素っ気ない同室者と白猫トリシャ


 入学式とクラスでの顔合わせが終わると、先生に引率されて今日からお世話になる寮へと案内された。寮は学校の敷地内にあり、外部と接触ができないようになっている。

 歩く道すがら、植物性の魔法生物が植木の手入れをしている姿を見かけた。大きな花の頭を支える茎部分に細い手足が生えたようななにかが、鋭い手先でチョキチョキ植木剪定している。

 なかなか奇妙な光景に映った。──あれだな、馬獣人が馬を飼育してる光景に似てる。


 還らずの森に生息する魔獣とは別で、国の保護下にある魔法生物。魔獣に似たものだが、還らずの森の魔素から発生する魔獣とは違って、魔法生物は自生、繁殖するものなので少し分類が異なる。

 魔法生物を使役する仕事もあるんだよね。いつかは私も動物のためになる仕事をしてみたい。魔力があれば動物と以心伝心できるんだ。もしかしたら植物ともできるかも。今度試してみよう。


「ここが一般寮だ」


 先生が指差した先に、赤いレンガで作られた建物。そこそこ古い建物らしいけど、味があって私は好き。貴族たちが使う特別寮は定期的に建て替えしてるそうだけど、そこは寄付金とかそういう事情だ。私達のような一般庶民は無料で学べる環境にあることをありがたく思わねば。

 それぞれ男子寮と女子寮で別れたら寮母さんとの顔合わせをして、そこで部屋割を説明される。


「共に6年間暮らすのですから、同じ魔法魔術学校の生徒同士、尊重しあい、規律を守って暮らすように。問題を起こした場合は何かしらの処置を行います。尚、男子を女子寮に入れないように。何かありましたら寮母室に来てくださいね」


 簡単な規則は寮の共通掲示板に貼付けているからそれを各自確認するようにと言われた。

 色々しているうちに時刻はもうすでに夕刻を過ぎていた。このまま寮内の食堂で夕飯をとるように言われて、新入生揃って食堂へ足を運んだ。



 私たち一般塔の生徒は2人部屋が基本なんだって。ドキドキしながら自分の部屋に割り当てられた場所に向かうとドアノブを回した。そぉっと部屋の扉を開けると、同室者は一足先に入室していたようだ。荷ほどきをしていた彼女がくるりと振り返り、私と目が合う。


「あ、あの、今日からよろしくね」

「…よろしく」


 同室の子はニーナ・プロッツェ。金色の瞳に赤褐色の髪の女の子だ。狐のような切れ長の瞳は鋭く、青白い顔は彼女を余計に冷たく見させた。


「こっちのベッドは私が使うから、あなたは左側よ」

「え? あ、うん」


 感情の色が見えない平坦な声で淡々と言われた私はぎくりとする。

 あれ、なんか……あまり仲良くする気がない感じ?


 会話らしい会話もなく、持ち込んだトランクを広げて荷物を整理している間もなんだか気まずい。私がもたもた片付けをしている間にプロッツェさんは大浴場へ一人出向いて入浴も済ませてしまっていたし。


 私も慌てて使用時間までにお風呂を済ませて部屋に戻ると、もうすでに彼女は床に就いていた。

 そして戻ってきた私にこう言ったのだ。


「私、夜早めに寝るタイプなの。明かりを付けてもいいけどあまり眩しくしないでね」


 同室者と語り合うとかそういうのも無いのかな。親しくする気はないという事なのか……そんなこと言われたらなにも出来なくなってしまう…仕方なく早々に私も布団に潜り込んだ。


 出発前にお父さんから友達を作れと言われて頑張る気でいたが、私は早くも心折れそうになった。

 どうせなら、イルゼと同じ部屋が良かったなぁ…



◆◇◆



 早く寝すぎたせいか、私は早めに目覚めてしまった。同室のプロッツェさんはまだ夢の中。寮内は静まり返っており、他の人もまだ夢の中なのだろう。

 いつもなら二度寝するけど、今日はすっきり目覚めてしまったのでそれはやめておこう。

 始業までは大分時間があるけど…せっかくなので敷地内を探検がてら歩き回ろうかな。



『うぅ……カラスの奴…今度会ったら覚えておきなさいよぉ』


 負け惜しみのような声が聞こえたのは、校舎前の花壇付近だった。誰かがいるんだろうかと辺りを見渡すと、白い物体がうずくまってなにやらひとりでブチブチ文句を吐き捨てていた。本来であれば白いふわふわの毛並みをしているはずのその体からはあちこち血液が滲んでおり、怪我をしているのがひと目でわかった。


