《 第5話 距離感バグってる 》

「さっきから臭いを気にしてるから安心させてやろうと思って。臭くなかったぞ」



 そう言って廊下に出る春馬を、ボクは呆然と見送ることしかできなかった。


「おかしい……おかしすぎるよ……」


 ボクの脳内は疑問符でいっぱいだ。


 今朝からずっと戸惑ってばかりな気がする。


 だってそうでしょ? 昨日ちゃんと女子だとカミングアウトしたし、春馬は信じてくれたのに……なのに肩を組んできたり、抱き寄せてきたり、おっぱいの話を振ってきたり、トイレに誘ってきたり、挙げ句の果てには女子が脱いだばかりの制服を嗅ぐなんて……。


 春馬、ちっともボクのこと意識してくれてないよ!



「ボクはこんなに意識してるのに……不公平だよ」



 べつに春馬をおどおどさせたいわけじゃない。そんなつもりで性別を明かしたわけじゃない。そもそも最初は卒業まで隠し通すつもりだった。


 だけど、春馬のことが好きになっちゃったから……。


 それに新1年生のなかには女子もいるし……。


 春馬がほかの女の子に興味を持つんじゃないかと心配で、その娘と付き合うんじゃないかと気が気じゃなく、打ち明けようと決意した。


 わかってたけど、性別を打ち明けたとき、春馬はすごくびっくりしてた。いままでみたいに仲良くしてほしいと伝えると困ったような顔をされて……気まずい雰囲気のまま別れることになって……あぁ、もう二度といままでみたいに楽しく過ごすことはできないんだと覚悟した。



 なのに一夜明けたら、ものっすごいグイグイ来た。



 もちろんスキンシップが多いのは嬉しいけどねっ。


 いままでみたいに仲良くしてほしいと言ったのはボクだし、ぎくしゃくするよりは遙かにマシだ。これからもいっぱいボディタッチしてほしいとは思ってる。


 ただなぁ……。女子として見てほしかったから打ち明けたのに、あまりにもいつも通りすぎるんだよね……。


 もっとこう、ぴたっと指先が触れて『ひゃっ』『す、すまん。怪我してないか?』『心配しすぎだよ……』『心配するさ、女の子だろ』みたいなやり取りを期待してたのに、トイレ帰りに『うぇ~い(パイタッチ)』だもん。距離感バグってるよ。


 これってボクのために意識してないふりをしてくれてるのかな? それとも本気で女子扱いされてない?


 どっちだろ……。



「お待たせ~」



 春馬がマグカップを手に戻ってきた。


 今日は朝から頭のなかがぐちゃぐちゃだ。ココアを飲んで落ち着こう。


「ありがと~」


「立ってないでここ座ったら?」


「う、うん。そうだね」


 堂々とベッドに誘導する春馬。


 家にはボクと春馬だけ。ふたりきりでベッドにいるのに、全然ドキドキしてくれてない。


 ボクを女子として意識してるなら、そわそわしそうなものなのに……。



「ココアうめ~」



 なのに春馬はココアを味わっている。


 ココアうめ~、じゃないよ。ドキドキしようよ。これもう実質放課後デートだよ?


 ボクのこと、タイプじゃないのかな……。


「あ、あのさ。春馬ってどういう女子が好き?」


「んー……胸が大きい女子かな」


「そ、そっかー……ちなみに春馬の言う『大きい』ってどれくらい?」


「そうだな~……手に収まりきらないくらいかな」


 どうしよ。春馬の手、けっこう大きいのに……。これじゃぜったい収まっちゃう。


 だったら好みを変えてやる!


「へー。ボクは小さいほうがいいと思うけどなー」


「そうか?」


「そうだよ! ぜったいそう! 大きいサイズのブラジャーって種類少ないしっ! 服を脱がせたとき可愛いブラジャーのほうがドキドキするでしょ? それに大きいと年取ったら垂れそうだしっ! 長く付き合うならぜったい小さいほうがいいよ!」


 変態かボクは!


 男子にこんな話をするなんて……春馬に引かれちゃうよ……。


「小さいサイズ、ありだな」


 よかったー。引かれてないみたい。


「でしょ! ぜったい小さいほうがいいよ!」


「ただなー。小さいおっぱいって、あんまり見かけないんだよな。グラビアモデルもデカい娘ばっかだし。実物を見てみないことには小さいほうがいいとは言えないな」


「実物って……」


 ま、まさかボクに見せろってこと!?


 ううっ、どうしよ。興味を持ってもらえるのは嬉しいし、春馬とはいつかそういう関係になりたいとは思ってるけど、心の準備ができてないよ……。


「ご、ごめん。実物は見せられないよ……」


「べつに謝らなくていいんだが……」


 春馬も無理やり見ようとは思ってないみたい。


 よかった。春馬が理性的な男子で。


「でさ、ほかにないの? 好きな女子の特徴」


「もちろんあるぞ。まずはなんと言っても俺のことが好きなことだな」


 わっ、それ満たしてる! 春馬のこと大好きだもん!


「あと髪の毛もサラッとしててほしいな」


 やった! それも満たしてる! ちゃんとお手入れしてるもん!


「それと美人系より可愛い系のほうが好みだな」


 わーい! それも満たしてる! お婆ちゃんに『可愛いね』って言われるもん!


「あとは細かいかもだが、身長差は15センチくらいがいいな。それくらいだとキスしやすいらしいし」


 きたーっ! ボクは159センチ。春馬とちょうど15センチ差だ。好きな女子の特徴を箇条書きすれば=ボクだ。


 これ遠回しにボクのこと好きって言ってるんじゃ……。


 ドキドキしていると、春馬がため息を吐いた。



「問題は、そういう女子が身近にいないことだな」


「ええ!? そういう女子、身近にいないの!?」


「いないだろ」



 いますけど!? あなたのすぐお隣に! キスくらいならいつでも許しちゃう女の子が!


 条件完全一致の女子が真横にいるのにこの発言……まさか本当にボクを女子として見てないってこと?



「あ、あのさ、深い意味はないんだけど……春馬って、ボクのことどう思ってる?」


「最高の男友達だぜっ!」



 そのものズバリの発言だーっ!


 完全に女子扱いされてないよボク! がっつり男子のカテゴリに入っちゃってる!そこから抜け出したくてカミングアウトしたのに!


「これからもよろしくなっ、親友!」


「う、うん。よろしくね、親友!」


 大切に思われてるのは嬉しいけど……


 いままでみたいに仲良くしてほしいとは言ったけど……


 少しは異性として見てほしいよぉ!


「ココアうめ~な」


「美味しいねぇ……」


 男子扱いが衝撃的すぎてココアの味は感じなかった。

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