第6話 ニート、活躍する

 あたりをキョロキョロと見渡せば、頭ひとつ分周りより高い金髪の男性を見つけた。スーさんだ。向こうもこちらに気がつき、手招きしている。


 門の前に並ぶ人たちの邪魔にならないように、ゆっくりと合間を縫って進み、スーさんの前に出る頃には、また彼は眉間に皺を溜めていた。


「遅い!」


「人にぶつからないように歩いていたので、遅くなっちゃいました」


「言い訳をするな。移動はダッシュ! いいか、肝に銘じろ」


「ああ、はい」


「ああ、はいらない!」


「ああ」


「こいつ……!」


 プルプルと拳を振るわせていたので、また怒られると思ったのだが。

 彼はそのままグッと拳を握ったかと思うと、それを引っ込め、ため息をつき、深呼吸をして自身を落ち着けたようだ。


「いいか、お前の今日の役目は、そこの見張り台に登って、読み込んだリストに合致する人物がいないかどうか確認することだ。誰かいれば俺に知らせろ。わかったな」


「あの、お昼休憩とかありますか。あと終業時刻とかを教えていただけると」


「わかりました、は?」


「あ、はい、わかりました」


「ったく……。十二時から一時の間は、門自体を締める。その間に昼食を取れ。また、開門は九時で閉門が五時だ。その間はずっと、今のような形で出入国審査をやっている。時間外は夜勤の門番が対応する。余程の緊急事態でない限り、開門時間外の出入国は認めていない」


「え、あの私、交代とかは。ずっと監視しっぱなしですか?」


 じろり、と胡乱な目を向けられた。「わかりました」と慌てて言うと、スーさんは説明を続ける。


「お前の任務は、試験的な『特別任務』だ。出入国審査を行う門番たちも、怪しい人物がいないか目を凝らしている。開門時間内、お前は『できるだけ』怪しい人物をチェックしろ。だから交代人員はいない」


「ええ〜」


「ええ〜じゃない。他にお前にできる仕事はあるのか。何か得意な雑用は。書類整理は? 掃除は?」


「……ないです。どっちも苦手です」


「よし。頑張れるな?」


「……はい」


「いい返事だ」


 しぶしぶ見張り台へと上がっていく。この城門は内側から見て左が出国口、右手が入国口になっているようで、それぞれ二列ずつに分かれて人や物資が並ばされている。


(ああ、あれか。ヘテルって。へえ、門のアーチ下の床自体に埋め込まれてるんだ)


 門のアーチの下だけ、床の色が違う。そこだけペールグリーンのタイルがひかれていて、数字が書かれたディスプレイがついていた。ちょうど荷馬車に載せた積荷を計測するところで、床が発光したかと思うと、数字がディスプレイ上に浮かぶ。


「うわああ。面白い」


「すごいだろ。首都の門のヘテルはどれも最新式を設置してる。今はマーケットの直前だから特に荷物が多いな。さ、いくぞ」


「マーケットって?」


「各地から集められた商品を売る市場のことだ」


「へええ」


 見張り台はちょうど出国・入国口を分ける真ん中の柱に設置されている。

そこに続く階段を登り切ると、人が5人ほど入れる程度の広さの待機スペースがあった。


「あのう」


「なんだ」


「あの、スーさんまでここに来なくても」


 背後を振り返る。一人で見張りをするのかと思っていたのに。

 スーさんまで見張り台に登ってきていた。


「異変があればお前は俺に知らせなければならないだろ」


「別にスーさんに直接知らせなくても。偉い人なんじゃないですか、スーさんて」


 そう問えば、スーさんは不本意そうな顔をする。


「お上から、お前は俺直属の雑用係にせよ、落ち着くまではしっかり見張っておけと言われててな。お前は一体何をしたんだ。普通門番長が直接下っ端の雑用係を指導しろなんて通達、ありえない」


「えーと、それは」


 ざっくりとでも事情を説明しようと口を開いたその時。

 首輪がチリチリと熱を持ち、首にぴたりと張り付いた。ぐんぐんと首輪は狭まり、圧迫感が増してくる。


 脳の芯が冷えた。言葉では聞いていても、これまでは現実感がなかった。しかし話せば命が捩じ切られるということを実感した今、額からは冷や汗が吹き出す。

 慌ててその先を言うのをやめれば、首輪は元の冷たさを取り戻していった。


(焦った……)


