左遷先から始まる神官奮闘記

マカロニピッツァ

第1話言葉が通じないなら暴力でわからせるしかないじゃない。

揺蕩う船の先頭で俺は腕を組み、水平線の先に映る陸地を万感の思いで眺めていた。


「お頭あ!陸ですよ!陸っ!よかった。俺ぁもうダメかと…」


「お頭じゃねえ!司教様と呼べ!」


 俺は出来の悪い部下を叱りつけたが、部下がそう言うのも仕方がない。


 あるかもわからぬ大地を目指して海に出たのが2か月前。以来一度も陸地を見ていない。


 しかも、発端が権力争いに負けての左遷だ。俺も正直死を覚悟した。


 しかし、だからと言って泣き言を漏らすわけにはいかない。俺はここのトップで周囲には教会とは関係のない船乗り達がいる。


 威厳を保ちつつ神官らしくあらねばならない。


 ごほんっ。


「これも神の御導き。神の御加護に感謝を」


 俺は空で十字を切り、祈りを捧げた。


 どうか生き残れますように……。


 祈りを捧げていると、この船の紅一点。護衛の少女剣士が船の先頭に出てきて俺の横に並んだ。


 「辿り着いたようですね。どうりで風が騒ぐわけだ……」


 結った長髪が風に靡く。水平線の向こうを見やりながら、彼女は呟いた。


 この少女剣士はいまだ14歳。


 多感なお年頃故、おかしな言動もみられるが、能力は確かだ。


 あるかもわからない場所への渡航の護衛などなかなか雇えない。教会の正式な大事業であれば別だが、これは俺の左遷だ。


 それなりに能力のある剣士で募集に応じたのはこの少女剣士だけだった。くすんだ金の長髪を後ろで束ね、脇に剣を佩いていてなかなか凛々しい。


 原則暴力禁止の俺ら神官は旅路にこうした護衛を雇わざるを得ない。


 例えどんな奴であろうとも…。


「ガイアが我に輝けと囁いている。ふっ、いいでしょう。それが我が宿命ならば」


「違うガイアはお前に働けと言ってる。着岸準備だ。行け」


 陸地を目にして高揚する少女に現実を教えてやる。


「貴様誰に向かって口を利いて…、痛いっ痛いっ!ごめんなさい!わかったっ!働くから蹴らないで!」


 そして数刻後、俺達の船は着岸し、上陸した。


 俺達はこれからこの地で神の教えを広めるのだ。





 陸には上半身裸の浅黒い褐色の肌をした蛮族共が集まってきていた。皆、むき出しのぶ厚い腕に白い絵具のようなもので紋様が施され、首には首飾りとして獣の牙のようなものが吊るされている。


 体格がやたらと良く、野性的で強そうだ。まさに蛮族。槍を手にしており、実に物々しい。


「お頭ぁ!お頭ぁ!戦いですか!戦いですか!いいでしょう。この我が皆殺しに…」


「やめろアホ!これから布教するんだ。殺すな。それと司教様と呼べ!」


 蛮族共の物々しい雰囲気にあてられて、興奮しだした少女剣士をなだめる。


 彼女は英雄志望の戦闘狂だ。護衛としては頼もしいが、今は邪魔だ。


「お前ちょっと下がってろ。待機だ」


「えー!なんでなんで!こんなにも我が剣は血に飢えているのに!」


「布教するっつってんだろ。まずは融和だ。おとなしくしてろ」


「ぬー。」


 不満気ではあるが、一応納得してくれたようだ。


 俺は蛮族共のほうに向きなおる。


 法衣と呼ばれる純白のローブを纏い、神の威を文字通り着ている俺は、部下たちの先頭に立ち、未開の蛮族共にありがたいお言葉をくれてやった。


「遥か西の地より神の教えを広めに参りました。フランシスコと申します。」


 教会で修めた演説法・発声法を駆使して呼びかけた。まだ自己紹介しかしていないにも関わらず、蛮族達はなにやら戸惑うような様子。眉を顰める者までいる始末。


 部下たちも不安を感じた様子で、声を潜めて問うてきた。


「これ言葉通じてないんじゃ……。」


「何をバカな」


 俺は部下の言葉を一笑に付した。


 俺達が信仰するアスワン教は唯一神たる神が世界と人を創ったとされ、言葉は、意思疎通が出来ず争う人々を見かねて神が与えたものとされている。そのためどの国へ行っても言葉が通じる。神の奇跡にして軌跡。神の偉業の一端だ。


