4月2日:沢山あるの。やりたいこと

今日は朝から母さんの代わりに家の事をしなければならなかったので、遅れて病院へ向かう

午前十時。今日もまた、俺の習慣はここから始まっていく


「羽依里、好きだ。付き合ってくれ」

「嫌」

「そうですか・・・」

「・・・今日は手を変えて、久々の開幕告白。勢いに任せても無駄だからね。うっかり「はい」なんて言わないんだから」


やはりもうこの手は食わない

もう何年もやってきた。既にネタ切れ感がある。そろそろバンジージャンプ告白にも手を付けないと羽依里が飽きてしまうかもしれない


「・・・何か馬鹿なこと考えているような気がするから言わせてもらうけど、どんな手段を用いても、私は悠真をはじめ、生き物からされる告白は絶対に受けないからね?」

「なんで」

「だって・・・私、長く生きられないでしょう?幸せな時間は一瞬。告白なんて受け入れたら、悠真を必要以上に悲しませちゃう」

「それでもいいよ」


「なんで。私が死んだら悲しくなるでしょ。悠真は人一倍泣き虫なんだから」

「何年前の話だよ・・・でも、羽依里。俺は、羽依里の気持ちが一番大事だと思う。俺を悲しませるから、嫌だって言い続けるんじゃなくて、羽依里の思いできちんと向き合ってほしい。我儘かもしれないけどさ」

「ごめんなさい・・・それでも私の考えは変わらない。五十里悠真いかりゆうまの告白は、私が死ぬまで空振り続ける。何があっても嫌だとしか言えない。だからもうこんな無駄な事、辞めてほしい」

「やめないよ。羽依里が自分の気持ちを一番前に持ってくるまで絶対に」


「・・・そんなこと、一生ないんだから。早く諦めてよ」

「嫌だね。さて、羽依里。今日も退屈していると思ってこんなものを持ってきた」

「話の切り替えが強引すぎるんだから・・・。そこまで話の続きをしたくなかったの?ちょっと、話聞いてる?」


強引に話を切り替えながら羽依里の前にあるテーブルに俺はそれを置く


「普通の新品ノートじゃない」

「ああ。そうだ」

「新学期用のノートを買ってくれたの?ありがとう。代金払うから、いくらだった?」


羽依里はテレビが置いてある棚の戸から、入院する前に持ってきたであろう鞄を取り出し、そこから財布を取り出す

くっ・・・やっぱり金持ち。鞄や財布とか普段使いのものから高級感が伝わってくる


でもその高そうな財布の中には小銭が沢山入っている

ジャラジャラと音が病室に響く度、一気に庶民感が出て安心するのはなぜだろうか

・・・今度、コインケースでもプレゼントしようかな


「って・・・違う!」

「?」


先程、羽依里に手渡したノートは勉強に使うものではない

私用に使うためのノートで、俺からのプレゼントだ

いつもの流れで購入費を貰いそうになったが、貰ったらいけない


「学校生活に必要なものはちゃんと後日用意して、費用はおじさんに請求するから!それは、俺からのプレゼントだ」

「・・・へえ。ありがとう。でも、悠真の事だから何か思惑があるんでしょう?」

「そうそう。今年はさ、高校最後だろ」

「そうだね。ここに至るまで制服に一度も袖を通していないし、友達もいないけど・・・」


悲しそうに声のトーンが低くなる

一度も学校に行けていない。そして今の羽依里には俺以外の友達すらいないのだ


入院する前の小学生時代。羽依里には沢山の友達がいた

最初の頃は俺以外の誰かが必ずお見舞いに来てくれていたほどだ。同学年だけではなく、他学年、別学校に至るまで色々な関係性を俺は目の当たりにしてきた

しかし、時が経てば・・・その関係は薄く、細くなり切れてしまう

ボロボロになった糸のように、あっけなく切れてしまうのだ

今じゃもう、ここに来る同年代の人間なんて俺しかいない


後は、俺の両親と妹。羽依里の両親ぐらい。祖父母は亡くなっていると聞いている

羽依里の親戚はここに来ようともしない・・・羽依里はそんな限られた人間関係の中で生きている


一応、俺の妹である「五十里朝いかりとも」が同年代で同性の友達なのだろう。中学三年生で、俺達とは三歳差だが・・・同性で一番歳が近い子は誰かと問われれば真っ先に朝の名が挙がる

しかし、朝はなぜか羽依里を敵視し、両親が一緒に行こうと連れ出さないとここに自発的には来ない


「・・・羽依里」

「別に、寂しくはないの。毎日悠真が来てくれるし、お父さんとお母さんが沢山ぬいぐるみも買ってくれるし・・・」

「まあ、今のところ羽依里に友達がいない問題は置いておこう。登校できるようになれば、すぐに友達なんてできる。まずはこの調子で元気になる事。とても大事なところだ。二十年の宣告なんて吹き飛ばすぐらいに」


