第8話 屋台にて

 彼女が連れてきてくれたのは、ロッテンベルグ門すぐのところにある屋台街。屋台は酒場などよりずっと安くてたくさん食べられるので、若い門番に人気なのだという。


「セイラはひょろひょろしているからね。もうちょっと食べて肉をつけた方がいいわ」


「よ、余計なお世話です!」


 いろとりどりのアーケードの下に、主食から副菜、デザートまで、様々な料理の屋台が軒を連ねている。異国情緒あふれるその景色に、私は目を奪われた。

 人通りも多く、行列ができている屋台もある。


「普段からこんなに人が多いんですか」


「この時間帯は多いわね。でも今日はまだ少ない方。もうすぐ年に一度の収穫祭があるから、それに向けて人出が増えていくわよ」


「へえ……お祭り」


 目移りしながらも、この国の郷土料理が食べられるという屋台で一通り食べ物を買い、せっかくなのでテラスで食べて帰ることにした。カラフルなパラソルの下に、黒い椅子とテーブルが置かれている。


「この肉料理が絶品で。タレが美味しいの。そっちの炒め物も美味しいわ」


「うわ、本当だ、美味しい!」


 極限までお腹が空いていたので、すごい勢いでがっついてしまった。その様子をマツゲはニコニコと眺めている。


「あ。すみません、これ二人分ですよね。私、どうみても食べ過ぎ……」


「いいのいいの。また足りなくなれば調達すればいいし。今日は私の奢り。たくさん食べてね」


「え、いやでも。私も少しはお金を持たされているので」


 給料が出るまでの間の生活費として、王宮で多少のお金は渡されていた。しかしマツゲは首を横にふる。


「これは歓迎の意味を込めてのディナーだから。本当はもうちょっといい店行こうかなと思ったんだけど。異国出身なら、普段食べる場所もわからないだろうと思って。まず初日は屋台。上長から『お小遣い』も持たされているから、気にしないで」


「ありがとう、ございます……」


「今日はお昼、食べてなかったでしょう?」


「はい……」


 自分では周りに悟られないようにしていたつもりだったが、気づかれていたようだ。


「門番長はああだからねえ。聞きづらいかもしれないわね。困ったことがあったら、とりあえず私に言いなさい。ね?」


「はいい……」


 こんなふうに誰かの優しさに触れることなんて、しばらくなかった。

 自分から人間関係を絶っていたから。傷つくこともないけど、こういう優しさに癒されることもなかった。


「もー、泣かないの。これで涙を拭きなさい」


「ずみまぜん……」


 レースのあしらわれたおしゃれなハンカチで、ドロドロになってしまった顔を拭く。


「ちなみにね」


「なんですか」


 マツゲはあたりを伺い、そっと私に耳打ちした。


「ここだけの話。門番長って女の子が苦手なのよ」


「え」


「女性とお付き合いした経験もないみたいなのよねえ」


「……え、ええ? だってあの人、いくつですか?」


「30手前くらいだと思ったけど。仏頂面な上に口うるさいでしょ? 社交も苦手だし、縁談もうまくいかないみたい」


 スーさんの挙動を思い浮かべる。

 確かに「漢」って感じで、女っけはなさそうだし、私が近づくと真っ赤に顔を染めたりする。あれはもしかして、照れているのだろうか。


「だからもう、セイラとあの人のやりとりを見てるの、私おっかしくて。うちの職場、女の子いないから。門番長のあんな姿見られるのレアなのよ」


「はあ、そうなんですね……私、嫌われてるのかと思ってました」


 マツゲは「そう思われても仕方ない態度よね」と軽やかに笑う。


「ぶっちゃけ、セイラを食事に連れてけって私に言ったの、あの人なんだけど。『自分がいると、セイラが緊張してしまうかもしれないから』って。それで本人は来なかったのよ。顔は怖いけど、意外と優しいのよ門番長は」


「そうなんですか……」


 相手の厚意を読み取るのが私は苦手だ。説明されて初めてわかることも多い。

 疎まれているのではないというのがわかって、ホッとした。


「あ、そういえば」


 スーさんの顔を思い浮かべていたら、気になっていたことを一つ思い出した。


「なになに、どうしたの? 早速何か相談事? お姉さんに言ってみなさい」


 マツゲは期待を込めた眼差しでそう言う。どうやら頼られるのが嬉しいらしい。


「スーさんに聞いたら、口ごもられたことがあって、気になってたんですけど。指名手配の数が随分と多くないですか、この国。なんでこんなに多いんだろって思って」


「ああ……。それは、確かにみんなのいるところでは言いづらい話かもしれないわね」


 私は身を乗り出して、マツゲに問いかける。


「『活動家』ってことで、手配されている人が多いんです。指名手配者リストの割合も、半分くらい活動家でした」


 彼女はあたりを伺いつつ、小声で私の疑問に答えた。


「この国ではね、魔術師の特権を守るために、魔法を使わない機械技術を扱うギルドをずっと弾圧してきてるの。『活動家』は機械技術系のギルドの権利を主張しようと活動している人たち。……本来、指名手配されるべき人たちじゃないんだけどね」


 マツゲの様子から、彼女が国の方針に納得できていないことが伺えた。

 きっとスーさんもそうなんだろう。


「そういうことだったんですね……」


 魔術師おじさんの顔が思い起こされた。

「国王と国の威信」を守るために犠牲になっているのは、どうやら私だけではないらしい。

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