「おい、どうした。顔が真っ青だぞ。何か言いかけたんじゃないのか」


「あ、いえ……なんでもないです」


 ポケットに突っ込んでいたハンカチを取り出し、額を拭く。

 虚な眼差しを漂わせながらも、話そうとした内容を誤魔化すように入国者の列に視線を戻し––––気がついた。


「あっ」


 慌ててスーさんの裾を引く。


「おいっ、急になんだ!!」


 びっくりしてあとずさるスーさんには構わず、私は裾を捕まえたまま彼の方を向いて答えた。


「指名手配番号211番。カイル・アンダーソン。出身地ロベルタ。21歳。薬物の運び屋です。3ヶ月前に手配書が回ってきてます」


「なんだと、どの男だ」


「あれ、あれ、あの猫背の、この柱寄りの列の、ほら、あの小柄な緑色のシャツの」


「あいつか。おい、ミゲル、二番列、今審査中の男。あいつを面談室まで連れて行け。適当な言い訳をつけてしょっぴけ。悟られるなよ」


「はっ!」


 びっくりした。

 スーさんだけでなく、階段の方にもう一人控えていたのに気が付かなかった。


「次はもっと手短に、詳細情報はいいから。どいつが手配書に書かれているやつか知らせろ。詳細はあとで聞く」


「あー、顔を見た瞬間に、先に番号が浮かんじゃって。どうしても記憶の内容を読み上げたくなっちゃうんですよね……」


 ハッとして、口を押さえた時には遅かった。スーさんの眉間に皺が寄っている。

 また、やってしまった。


「また言い訳か。ったく、どういう教育受けてきてんだ」


 何度も言われてきたことだった。しかし、どうしても衝動的に「なぜ自分がそういう行動に至ったか」の説明をしてしまう。


「……すいません」


 どこへいっても同じことを言われる。

 異世界でも、きっとこのまま怒られ続けるのだ。

 社会に適合するためには、自分を変えなければならないというのはわかっているのだけど。

 衝動的にやってしまう行動を直すことは、なかなか難しい。


 しかもここでは自分を慰めてくれるものは何もない。

 逃げ込めるゲームの世界もない。甘えられる親も、友達もいない。


 そう思ったら、途端に辛くなってきた。

 憤りと寂しさと、悲しみの波が混じり合って、涙となって溢れてくる。


「……おい! 泣くなよ。ああ、もう」


 スーさんは自分の髪をわしゃわしゃと掻きむしり、落ち着きなく私の周囲をウロウロしたあと。何を思ったか私の頭にぽん、と手を置いた。


 いきなりそんなことをされると思ってなくて、びっくりしてスーさんの顔を見上げた。


「……よくやった」


「へ」


「薬の運び屋を捕まえられたのはお前の手柄だ。よくやった。……すまん。まず褒めるべきだった」


 空気が読めない。

 人の輪に馴染めない。

 自分の興味のままに動いてしまう。


 そんな自分は、どこへいってもお荷物だった。


「私、お力になれたんですか」


 ヨレヨレした情けない声が出た。


「そうだ。この調子で頼む。お前の働きに期待している」


 不器用に微笑むスーさんの顔が、心に沁みる。

 社会に出て、初めて誰かの役に立てた。期待された。


「俺はついつい、口うるさく言ってしまう癖がある。叱ってばかりでは部下が伸びない、良いところを褒めて伸ばせ、と上からも注意されているんだ。また、反省だ」


 自分の顎を親指でさすりながら、スーさんはそう付け加える。


「スーさんでも反省するんですね」


「でも、とはなんだ!」


「あはは」


 じわじわと褒められた余韻が、体をくすぐる。緩んでしまう頬を隠すのに難儀した。


(ちょっとだけ、頑張ってみようかな)


 褒められるのは嬉しい。

 特に普段、口うるさく言ってくるスーさんみたいな人に褒められるのは。


 私は制服の襟を正すと、見張り台の上から再び視線を巡らせた。

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