 だからこそ信徒は布教の際、わざわざ言葉を弄して教えのすばらしさを説く。


 言葉が通じないという事は神の御威光を否定するに等しい。疑う事すら不敬。


 全く罰当たりな部下である。


 司教たる俺の部下なのだから彼らもまた神職の身である。教えを疑うとはとんだ生臭坊主だ。


「神を信じ、教えを守り、祈りを捧げれば、身体は頑強になり、傷は癒え、病はたちどころに治るでしょう。」


 両手を広げ、微笑みを浮かべる。


「アスワン教は誰にでも門戸を開いています。いつでもおこしください。」


 なお戸惑う蛮族達。急に来た異邦人からの言葉をすぐに信じることが出来ないのだろう。


 だが、宣教師として言うべきことは言った。


 ならば喫緊の問題がある。まだ衣食住の問題が解決していない。特に食物と水が必要だ。この地の責任者と話をしなければなるまい。


「ところでこの地の長はどなたになりますか?お話をさせていただきたいのですが。」


 俺が蛮族共にそう問いかけても奴らは特段の反応を示さない。


 黙って辛抱強く待つも事態は一向に進行しない。


 暫くすると一人の体格の良い蛮族が前に出てきて、大きな声でまくしたてるように告げた。


『――――――――――――――――――――――――――――――!!』


 ん?


「おい何言ってんだあいつ」


「だから言葉通じてないんすよ」


 そんなバカな。


「いやあ。大変なことになりましたね」


 部下が他人事のように言う。


「斬りましょう。殺りましょう。」


「ダメだっつの。」


 いきり立つ少女剣士。目が爛々としていて怖い。


『――――――――――――――――――――――――――――――!!』


 そうこうしているうちに先ほどの蛮族がまくしたてながらにじり寄ってきた。思わず後ずさる。部下も腰が引けている。そんななか、少女剣士はニコニコしながら剣の柄に手を掛けている。


「お頭あ。近づいて来ますよ。なんか怒ってませんかね。」


「お頭じゃない。司教様だ。怒らせるようなことしていないだろ。大丈夫だ。だから暴力は振るうなよ。」


「ぬー。」


 蛮族とはいえ現地人だ。俺達は教会からの任務でこの地で布教を行い、住民を教化しなければならない。暴力を振るってしまえば、教えを伝えるのに支障が出てくる。


 それにただでさえ、2か月の航海で物資が不足してしまっているのだ。現地人の協力は必須だ。こんな序盤で揉めるわけにはいかない。


「無茶言わないでくださいよ!槍持ってますって!穂先をこっちに向けてますよ!」


 部下の言う通り、近づいてくる蛮族は槍を構えてきた。しかもその背後には新たに槍を構えて向かってくる者達がちらほら現れ始めた。


「ちょっ!これやばいですって!」


 背後にいるその他大勢の部下達や船員達も動揺しているようだ。


 どうしたものか。教義上も状況的にもそう簡単に暴力を振るうわけにはいかない。


「落ち着け。」


 とりあえず、微笑みを顔面に張り付けて余裕をアピールしてみるが、状況は刻一刻と悪くなるばかり。


 気付けば俺の前方を半円を描くように蛮族が並び、こちらに槍を突きつけている。


 人員の配置上、真っ先に槍の脅威にさらされるのは俺だろう。


「落ち着いてください。暴力ではなにも解決しません。話し合いましょう。」


 ヘラヘラにこやかに笑いながら、蛮族を説得してみる。我ながら大した胆力だ。


 だが、どうやらそれが蛮族共を刺激してしまったようで、奴らは一斉に槍を突きこんできた。


 槍があらゆる箇所から俺の胴体に突き刺さった。痛いというよりも熱い。


 なんてことしやがる。


「がふっ…。」


「ひいいっ。」


「おおお。」


 血を吹き出す俺。慌てふためく部下達、船員達。そしてなにやら感心している少女剣士。


 ああ神よ。何故このような試練を俺に与えるのか……。


「だから暴力はダメだと言ってるでしょうがあ!」


 俺はそう叫び、奴らの槍を体から引っこ抜き、全員を槍ごと放り投げた。数メートル程飛び、地面に打ち付けられもんどりうつ蛮族達。ざまーみろ。


 奴らを放り投げたのは、距離を取る為だから暴力じゃない。俺はまだ暴力を振るっていない。


 野次馬と化した蛮族どもが驚愕に目を見開き、何事か叫んでいる。


 俺の腹にはすでに槍で出来た傷はなく、ただ法衣に着いた血痕だけが受けた暴力の唯一の証明だ。


「これが噂の神聖術…」


 少女剣士の声がする。


 これは神聖術による治癒というもので、俺は他者に比べて強力な治癒を扱うことが出来る。今の負傷も治癒により傷が塞がったのだ。


 痛いものは痛いが…。


 だが痛い目に遭ったからといってやり返してはいけない。


 俺だって神官だ。極力穏便に解決したい。


 言葉を用いて解決すべきなのだ。神から賜りし言葉で…賜りし言葉で……あれ?