「そう、だね・・・で、このノートに何を書けばいいの?」

「そのノートは羽依里が高校卒業までにやりたいことを書くんだ。目標みたいな感じで」

「目標・・・」

「そう。例えば元気になって、学校に通うとか」

「そんな感じでいいんだ。高校卒業まで、なの?」

「それからも書いていいよ。羽依里がやりたいこと、全部書いてくれ」

「わかった」


「それ、全部俺ができる範囲で叶えて見せるから」

「・・・じゃあ、宇宙に行きたいって言ったら」

「が、頑張る!」

「無理しなくていいから。宇宙に行きたいとか思わないし、できる範囲で、やりたいこと・・・少し書いてみる」


棚の中から筆記具を取り出して、羽依里はノートの中にゆっくりと文字を書いていく


「とりあえず、これでどう?」

「ふむ。そう。そんな感じだ」


ノートの中には羽依里の可愛らしい小さくて細い文字で、彼女のとっさに思いついたやりたいことが書かれていた


「早速だけど、一つ目を成し遂げたいの。手伝ってくれる?」

「勿論だ。ええっと・・・まずは、一行目。このノートの名前をつける、か」

「お願い、悠真」

「ほとんど俺にぶん投げてないか?」

「気のせいだよ。それに、私はネーミングセンスがおかしいらしいから・・・」


確かに、昨日俺に投げつけてきたペンギン君の名前は「ペンちゃん」とか可愛い感じじゃなくて、何語だよってレベルでおかしい「ペンタゴロッデオ」が本名

羽依里が命名するネーミングは全部、何かしらおかしいのだ


他にも、とんでもネーミングなぬいぐるみは存在する

ネーミングセンスがおかしいことを本人が理解しているのが一番の幸運かもしれない


だからこそ、俺に名前を付けるのを頼むのか

・・・普通な感じで、いい感じの名前か

やりたいことを書くノート、つまりは、羽依里の最後の高校生活の青春を書くノート


「やりたいことノート、つまりは青春ノート!」

「青春ノート」

「そうそう。なんかいい感じだろ?」

「うん。いい感じ。じゃあ、この子は青春ノートに決定」

「パチパチパチ・・・」


無事に名前が決定したことをお祝いしつつ、拍手をする

それでは足りないと思い、声も足して微妙に盛り上がる感じを演出してみた


「他にも色々書くね・・・」

「ああ。どんなお願いでもどんとこい」

「まずは、退院する。家に帰る。学校に行く・・・」

「沢山あるなあ」

「沢山あるの。やりたいこと」


楽しそうにシャープペンを動かす羽依里の姿を見ていると、俺も楽しくなってくる

ノートの中にはあっという間に「やりたいこと」が埋まっていく

小学生の頃からずっとここにいるのだ。色々と抑圧していたのだろう


「我慢せずに書いてくれよ?足りなかったら、またノート買ってくるから」

「そこまで・・・あるかもしれないからよろしく」

「ルーズリーフの方がよかったか?どんどん足していけるし」

「さあ、どうかな・・・多すぎるのも、大変じゃない?」

「人生は少し欲張りな方がいいんだよ。お願いは多いほうがいい」


でも、区切りができるという点ではノートの方がいいかもしれない

十八歳になるまでのやりたいことは、このノートに

それ以降はまた別のノートに・・・そんな風にして行けたらと思うから


「よし、とりあえずここまで。久々に沢山書いて疲れたや」

「疲れたなら眠るといい。昼ごはんの時に起こすから」

「それじゃあまるで私がご飯大好きっ子みたい・・・」

「大好きだろ?」

「・・・大好き」


「特に、たまに出るぶどうゼリー、大好きだよな」

「大好き」

「もっと好きなものは、滅多に出ないうさぎさんリンゴ。大好きだよな?」

「大好き」

「俺の事は?」

「だいす・・・ん?」


さりげなく言わせる作戦はすぐに気が付かれ、羽依里の鋭い視線が俺に刺さる


「・・・なぜ、気が付くんだ?」

「そういうのはズルいと思う。うっかり言いそうになった」

「むう・・・それは、ん?」


俺のスマホの着信音が病室に響く


「羽依里、電話出ていい?」

「いいよ。でも、小声でね?」

「ああ」


部屋の主に許可をとって電話に出る

表示されている名前は「母上様」うちの母さんのようだ

ちなみにこの名前、母さんから勝手に編集された結果だ。息子のスマホを勝手に操作するな。プライバシーを何だと思っている


かつてはパスワードを覚えきれないし、操作も面倒だからとロックを掛けていなかったが、この一件以降、俺はスマホにロックをつけるようにした