「大丈夫!?」


 私はそれにすぐさま飛びつくと有無を言わさず使い慣れた「痛いの痛いの飛んでゆけ」を使用した。

 白い彼女は驚いて固まっていたが、私が治療していると理解すると抵抗せずに黙って受け入れていた。首輪が着いているからこの子は誰かの飼い猫だ。散歩しているときに何かしらの襲撃を受けたのであろう。


『もういいわよ、全部治った。ありがとね』


 彼女は私の膝から飛び降りると伸びをしていた。


『でもいいのに、私は眷属だから怪我はすぐに治るのよ』

「えっ、すぐに治る……?」


 この猫は何を言っているのだろう。

 今さっきの怪我はすぐに治るものじゃなかったぞ。少なくとも3週間はかかりそうな外傷だった。


『驚いた。あなた魔法使わずに私の言葉がわかるのね』


 白猫にとってはそっちのほうが驚きだったらしい。


「私は生まれながらの通心術士なんだって」


 呪文を唱えなくても、自由に動物達と意思疎通がはかれる才能だと、魔法魔術省の役人さんが言っていた。魔術師の才があっても、特殊な才能に目覚めることは稀で希少な能力なんだと教えてもらった。

 この能力で故郷では仲間外れにされていたけど、今では特別な能力を持った自分を誇らしいと思える。


「──おはよう」


 白猫と私しかこの場にいないと思っていたら背後から声をかけられた。ビクッと驚いて振り返るとそこには昨日の入学式で入学生代表で挨拶していたルーカス・クライネルトがいた。


「お、おはようございます…」


 私が挨拶を返すとクライネルト君はなにやらほっとした顔をして猫を見下ろしていた。


「それで、一晩中どこをほっつき回っていたんだ? トリシャ」

『ちょっと、不良娘を叱る親父みたいな言い方しないでよねルーク』


 そして彼は普通に白猫と会話をしはじめた。

 あれ……この人呪文使わずに話してる。


『この辺のシマを荒らしているカラスと決闘してたら返り討ちに遭って動けなかったのよ。仕方ないでしょ。それでこの子に怪我を治してもらったのよ』

「そうだったのか。僕の眷属を治してくれてありがとう、ブルームさん」

「えっあっいえ……」


 け、眷属、入学したばかりなのにもうその契約してるの? 学校で習ってもいないのに。

 私が困惑しているのに気づいたのか、クライネルト君は簡単に眷属について説明してくれた。眷属の契約についてなにも知らないわけじゃないけど、黙って聞くことにする。


「眷属というのは魔術師と契約した使役動物のことだ。契約を結べば、いつでも自由に意思疎通がはかれる」


 呼び出すこともできるけど、性格上それに応えない個体もいるとか。仕方ない、猫は自由だからね。だからクライネルト君は行方不明の眷属を探しに、早朝から辺りを捜索していたのだそうだ。


「なんかカッコいいね」


 もうすでに契約できるとか、クライネルト君すごいなぁと白猫のトリシャを見ていると、彼は今の説明に付け加えた。


「……ただ、相手の寿命や行動を縛ってしまうから、双方納得の上で、ってのを推奨するけど」


 術者の能力で怪我や病気に怯えなくていいし、寿命だって伸びる。だけどそれが逆に眷属にとって苦しめる原因になる可能性もある。術者と同じ寿命を生きることになるから……と彼は付け加えた。


「もしも術者が契約を破棄してしまえば、眷属だった動物はその時点で死ぬ。一生涯共にいられるという相手限定で双方納得の上で契約することをオススメするよ」


 そのことは知らなかったな。

 彼の説明を受けて私は眷属を作りたいという気持ちが萎んだ。動物達が苦しむことになるのならちょっとやだな。

 それにしても魔法契約とか難しそうなことまでこなして……何者なんだ彼は。


 クライネルト君は傍で見るとますます美形だ。私より小さくて、声変わりもしていない。物腰が柔らかいので、あまり男の子っぽくない。


 昨日女子寮の食堂で女の子達が彼の噂をしていた。

 彼はお貴族様ってわけじゃないけど、古くからずっと続いている魔術師家系の名家で、幾度となく叙爵されそうになったけどそれを毎回断ってきたのだという。


 優秀な魔術師を排出しつづける、研究や実験が大好きな変わり者一家。そして財を築き上げる才能持ちもいて、それらが功を奏しての資産家でもあるのだという。そんなお家なので、何かと縁を結びたがる貴族がいるが、ここ数代は市井からお嫁さんを引き入れているとかなんとか……

 なんで一般塔にいるのか不思議な存在である。爵位のある家じゃない平民身分だかららしいけど……向こうでも何ら問題なさそうに見えた。

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