「はっはー!見たか!この御方は司教にして宣教師。そして教会で唯一武力行使を許された聖務執行官の一人でもある!不死身のフランシスコたぁこの御方のことだ!」


 目の前の脅威が排除され、気が大きくなった部下が大音量でなんか言ってる。


「おとなしくしてれば痛い思いをせずに済むから神妙に…。」


「いや待て。」


 俺は部下の口上を遮る。


 そして放り投げた蛮族共に一歩一歩、歩み寄る。


「武力制圧する。」


 そう言いながら、大地に叩きつけられた槍持つ蛮族の一人の頭を片手で持ち上げる。


「キターーッ!!斬りましょう。殺りましょう。」


「え?いやだってさっきは暴力をふるうなって…。」


「状況が変わった。神は言った。『暴力を振るってはならない。なぜなら言葉があるのだから』と。つまり逆説的に、『言葉が通じないなら暴力で解決するしかないじゃない』ということだ。」


「いや、それ唯の屁理屈じゃ。」


「うるさい。だから状況が変わったんだ。俺の胴体串刺しにしやがって絶対許さねー。」


 そう言いながら俺は蛮族の頭を地面にたたきつけ意識を奪った。


「よし。もう後戻りはできん。ヤるぞ。」


「やたっ!我が剣の錆にしてくれる。」


「もう神官の言葉じゃないっすよ。」


「あの人、賢しらに話すクセに直情型なんだよな。」


 部下共と護衛がうるさい。だが無視して命令する。


「なあに何かあっても殺さなきゃまだ交渉の余地はある。命さえありゃいいんだ。命さえあればな。お前ら、全員生け捕りだ!一人も逃がすなっ!」


「俺らは司教様と違って聖務執行官じゃないから暴力はご法度なんですが。」


「責任は俺がとる!聖務執行官フランシスコの名において武力の行使を許可する!いいから早く行け!」






 そして数刻後、蛮族共を誰一人逃がすことなく捕縛した。


「誰も殺してないな。」


「安心せい。みねうちじゃ。」


 俺の言葉に少女剣士が答えた。


「お前の剣、両刃じゃねーか。」


「ふっ、剣の腹や柄で殴っただけの事…。」


 ドヤ顔を晒す少女剣士が小憎たらしい。


「全員猿轡噛ませましたよ。これからどうします。」


「奴らの集落まで連れて行って欲しいんだが、言葉も通じんし、どうしたもんか。」


「あ!」


「なんだ?」


 急に声を上げた部下。何かいい案でも思いついたかと聞いてみたが、関係ないことを言い出した。


「お頭そういや俺らの暴力の責任を全部とるなんて言ってましたが、いいんですか。というか責任とれるんすか」


「ん?ああ。俺が責任をもって暴力を振るった罪をもみ消そう」


「何言ってんすか」


「教会本部にバレなきゃ責任なんて追及されない。安心しろ」


「まあ、そりゃそうですけど」


「船員共は全員本土には帰さん。情報漏えいの恐れがある」


「鬼ですか」


 アホな部下を適当な冗談で煙に巻いて遊んでいると、何やらピーと妙な高音が辺りに響いた。


 音源を探ると捕らわれた蛮族の一人が地面に倒れ伏しながら、笛のようなものを口に咥えていた。すぐに部下達が駆け寄り笛を取り上げる。


「すみません。目を離した隙に。仲間でも呼ばれましたかね?」


「いや、大丈夫だ。仲間を呼んだなら状況が動く。正直手詰まりだったからな。幸運だった」


 などと話していると、すぐに一人の蛮族が近くの森から姿を現した。近辺で狩りでもしていたのか、獣の亡骸の入った網の袋を左手に持っている。


 その蛮族は捕らえた蛮族達よりも一回り以上、身長も体格も大きかった。


 裸の上半身に描かれた白い紋様は両腕から肩、背中へと及んでいる。首飾りの獣の牙は所せましと括りつけられている。頭にはハチマキのようなものが巻かれており、背中にまで達する長髪は後ろで束ねられている。オールバックというやつだ。右手には長大な槍を持っていて明らかに他の蛮族とは違う、特別な地位にいる者のようだった。