電話帳の名前は、母上から母さんに戻そうと思ったことはある

けれど、なんだか変えるのも面倒だし、面白いからそのままにしている


「もしもし、母さん?」

『あ、悠真?羽依里ちゃんのところにいるんでしょ?帰りに肉まん買ってきて』

「なんで肉まんなんだよ」

『そりゃあ、肉まんの気分だからよ。お母さんとお父さんと朝の分。悠真のおごりね』

「はいはい。わかりましたよ。えっ、俺のおごり!?」

『気分が変わらないうちに買って帰ってきてね。気が変わったら全部悠真に食べてもらうから』

「なっ!?ちょ、母さん!?」


無茶苦茶な注文を一方的にした後、電話は切られる


「・・・羽依里、奴らの気分が変わる前に肉まん買って帰らないと何言われるかわからないから、そろそろ帰る」

「・・・そう。なんか、大変だね」

「ああ。ごめんな、羽依里。また明日」

「うん。また明日・・・」


羽依里は俺の背を見送り、俺は地獄に向かうような足取りで病院を出て行く

そして、病院を出てからコンビニにダッシュした


・・


悠真がおばさまの電話を貰ってから、急いで帰った姿を見送る

それから、少し休んで昼ご飯を摂った後、やりたいことの続きを書いていく


「色々あるなあ・・・海に行きたいとか、雪遊びしたいとか、修学旅行を追体験したいとか」


とりあえず、出来るか出来ないかを考えずに書き込んでいく

少々無謀なものもあるけれど、本当にいいのかな


「こんな突拍子もないことでも・・・悠真なら、叶えてくれるのかな」


我儘かもしれない。けれど、やってみたいことが沢山あるのだ

他にも色々書いてみる


「元気に、なりたいとか・・・当然と言えば当然かな。病気を、完治させたいとか」


当たり前のことも書いてみる


「バンジージャンプしてみたいとか・・・絶対に怒るかな。心臓止まっちゃうぞって。今は、拒否されるかもだけど、いつかってことで・・・」


いつか、で考える

八年間飽きずに毎日言ってくれるあの事だ


「・・・好き、か」


悠真も断る私の心境とか察してほしいのに、こっ酷く振っても毎日懲りずに同じことを伝えてくれる

本人曰く「昨日の俺より今日の俺の方が羽依里の事がずっと一番に好きだから、毎日伝える」らしい


八年間、色々な手段で一日も欠かさず告白する

嫌だとは言っているが、嫌ではないのだ。むしろ嬉しい

しかし「私」ではダメなのだ


・・・ねえ、悠真。一度でもいいから慎重に考えてみてほしいの。私が告白を拒否する理由


私じゃ、悠真を置いて行ってしまうでしょう?

悠真を、悲しませてしまうでしょう?

私は、大好きな貴方にそんな思いをさせたくない。それだけなんだよ


産まれた時からずっと一緒

だけど、一緒にこの世界で生きていられる時間は、同じではない

胸に手を当てる。今にでも止まりそうなほど、小さな鼓動を奏でる私の弱い心臓に一つだけ、願うのだ


ドナーが見つかるまで動き続けてほしい・・・せめて十八歳の誕生日までは動いて欲しいと願うのだ


まだ、ドナーは見つかる見込みがない

見つかったとしても、私はその時この世にいないかもしれない

それに、一昨日先生から言われたのだ

今年いっぱい、生きられたら奇跡だと


正直、悠真からやりたいことを書いてほしいと言われた時は驚いた。知っているのかって思ったから

お父さんにもお母さんにも話さないでと伝えたから、大丈夫だとは思うけど

でも、一つだけ言える事実がある

私にはもう残された時間は少ない。だから、一つだけ願うのは・・・


ノートの最後のページを開いてそれを書き綴る


「これで、悠真は追ってこれないかな。ここに書かれている事、何でも叶えるって明日悠真から言質取らなきゃ」


それだけじゃダメかな。言葉だけじゃ、制限は緩い

誓約書とか、用意して・・・おばさまたちにも預けて、私が死んだあと、後追い自殺しそうな勢いの悠真にちゃんと生きてもらえるようにしなきゃ

書いた文字を、指でなぞる


「・・・悠真」


産まれた時からずっと一緒。小さい頃から何をするのにも一緒だった特別な幼馴染


「・・・私、あの日の戯言、忘れたことないんだから」


本人には絶対に言わないし、言えないけれど

なんせ、私があと何日生きられるかわからないのだから

その想いには、応えられないのだから


沢山の思い出と、青春を作れる、最後の一年・・・それはゆっくりと、幕を開けた

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