三日目(夜)

 私の選んだ通路は、大きく左に弧を描いていて、常に先が見えない曲がり角になっていた。それが暗さを伴い、漫然とした恐怖となって、私の神経をすり減らす。


 しかし……地下だというのに、この要塞は妙に暑い。放棄されて久しく、全ての炉が落ちているというのに、この熱は何処からやってきているのか。


 小札鎧の下に着込んだギャンベゾンが体に張り付いて不快だ。

 私はキを紛らわそうと、唇を濡らすために水筒を取り出したが、それを持った時に、中身がすでに空になっているのに気付いた。


 ――しまった。つい扉の存在に浮かれて、水を補充しそこねてしまった。


 最初に持ち込んだ水を使い果たしてからは、雪を水筒に入れて溶かして移動していた。これはすこしでも荷物を減らすためだったのだが、裏目に出てしまった。


 予備の水はパーティの運び手のイルーゾが持っているので、彼から水をもらった。要塞の中で水を切らすと不味いな。この先に水場があればいいのだが。


 半刻ほど通路を歩いただろうか。私達の目の前に闇の切れ目が見える。

 また別のホールに出たのだ。


 ホールは先程の場所にくらべると、天井の高さは低い。しかし、それでも地下とは思えないほどの高さだ。


 注意深く、周囲の臭いをかいで見る。

 ここには「盗賊の酢」のような刺々しい香気は無い。空気は清浄な様子だ。


 しかし、ひと目見て異常だと思えるものが、私の目の前に広がっている。

 これをなんと形容したら良いのだろう。


 四角く、不揃いのレンガのような家々が、階段状になって並んでいる。四角く、どれも似たような形をした家は、その全てが窓と入り口を道路側、つまりこちらに向けていた。それだけでも異様な雰囲気だが、さらに異様なのは、その屋根だ。


 屋根が異常な形をしているわけではない。その逆で、屋根がないのだ。

 ここは地下だ。外と違ってここの建物は風雨や日差しを避ける必要がない。

 そのため、目の前の家には屋根や軒下といったものが存在しないようだ。


「家、なんでしょうか……まるで城壁みたいですね」

「なるほど、たしかに壁のようだ。感じた違和感の正体はきっとそれか」

 

 私はニルファのつぶやきに同意する。

 彼の言うように、家というよりは城壁といったほうがしっくり来る。


 家の中に入ってみないと正確なところはわからないが、きっとどの家も露天状態になっているのだろう。あるいは天井がそのまま屋根代わりになっているか。


「キャンプには都合がいい。ここを使わせてもらおうぜ」


 ヴァンは「壁」を指さしてそう言った。ふむ、悪い考えには思えない。

 私は全員が入れる大きな家を探すよう彼に頼むと、カラになった水筒を満たすために、水場を探すことにした。


 ここが居住区なら、何かしら生活に使うための水場があるはずだ。

 

「私は水場を探しに行こうと思う。クルツも私と一緒に来てくれ」

「承知した。水場は地図に書き込む必要もあるからな」


 クルツはいったんは荷物を地面に置いたが、再び担ぎ直して私の後に続く。

 せっかく一息つこうとしていた様子だが、悪いことをした。


「ここがドワーフだけの町なら、酒の泉もありそうだな」

「そんなのがあったら、ありったけ詰めてやろう」


 私はまず、このホールの中心へ向かって探すことにした。

 水場がホールのすみにあるということはまずあるまい。


 水場、ピットトイレ、ゴミ置き場。そういった設備は、多くの人間が利用できるように、手の届きやすい場所に置くはずだ。


 私はクルツをともなって、中心部を目指した。

 私達が進む道、足元の床は非常に整った作りになっている。道は白い正方形の石と青銅のパネルを互い違いに組み合わせたものが広がっているのだが、主要な道は8枚からなり、脇道は4枚といった感じで規則的に分けられている。


 そしてこの町には緩やかなカーブがない。どれもこのパネルに沿って、角張った作りになっている。この町は、まずこの道ありきだったのだろうか?


 どうもここに住んでいたドワーフは、「整列する」ということに対して、並々ならぬ情熱を持っていたようだ。偏執的といってもいいだろう。


 8枚の道を真っ直ぐ進み、数ブロックを超えたところで開けた場所に出た。

 どうやら広場のようだ。水場があるならこういうとこだろうが……。


 広場の中央には、白い石で作られた楕円状のなにかがある。

 近くによって中を覗いてみると、水が円を書いている。


 ――言っている意味がわからないだろうが、私は見たままを書いている。

 この白い意思の構造物は、水槽か何かのようだった。そして、そこに水が張られていて、その水面がくるくると逆巻いて回っているのだ。


 水槽の下、そして側面には細かい穴が、円をつくっているものが見える。恐らくこの水槽は何かの仕組みで水が循環していて、腐るのを防いでいるのだろう。

 まったくドワーフと来たら、恐ろしい技術力だ。


 ススラフのあの小汚い村を思い出す。

 この要塞が同じ民族によって作られたとは、にわかには信じられない。


「酒じゃなくて残念だったな」

「ここは聖職者しか住めなかったに違いない」

「それこそ酒を詰めてるよ」

「ちげぇねぇや」


 私は水筒を水の中に沈めて、中を満たした。

 その時、私の手に触れた水は、まるで冬の雨のように冷たかった。


「……水が冷たいな。雪解け水を使っているのかな?」

「ふーむ? この水道、もしかして外までつながってるんじゃないか?」

「だろうな、取り入れたら排水もしないといけないだろうし……」


 その時だった、私達の背後で何かが聞こえた。

 ――悲鳴だ。多分、ヴァンのものだ。


 クソ、一体何が起きた?


 横に居たクルツに視線を投げると、彼はライトクロスボウを取り出して、すでに弓を引いて、クォレルを溝にはめ込んでいるところだった。


「行こう、何かあったみたいだ」

「ああ」


 私はファルシオンを抜くとそれを右手に持ち、もう一方の左手にはハチェットを盾の代わりにするために持って、元いた場所に向かって走った。

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