 捕らわれの蛮族共が口々にその蛮族に呼びかけている。


 何を言っているのか気になる。


「多分お頭のことを言ってんすよ。槍で刺されても死ななかったって。」


「明らかにビビってましたから。あっ!あのでかい蛮族、怪訝な顔してやがる!絶対お頭の事っすよ。」


 部下達がはやし立ててくる。イラッとしたが、言ってることには一定の信憑性がある。


 槍で貫いたのに死なない奴が居たら、そら怖いだろう。


「あのでかい蛮族、なんか物騒な顔してこっち来ますよ。あれお頭のこと見てません?ご指名みたいですから俺ら下がりますね。」


「えー。またお頭ぁ?我まだ戦り足りないのに!」


「まだお前じゃ無理だってあいつ強そうだぞ。お頭に任せようぜ。なあ」


「立ちはだかる強敵、覚醒する力、そして伝説へ…。はいっ!はいっ!はいっ!我が戦る!我が戦る!代わって代わって!」


「ちょちょちょ待て!待てって!だから無理だってお前ら手伝え、こいつさげるぞ!あ、お頭、あとはオナシャス」


 部下と少女剣士が何やら楽し気にじゃれている。緊張感というものがない。


 それに引き換え俺は眼前の蛮族に冷や汗を流している。本当に強そうだ。


 まだ距離があるというのになお感じるこの威圧感。ちょっとシャレになっていない。


 蛮族はこちらを睨み据えながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


 俺は戦いに備え、穴が開き、血まみれになった法衣を脱ぐ。


 下には神官服を着ていて腰には二振りのメイスが下げられている。


「これ、預かっとけ。」


 そう言って、法衣とメイスを部下へ投げ渡す。


「ぎゃー投げてきた!ぐぇっ!お、重い!というかメイスもですか!?いいんですか。」


「殺すわけにはいかんだろ。」


 強い相手に手加減は難しい。誤って殺してしまうかもしれん。殺してしまうと今後布教活動がしにくくなってしまう。ならば素手でやるしかないだろう。


 俺からも蛮族に向かって歩き始める。距離が縮まり、互いに同時に足を止めた。


 槍を構える蛮族。実に堂に入っている。


「はっ」


 俺はその様子を顎をクイッとあげ、口角を釣り上げて、鼻で笑った。


 安い挑発である。


 だが、多少の効果はあったのか、奴の顔つきが一層険しくなった。


 掌を上にして腕を前に突き出し、「おらこいよ」といわんばかりに指をクイクイと上下させる。


 するとデカい蛮族は構えを解き、槍の石突きを地面に突き立てた。ドスンと大きな音を立てて、槍は自立するほどに深く地面にめり込んでいる。


 槍から蛮族に視線を移すと、奴は額に青筋を浮かべながらも、どう猛な笑みを浮かべて、指をクイクイ。俺と同じ仕草をしていた。


 挑発に乗ってきた。素手で戦うつもりのようだ。


 俺も笑みを返す。


 これも神の思し召しだろうか。日頃の行い故だろうか。実に僥倖。


 挑発してみるモンだ。


 素手での戦闘であれば俺が圧倒的優位。何せ神聖術による治癒がある。


 それに神聖術にできることは治癒だけではない。俺ら神官には神の御加護があるのだ。


 いざとなれば色々とやりようはある。


 強そうでも所詮は蛮族、愚かである。


 我が挑発に乗り、素手での決闘を選んだこと、後悔するがいい。


 などと調子に乗ると大抵碌なことにならない。


 眼前の蛮族はぶ厚い胸の前で両拳を打ち合わせ、筋肉を雄々しく隆起させる。


『-----------------------------------------------------------------!』


 蛮族が何かを言うと、上半身に描かれた白い紋様が淡く、赤く、光を発した。それに伴い、奴の身体は更に隆起する。


 これはやばい。


