレちゃうね」



 そう言って満足して帰っていった。



「いや、多分誰もわからないのでは…」



 僕は一人工房で呟いた。


 というか、宗派にむっつりとかないと思うが。


 やっぱり変わった人だな。


 まあでも、とりあえず無事納品出来た。


 毎度の事ながら納品日は精神的にくるものがある。


 ちょっと休憩したいが、キョンシーだ。


 さっきは一人じゃなかったからさぁ。


 なんかこう、いけるんじゃないかってさぁ。



「もう少しこう…力を縦に…ぬはーって感じで…」



 いろいろと考えながらやってみる。


 でもこれは、子供の時にしたであろうその頃を懐かしむためなのかも知れないな。


 そしてそれは緊張を解くために、彼が説いてくれたのかもしれないな。


 何せ、自然と笑みが溢れていたのだ。


 それに気づきまた笑う。



「ははっ、やっぱ飛べないよな…いや、腕が足りないのか…?」



 僕は、手を突き出し目を瞑り集中してみる。



「……」


「…」


 ピロン。



 そして僕は、妻にその様子を撮られていたことに、今度は気づかいくらい集中していた。

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