第8話 不用心

 あの時と同じ……っ。

 脳裏に浮かぶナニに付着した血。

 まさか初体験の相手は天音ではなく、佐倉だったというのか?


「俺はお前なんかとヤってない!」


 佐倉の両肩を強く押して距離を取る。


「ひっどーい! 初めてだったのにー!」


 わざとらしく目元に手を添えて泣き真似を見せる佐倉。


「証拠でもあんのかよ!」

「んー、証拠ねー。ないかも」


 顎に人差し指をあてがい、天井に目をやる佐倉。

 そのおどけた表情が異様に腹立たしい。


「はっ、証拠もねーのによくそんな――」

「だったらこうすりゃいいよ」


 制服の黒ブレザーのボタンに手をかける佐倉。ゆっくりと脱ぎ始めていく。


「やめろっ!! バカじゃねえのかっ!!」

「慌てない慌てない。ゆっくりストリップを味わってよ」


 ブレザーを脱ぎ捨て、シャツのボタンにも手をかけている。

 すぐにでも立ちあがって止めに行きたいが、赤のスカートの膨らみが気に掛かる。どう見てもポケットに何かを忍ばせている。もしそれが物騒なものだったなら、と思うと身動きが取れなかった。


 ――そうだ! 天音に!


 ご機嫌に脱いでいる佐倉に気づかれぬように、ポケットに忍ばせたスマホをするりと抜き取る。それを壁と背の間で操作を試みるが、画面を見ることが出来ない。


「なにしてんの?」


 シャツを脱ぎ、緑のブラが露になった佐倉が暗い視線を送ってくる。


「べつに、なにも」

「ねー、その手、気になるんだけどー。せっかくのストリップショーが台無しじゃん」


 後ろに回す手に汗が滲む。手からスマホが滑り落ちそうだ。


「そんなことよりさ、スカートも脱いでくれよ。なんかムラムラしてきたから」

「ホント♪ うれしー♪……………………じゃあ、スカート脱ぐ前に両手前に出して」


 演技力のなさが仇となり、佐倉の怒りを買っただけとなる。

 徐々に近づいてくる佐倉。女子にしては高身長で、俺と変わらないほどだ。更には日頃の水泳部での鍛錬の成果だと言わんばかりの腹筋だ。運動不足の俺じゃあ厳しいかもしれない。なにせ、小柄な木下ですら拘束できなかったわけだし。


「ほら、これでどうだ?」


 俺は近づかれる前に両手を前に突き出した。

 それなのに佐倉は更に近づいてくる。


 そして、俺のすぐ目の前でしゃがんできた。じっとしている両手が震えそうだ。


「よくできましたぁー、偉いでちゅねー」

「――あっ!!」


 素早く隙間に手を伸ばされ、あえなく奪われる。


「誰に連絡する気ー? やっぱ愛しの天音ちゃん?」

「ちげーし! 天音なんてどうでもいい」

「じゃ、OKってことで」


 俺のスマホを入り口付近に蹴飛ばした佐倉がスカートの中に手を忍ばせる。

 ものの数秒で露になる緑のパンツ。


 脱ぎ終えると、スカートを穿いたまま近づいてきた。


「待て! まだスカートが!」

「これがいいんじゃん。着衣プレイってヤツ♪」

「止め――ッ!!」


 一瞬にして地面に叩きつけられる俺の右腕。佐倉が右手で掴んでいる。

 そして次の瞬間、空いた方の左手をスカートの左ポケットに突っ込んだ。さっき膨らんでいた場所だ。


「いいものア・ゲ・ル♪」

「止めろっ!!」


 取り出したのは手錠。

 一瞬の判断に失敗した俺は、見事にベッドの足と繋がれてしまった。


「あはは! 確保ー」

「ぐっ……」


 どう右手を引っ張ってもびくともしない。もっと筋トレしておくんだったと後悔したが時遅しだ。


「脱ぎ脱ぎしましょーねー」

「あっ、やめ……っ」


 ズボンに手をかけられる。パジャマだから一瞬にして脱げてしまった。


「それじゃあ入れよっか」

「クソっ!! やめろっ!!」


 窮鼠猫を噛むと言わんばかりの勢いで暴れまわると、「痛い痛い」と嫌がる佐倉。


「しょうがないなぁ。もうひとつ使うか」

「ウソだろ……」


 まだほんのり膨らんでいた左ポケットから手錠をもう一つ取り出す佐倉。

 俺の左手に手錠をかけて、


「どこに付けよっかなぁー?」


 キョロキョロと辺りを見渡している佐倉。


<ピンポーン!>


 突然鳴り響くインターフォン。


「だあれ?」


 部屋にあるインターフォンの画面に目を向ける佐倉。


「おおー、姫の登場ですなー」


 その言い方からすれば、恐らくは天音だろう。心配して来てくれたみたいだ。今の時間じゃあ屋根伝いも危ないからな。


「でも、ざーんねん。今は王子は出られませーん」


 ニコニコして近寄ってきた佐倉。

 俺の策に賭け、意を決して左手の手錠を佐倉の右手につないだ。


「なにしてんの!? そんなに離れたくなかったの?」


 価値を確信したような表情を浮かべる佐倉。


 その時だった――。


『ハルくーん! 居るー! あがるよー!』


 玄関付近から聞こえてくる天音の声。


「はあっ!?!? なんでっ!?」


 慌てふためく佐倉に言い放ってやった。


「誰が鍵閉めたって言ったよ」

「なっ!!!」


 確かにスマホでは連絡できていない。

 だが、佐倉を家にあげる際、不審に思っていた俺は玄関の鍵をわざと開けておいた。天音が心配して来てくれるんじゃないかって思ったから。


 事態の深刻さを知った佐倉が逃げようとする。


「おい、俺たちは離れたくないんだろ?」

「キサマっ!!」


 自らの右手を見て悔しがる佐倉。このために繋がった俺の勝利だ。

 二人掛かりなら勝てる!


『ハルくん! どうしたの!』


 到着した姫がドンドンと強くドアをノックする。


「おいっ! 天音っ! カギはいつもみたく開けろっ!」


 阿吽の呼吸というヤツだ。

 きっと天音は小銭か何かで器用に開けるさ。部屋の鍵は簡易カギだからな。


「ハルくんっ!! えっ!?!?…………深月っ?」


 ドアが開いてすぐ、俺たちの姿を見て絶望の表情を浮かべる天音が見えた。

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