 俺も負けじと聖句を唱えて加護を請う。


『身体能力強化』『腕力強化』『敏捷性強化』『柔軟性強化』『体力強化』『思考高速化』『衝撃緩和』『運気上昇』


 ゴッドブレスミー。


 神よ、我に加護を与えたまえ。


 そして強化された俺と蛮族は殴り合いを始めた。





 戦いは熾烈を極めた。


 白かった紋様から浮かぶ赤い燐光は常軌を逸した身体能力を蛮族に与えていた。素手であるにも関わらず、一撃一撃が致命の威力を有していた。


 手数こそ俺の方が多いものの、その膂力、腕力において俺は大きく蛮族に劣っていた。神の御加護をもってしてもだ。


 神聖術による治癒と加護、どちらが無くても死んでいたし、何回殺されたかもわからない。


 奴は強力な引っ掻きにより出血を強い、貫手の突きによりトドメを刺す。獣を思わせる動きとどう猛さを備えながら人の狡猾さをも併せ持った戦闘スタイルだった。


 予想の難しい動き、奴の抜きんでた身体能力と柔軟さが攻略を難しくしていた。


 殴り合いでは分が悪いと感じた俺は足技中心の戦術に切り替え、殴るときも肝臓のあたり、いわゆるリバーブローを中心に狙った。泥沼の耐久戦狙いだ。


 蛮族には足による攻撃の文化がないのか、酷く戸惑っていた。


「いけっ!そこだ!頭下がってきたぞ!目!目を狙え!目!」


「奴、足技に反応出来てないっすよ!なら膝で金的行きましょ!金的!」


 部下共が野次を飛ばしてくる。


 うるせえな。こっちは真面目にやってんだ。


 気付けば俺と蛮族を囲むように人の輪ができており、見世物のようになっている。


 人の輪の中に囚われの蛮族共もちゃっかり入っており、捕らわれながらも身を乗り出してなにやら声援を送っている。


 俺達の神聖な殺し合いに茶々いれてんじゃねえ!


 そう思ったところでふと我に返る。


 殺してはいけない。あくまで目的は蛮族共との友好。最低でも取引き出来る状態まで持っていくためのとっかかりになってもらわなければならない。


 そういう意味では、捕らわれの蛮族共も交えて輪を作り、野次を飛ばしあうのも悪くはない。


 血しぶき舞うこの殺伐とした殺し合いを、大衆娯楽としての喧嘩に陳腐化するのはかなり無理目だが、今までいくつもの不可能を可能にしてきたこの俺だ。今回も何とかしてみせよう。


「ごふっ。」


 別のことに気を取られ、注意散漫になっていたから、腹に風穴を開けられてしまった。


 ニヤリと笑みを浮かべる蛮族を見て思う。


 やっぱ殺そう。







 もうやだよ、痛いよ、しんどいよ。


 どれほどの時間が経ったかわからないが、俺と蛮族はずっと休まず、健気に殺し合いに勤しんでいた。


 目の前の蛮族は治癒術もないのに俺と張り合い続けている。控えめに言って化け物だ。


 指を折っても、折れた指ごと殴ってくるし、腕を折っても鞭のように振るってくる。とんでもないバーサーカーである。


 とは言えすでに奴も限界。


 使える腕は左腕のみ。


 いかな蛮族とてもう満足には戦えまい。


 目に見えて消耗しているのがわかる。


 一見俺が奴を追い詰めているようにも見えるが、困ったことに、さにあらず。俺もかなりギリギリだ。


 まず現状右腕が斬り飛ばされているのでとてもとても痛い。


 さすがのおれも腕を生やすことは出来ない。


 だが切れた腕をくっつけることは出来るので、今その作業に没頭中なのだが、治りが遅い。そして頭も痛くなってきた。


 俺の治癒も無制限ではない。加護も含めた全ての神聖術には使用限度がある。まず発動が遅く効果が弱くなる。それでも使い続けると頭が痛くなり、それでも使い続けると意識を失う。明確な使用回数が決まっているわけではないので、どのくらいで気絶に至るかは、何度もぶっ倒れて、経験則で把握するしかない。酒と同じだ。


 そして何度もぶっ倒れてきた経験上、傷や疲労度合にもよるが、後2回治癒を使うと気絶する。実質残り一回だ。後一回でサドンデスに突入する。


 いくら奴が、満身創痍とはいっても心もとない。なんせバーサーカーだ。なにをしてくるかわかったものではない。


 腕を切られた失血で血の気が引いて多少冷静になった。


 俺は奴らと友好な関係を作らないといけない。ここらで説得を試みよう。決して日和ったわけじゃない。冷静になっただけだ。


「おい!あんた強いな!」


 荒く肩で息をする蛮族に呼びかける。畏まった神官言葉ではない。言葉が通じないのだ取り繕う必要もない。


「だがあんたも限界だろう。この辺で手打ちにしないか。俺らはあんたらと殺し合いに来たんじゃない。布教しに……、仲良くしに来たんだ」


「うわっ、そういやそうだった。」


「お頭、まさか覚えているとは」


 部下共が水を差してくる。


 お前ら覚えておけよ。


 とうの蛮族は眉を少し動かしただけ。何を考えているのかわからない。身振りや声の調子ですでに戦意がないことは伝わっているはずだが。


 固唾を呑んで蛮族の様子を伺っていると


『―――――――――――――――――――――――!』


 蛮族は何事かを叫び、構えをといた。赤く発光していた紋様も元の白色に戻る。


 唯一動く左腕を胸の前に持ってきて頭を下げた。蛮族の礼だろうか。


 俺も奴に習い礼をした。


 奴は俺の礼を見届けると、地面に刺した槍を抜き取った。


 場に緊張が走るが奴に戦意はない様子。そのまま捕らわれの蛮族の元へ歩み寄ると俺へと視線を寄越した。


 俺が頷くと、槍を振るい、蛮族を捕らえていた縄を切り、解放した。


 俺は俺が戦った蛮族の元へ歩み寄る。


 奴もこちらに気付き、身体をこちらに向ける。


 範囲内に入ったところで奴に治癒をかける。ひどい頭痛に襲われたがまだ耐えられる。これは必要なセレモニーだ。友好の、ひいては布教の第一歩だ。


 奴は一瞬身構えたものの、身体が癒えていくのがわかるとすぐに構えを解いた。


「フランシスコ」


 自身を示しながら名前だけを伝え、右手を差し出した。


「メルギド」


 奴もまた名前らしきものを発し、握手を交わした。


 どうやら蛮族文化でも握手は友好の証らしい。


「おいお前ら、捕らえてた蛮族達にも治癒かけてやれ。」


 俺の言葉を合図に治癒が使える部下達が恐る恐る蛮族達に近づき、治癒をかけていく。


 それを尻目に部下達の元へと戻る。


「お頭!すごい!すごかった!」


 頬を上気させて褒めてくる少女剣士。余程興奮したのかぴょんぴょんと飛び跳ねて手を叩いている。こうしてみると普通の少女のようで可愛いものだ。


「お疲れ様っす。大変でしたね」


 部下からの労いの言葉に不覚にも感動してしまう。


 こいつらに人を労う機能があるとは…。


 お言葉に甘えて愚痴をこぼす。


「本当だよ。あいつはやばい。骨を折っても殴り掛かってくる。生粋のバーサーカーだ」


 部下の意外な心遣いに気を緩めてしまった。それがいけなかったのかもしれない。


「それをいうならお頭だって斬られた腕、相手の顔面に思い切りぶつけてたじゃないですか」


「相手の視界を塞ぐためだ。仕方ないだろうが。それと司教様だ」


「いや絶対お頭のほうが凶悪でしたよ」


「そんなわけ…」


「はい、お頭の方がバーサーカーに相応しいと思う人挙手!ほら満場一致っ!」


 少女剣士の言葉に嬉々として手を上げる部下達。


 すこし気を緩めて愚痴をこぼしたらすぐこれだ。


 こいつら上司を舐めすぎではなかろうか。上下関係の粛正を図るべきではなかろうか。


「お前らがそんなに言うならわかった。バーサーカーのバーサーカーたるところをその身に刻んでやるよ」


「何言ってるんすか。怖いっすよ。ちょっ、にじり寄ってこないでくださ、ギャー!」


「うそだろ。まだ動けるのかよ!うわこっち飛びかかってきた!」


「理由なき暴力はいくら聖務執行官とて許されないはず…ぐはっ!」


「ふははは!これは暴力ではない教育的指導だ!舐めた態度をとったことを後悔しやがれ!」


「あ!我も!我も混ざる!」


「もうだめだ!お頭が暴走した!全員で仕留めるぞ!」


 かくして俺が全員をはっ倒すまでこの大乱闘は続き、気付けば死屍累々の部下の山の上で勝鬨を上げていた。


 我に返った時にはすでに遅く、蛮族どもがこちらに怯えた視線を向けていた。


 唯一、俺と戦ったガタイのいい蛮族、メルギドだけが愉快気に笑っていた。

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